【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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58 ◇食卓を囲む

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 松島と同じ形の皿に、松島の半量くらいを広げて盛ったカレーを平らげた一太は、にこにこ、にこにこと締まらない顔で水を飲んだ。

「美味しいー。給食のカレーより美味しい!」
「あらま。凄い褒め言葉をもらってしまったわ」
「本当です。俺が食べたカレーの中で、ううん、俺が今まで食べた食べ物の中で、一番美味しかったです」
「いっちゃん」

 母は感動して抱きつこうとして、思いとどまった。相手は、成人男性であることを思い出したらしい。代わりに、上げた手を一太の頭に乗せて撫でた。
 それも、どうかと思うけど。
 それでも、松島が一太を見ると、一度目を見開いた後で蕩けるような笑みを浮かべていたので、大丈夫だったようだ。
 あんなに喜ぶなら、僕もやろう。
 
「反応があるって嬉しいわー」

 松島が一太のことばかり気にしていると、ちらちらとこちらを向いた母が言った。

「え? いつも通り、美味しいよ」
「美味しいなら美味しいって言って頂戴」
「あ、うん。美味しい」

 いつも、美味しいな、と思いつつ食べていたが、口に出してはいなかったっけ? 美味しいご飯が当たり前になりすぎていて、感謝を忘れていた。一太の大絶賛に気を良くした母がぽろりと溢して、初めて気付いた。

「ごめん。いつも美味しいご飯をありがとう」
「まあ」

 母は、今度こそ遠慮なく抱きついた。幾つになっても息子だから、とか言うんだろう。
 気持ちは分かるが、友だちの前ではやめて欲しい、と身をよじると、すぐに離してくれた。照れ臭くて、一太から顔を逸らしてカレーを食べた。

「いっちゃん、疲れた?」

 母の声に、ようやくそちらを向く。一太は、はっとして皿を手に立ち上がった。

「いいえ。ご馳走さまでした。たくさん食べて、お腹いっぱいです」
「あ、待って、いっちゃん。薬、薬」

 ビタミン剤が処方されていたので、食後に飲まなくてはならない。なんと三十日分だ。手にいっぱいの薬の束を取り出すと、一太がげんなりした顔を見せて座り直した。

「多すぎ……」
「足りてない栄養素だって」
「ふーん……」

 一太は、嫌そうに、種類の違う錠剤を手に出して一粒口に入れた。空のコップに気付いて慌てている。松島が残っていたお茶を差し出すと、口に含んで上を向く。
 目を白黒させながら顔が戻ってきたが、首を傾げてまたお茶を口にした。
 失敗したらしい。
 松島は、立ち上がって冷蔵庫から水を取り出す。狭い部屋だ。大した移動距離もない。すぐに戻って一太のコップに水を注いでいると、母がぶつぶつ言った。
 
「立ち上がるついでに、お皿を流しに浸けてくれればいいのに」

 流しは冷蔵庫を越えた先ではないか。ちっともついでじゃない。
 ほら、また一太が失敗した。
 あんな小さな一粒、松島なら水分も要らずに飲み込めそうだ。というか、たったの三粒、ひと息に飲んでしまえばいいのに。
 薬に慣れていることは何の自慢にもならないから、言わないが。

「粉薬にしてもらえば良かったね」

 松島が言うと、一太はぶんぶん首を横に振った。

「これの方がまだいい。粉は苦い。不味い」
「病院で飲んだの?」

 ずっと付き添えていたわけではないから、点滴が外れた後で処方されていたのかもしれない。
 頷いた一太は、一粒ずつ苦労して飲み込んだ後でトイレへ駆け込んだ。

「お薬ゼリーでも買ってこようかな」
「後で買いにいきましょう」

 母も同意見のようだった。
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