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60 ◇小さい可愛い店員さん
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「いっちゃんは転職した方が良さそうね。あの年配の女性にはお気の毒だけれど」
「そうだね」
松島は母の言葉に、心の底から相槌を打った。
小さい可愛い店員さん、というのは、間違いなく一太のことだろう。一太は小さくて可愛いから。
一太があの女性に、何度でも親切に支払いを手伝う姿は容易に想像できた。
そして、背の高い瀬戸口という店員が言っていた言葉。
何で俺がこんなに働かなきゃならないんだ。
店に入ってから十分ほどしか見ていないが、そんなに言うほど仕事しているようには見えなかった。なのに、こんな台詞が出るということは、普段はもっと仕事をしていないということじゃないか。その分のしわ寄せは、きっと一太へ来ている。
あいつ、何さぼってんだよ、と言うということは、店長は、一太が入院したと瀬戸口に伝えていないということなのだろうか。それとも、松島の知っていた優しい世界ではない現実がここにはあって、入院したことを心配するような人は、一太が言っていたように本当はそんなにいないのかもしれない。
松島と松島の母は、髪の毛の薄い男性が謝りながら年配の女性の支払いを手伝い、その間に瀬戸口が、不機嫌な表情で品出しに戻っていったのをじっと見ていた。
その女性が去ると、母は髪の毛の薄い男性店員に声を掛けた。
「すみません」
「はい」
返事をしてこちらを向いた男性店員は、酷く顔色が悪くて目の下に隈があった。
「店長さんでいらっしゃいますか?」
「……ええ。はい」
身構えた返事が返ってくる。無理もない。今、客の一人に、たくさん謝ったばかりだ。
「いつも村瀬一太がお世話になっております。先ほど電話でもお話致しましたが、退職の手続きが何かありましたらと思いまして、足を運びました。何かロッカーに残しているものなどございますか? 見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、は……、あ、いや、村瀬くんのお母さん? あ、いやこれはどうも、お世話になっております。こちらこそ、村瀬くんの仕事ぶりには助けられて……。いや、退職などと、私は」
松島の母は、村瀬くんのお母さん? と言われて否定も肯定もせずに、にっこりと笑った。目尻の下がった優しい顔なので、それを見ると相手は大抵、ほっとした顔をする。だが、松島が小さい頃、松島を病気のことでからかったり苛めたりした相手やそれを止めなかった教師に、母が容赦したことは一度も無かった。
「一週間も休むようなら退職してもらうと言われたと、言っておりましたのでね。一週間以上休むことは確定なので、では退職するしかないね、ということになりまして」
「は、はあ。その、それは一般的な常識というか、そういうこともあるよという話を言ったのであって、村瀬くんをすぐにクビにしようとか、そんなことは考えていなかったです」
「つまり、クビではないと?」
「はい。月曜から戻ってもらえるなら、そのままの待遇で……」
「やはり、退職致しますわ」
「あいつ、月曜まで来ないってマジっすか」
母の声に、瀬戸口の声が重なった。
「冗談じゃないっすよ、店長。何でそんなこと許してるんっすか。シフト入れてたくせにちゃんと来ないとか駄目でしょ。クビにするとか給料やらないって脅せば絶対に来ますよ。あいつ、金が無いんだから」
「そうだね」
松島は母の言葉に、心の底から相槌を打った。
小さい可愛い店員さん、というのは、間違いなく一太のことだろう。一太は小さくて可愛いから。
一太があの女性に、何度でも親切に支払いを手伝う姿は容易に想像できた。
そして、背の高い瀬戸口という店員が言っていた言葉。
何で俺がこんなに働かなきゃならないんだ。
店に入ってから十分ほどしか見ていないが、そんなに言うほど仕事しているようには見えなかった。なのに、こんな台詞が出るということは、普段はもっと仕事をしていないということじゃないか。その分のしわ寄せは、きっと一太へ来ている。
あいつ、何さぼってんだよ、と言うということは、店長は、一太が入院したと瀬戸口に伝えていないということなのだろうか。それとも、松島の知っていた優しい世界ではない現実がここにはあって、入院したことを心配するような人は、一太が言っていたように本当はそんなにいないのかもしれない。
松島と松島の母は、髪の毛の薄い男性が謝りながら年配の女性の支払いを手伝い、その間に瀬戸口が、不機嫌な表情で品出しに戻っていったのをじっと見ていた。
その女性が去ると、母は髪の毛の薄い男性店員に声を掛けた。
「すみません」
「はい」
返事をしてこちらを向いた男性店員は、酷く顔色が悪くて目の下に隈があった。
「店長さんでいらっしゃいますか?」
「……ええ。はい」
身構えた返事が返ってくる。無理もない。今、客の一人に、たくさん謝ったばかりだ。
「いつも村瀬一太がお世話になっております。先ほど電話でもお話致しましたが、退職の手続きが何かありましたらと思いまして、足を運びました。何かロッカーに残しているものなどございますか? 見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、は……、あ、いや、村瀬くんのお母さん? あ、いやこれはどうも、お世話になっております。こちらこそ、村瀬くんの仕事ぶりには助けられて……。いや、退職などと、私は」
松島の母は、村瀬くんのお母さん? と言われて否定も肯定もせずに、にっこりと笑った。目尻の下がった優しい顔なので、それを見ると相手は大抵、ほっとした顔をする。だが、松島が小さい頃、松島を病気のことでからかったり苛めたりした相手やそれを止めなかった教師に、母が容赦したことは一度も無かった。
「一週間も休むようなら退職してもらうと言われたと、言っておりましたのでね。一週間以上休むことは確定なので、では退職するしかないね、ということになりまして」
「は、はあ。その、それは一般的な常識というか、そういうこともあるよという話を言ったのであって、村瀬くんをすぐにクビにしようとか、そんなことは考えていなかったです」
「つまり、クビではないと?」
「はい。月曜から戻ってもらえるなら、そのままの待遇で……」
「やはり、退職致しますわ」
「あいつ、月曜まで来ないってマジっすか」
母の声に、瀬戸口の声が重なった。
「冗談じゃないっすよ、店長。何でそんなこと許してるんっすか。シフト入れてたくせにちゃんと来ないとか駄目でしょ。クビにするとか給料やらないって脅せば絶対に来ますよ。あいつ、金が無いんだから」
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