【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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62 食っちゃ寝

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 一太は目を開けて、見慣れない低い天井にぞっとした。明るい部屋。暑くない。程よい温度が保たれていて、体に掛かっているタオルケットが丁度いい感じだ。布団は、自分のもの。自分で買った、自分なりに上等な布団から、いつもの自分の匂いがする。病院ではない。でも、自分の布団に寝ているのに自分の部屋でもない……。
 混乱して、慌てて体を起こすと目眩がした。目眩には慣れたもので、目をぎゅっとつぶってやり過ごす。この時間がもったいないから、調子が悪いときはゆっくり動くようにしていた。その方が、最終的には仕事が早くすむと知っているから。
 
「いっちゃん、大丈夫?」

 目をぎゅっとつぶってじっとしていると、松島の声がした。
 
「あ……」

 そうだった。
 この居心地の好い場所は。

「急に起き上がったから、目眩がするんじゃない? もう一回、横になろ。その方が、治るの早いと思うから」

 あきらくんの部屋……。
 一太の体にそっと手が添えられて、布団に戻される。
 布団に戻るなんて、考えたことなかった。そんなことしたら、もう起き上がれなくなるから。

「おはよ。たくさん寝られた?」
「あ、うん……」

 起きたときに誰かいること。おはようと挨拶をすること。慣れなくて、いちいち戸惑う。
 ああ、この数日は、対処法の分からないことばかりだ。

「おはよう……?」
「あは。朝じゃないけど、起きたから、おはようだね」
「ああ、うん……」

 目眩が収まって目を開けると、松島がにこにこと一太を見ていた。体に手を添えてくれていたから、とても近い場所で。

「あの、今……」
「ああ、ええと、四時過ぎ。おやつ食べる?」
「おやつ?」
「うん、おやつ」
「…………」

 この後の予定を考えてみた。いつも、やることが山積みで、あれをしてこれをして、この順番で、と時間のやりくりをして過ごしてきたから。
 けれど、今、一太がすぐにやらなければならないことは思い付かなかった。
 学校は、休み。バイトも、休み。洗濯は、確かあの美味しいカレーを食べている間に、松島の母が洗濯機を回していたはず。掃除も、松島の母がやってくれていて、食器の片付けもいつの間にか……。

「上で食べるの? 降りてきたらいいのに」
「いっちゃん、目眩があるみたい。梯子下りるの危ない」
「あ、それは危ないわね。しばらく下で寝た方がいいわよ」
「うん。そうかも。母さんが帰ったら布団を下に戻そうか」

 一太が、布団に横になったまま考え込んでいる間にロフトから降りていた松島が、母と話している声が聞こえた。
 そして。

「シュークリーム好き?」

 と、言いながら、飲み物と大きなシュークリームを持って松島がロフトへ戻ってくる。
 どうやらこの後の予定は、病院の先生が言っていた、食っちゃ寝であるらしい。
 落ち着かないけれど、嬉しい、と一太はひとり笑みを浮かべた。
  
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