58 / 397
58 ◇食卓を囲む
しおりを挟む
松島と同じ形の皿に、松島の半量くらいを広げて盛ったカレーを平らげた一太は、にこにこ、にこにこと締まらない顔で水を飲んだ。
「美味しいー。給食のカレーより美味しい!」
「あらま。凄い褒め言葉をもらってしまったわ」
「本当です。俺が食べたカレーの中で、ううん、俺が今まで食べた食べ物の中で、一番美味しかったです」
「いっちゃん」
母は感動して抱きつこうとして、思いとどまった。相手は、成人男性であることを思い出したらしい。代わりに、上げた手を一太の頭に乗せて撫でた。
それも、どうかと思うけど。
それでも、松島が一太を見ると、一度目を見開いた後で蕩けるような笑みを浮かべていたので、大丈夫だったようだ。
あんなに喜ぶなら、僕もやろう。
「反応があるって嬉しいわー」
松島が一太のことばかり気にしていると、ちらちらとこちらを向いた母が言った。
「え? いつも通り、美味しいよ」
「美味しいなら美味しいって言って頂戴」
「あ、うん。美味しい」
いつも、美味しいな、と思いつつ食べていたが、口に出してはいなかったっけ? 美味しいご飯が当たり前になりすぎていて、感謝を忘れていた。一太の大絶賛に気を良くした母がぽろりと溢して、初めて気付いた。
「ごめん。いつも美味しいご飯をありがとう」
「まあ」
母は、今度こそ遠慮なく抱きついた。幾つになっても息子だから、とか言うんだろう。
気持ちは分かるが、友だちの前ではやめて欲しい、と身をよじると、すぐに離してくれた。照れ臭くて、一太から顔を逸らしてカレーを食べた。
「いっちゃん、疲れた?」
母の声に、ようやくそちらを向く。一太は、はっとして皿を手に立ち上がった。
「いいえ。ご馳走さまでした。たくさん食べて、お腹いっぱいです」
「あ、待って、いっちゃん。薬、薬」
ビタミン剤が処方されていたので、食後に飲まなくてはならない。なんと三十日分だ。手にいっぱいの薬の束を取り出すと、一太がげんなりした顔を見せて座り直した。
「多すぎ……」
「足りてない栄養素だって」
「ふーん……」
一太は、嫌そうに、種類の違う錠剤を手に出して一粒口に入れた。空のコップに気付いて慌てている。松島が残っていたお茶を差し出すと、口に含んで上を向く。
目を白黒させながら顔が戻ってきたが、首を傾げてまたお茶を口にした。
失敗したらしい。
松島は、立ち上がって冷蔵庫から水を取り出す。狭い部屋だ。大した移動距離もない。すぐに戻って一太のコップに水を注いでいると、母がぶつぶつ言った。
「立ち上がるついでに、お皿を流しに浸けてくれればいいのに」
流しは冷蔵庫を越えた先ではないか。ちっともついでじゃない。
ほら、また一太が失敗した。
あんな小さな一粒、松島なら水分も要らずに飲み込めそうだ。というか、たったの三粒、ひと息に飲んでしまえばいいのに。
薬に慣れていることは何の自慢にもならないから、言わないが。
「粉薬にしてもらえば良かったね」
松島が言うと、一太はぶんぶん首を横に振った。
「これの方がまだいい。粉は苦い。不味い」
「病院で飲んだの?」
ずっと付き添えていたわけではないから、点滴が外れた後で処方されていたのかもしれない。
頷いた一太は、一粒ずつ苦労して飲み込んだ後でトイレへ駆け込んだ。
「お薬ゼリーでも買ってこようかな」
「後で買いにいきましょう」
母も同意見のようだった。
「美味しいー。給食のカレーより美味しい!」
「あらま。凄い褒め言葉をもらってしまったわ」
「本当です。俺が食べたカレーの中で、ううん、俺が今まで食べた食べ物の中で、一番美味しかったです」
「いっちゃん」
母は感動して抱きつこうとして、思いとどまった。相手は、成人男性であることを思い出したらしい。代わりに、上げた手を一太の頭に乗せて撫でた。
それも、どうかと思うけど。
それでも、松島が一太を見ると、一度目を見開いた後で蕩けるような笑みを浮かべていたので、大丈夫だったようだ。
あんなに喜ぶなら、僕もやろう。
「反応があるって嬉しいわー」
松島が一太のことばかり気にしていると、ちらちらとこちらを向いた母が言った。
「え? いつも通り、美味しいよ」
「美味しいなら美味しいって言って頂戴」
「あ、うん。美味しい」
いつも、美味しいな、と思いつつ食べていたが、口に出してはいなかったっけ? 美味しいご飯が当たり前になりすぎていて、感謝を忘れていた。一太の大絶賛に気を良くした母がぽろりと溢して、初めて気付いた。
「ごめん。いつも美味しいご飯をありがとう」
「まあ」
母は、今度こそ遠慮なく抱きついた。幾つになっても息子だから、とか言うんだろう。
気持ちは分かるが、友だちの前ではやめて欲しい、と身をよじると、すぐに離してくれた。照れ臭くて、一太から顔を逸らしてカレーを食べた。
「いっちゃん、疲れた?」
母の声に、ようやくそちらを向く。一太は、はっとして皿を手に立ち上がった。
「いいえ。ご馳走さまでした。たくさん食べて、お腹いっぱいです」
「あ、待って、いっちゃん。薬、薬」
ビタミン剤が処方されていたので、食後に飲まなくてはならない。なんと三十日分だ。手にいっぱいの薬の束を取り出すと、一太がげんなりした顔を見せて座り直した。
「多すぎ……」
「足りてない栄養素だって」
「ふーん……」
一太は、嫌そうに、種類の違う錠剤を手に出して一粒口に入れた。空のコップに気付いて慌てている。松島が残っていたお茶を差し出すと、口に含んで上を向く。
目を白黒させながら顔が戻ってきたが、首を傾げてまたお茶を口にした。
失敗したらしい。
松島は、立ち上がって冷蔵庫から水を取り出す。狭い部屋だ。大した移動距離もない。すぐに戻って一太のコップに水を注いでいると、母がぶつぶつ言った。
「立ち上がるついでに、お皿を流しに浸けてくれればいいのに」
流しは冷蔵庫を越えた先ではないか。ちっともついでじゃない。
ほら、また一太が失敗した。
あんな小さな一粒、松島なら水分も要らずに飲み込めそうだ。というか、たったの三粒、ひと息に飲んでしまえばいいのに。
薬に慣れていることは何の自慢にもならないから、言わないが。
「粉薬にしてもらえば良かったね」
松島が言うと、一太はぶんぶん首を横に振った。
「これの方がまだいい。粉は苦い。不味い」
「病院で飲んだの?」
ずっと付き添えていたわけではないから、点滴が外れた後で処方されていたのかもしれない。
頷いた一太は、一粒ずつ苦労して飲み込んだ後でトイレへ駆け込んだ。
「お薬ゼリーでも買ってこようかな」
「後で買いにいきましょう」
母も同意見のようだった。
応援ありがとうございます!
104
お気に入りに追加
1,495
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる