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50 体の不調が、心の持ちようで治ることってあるよね

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 翌日の金曜日。八時過ぎには、一太が昨日着替えた服を持って、松島は病院にやって来た。昨日のうちに洗濯機を回したらしい。大荷物をぶら下げているところを見ると、昨日置いていってくれた漫画本の続きもありそうだ。
 昨日、そう午前中の話だ。大して汗をかいてもいないし、シャワーもまだ入れなかったから着替えなくていいと言った一太に、さっぱりしよう、体を拭くだけでも気分が良くなるよ、僕は経験者だから分かる、と笑顔で迫る松島に気圧されて、服を脱いだ。丁寧に体を拭いてくれた松島は、しっかり洗い立ての服を一太に着せた。そのまま下着も変えられそうになり、大慌てで松島をカーテンの外へ追い出す、という一幕もあった。思い出すと笑ってしまう。
 松島は、一太が昼食を食べるのを見守った後に、洗濯物を持って一度帰って行って、漫画本をどっさり持ってまたやって来た。

「これで半分なんだけど、面白いから読んでみて。完結してるから、続きはまた明日持ってくるね」

 一太は見る暇など無かったが、家のテレビで弟が夢中になって見ていたアニメの題名がこれだったような気がする。

「ありがとう。有名なやつ?」
「そうそう。漫画はちょっと古いけど、人気だから、まだアニメはテレビでやっているくらいだよ。僕は、アニメの方は見ていないんだけど。最近は読みたい本は電子書籍で買ってるから、紙の本は古いのばっかりでさ。新しいのは家に帰った後、タブレットで見てみて。面白いのあるから。紙の本は実家にほとんど置いてきてるから、あんまり無くて残念。また取りに帰ろうかなあ」

 紙の本? 紙以外の本があるのか?
 タブレットで本を読む?
 また、すんなりと分からないことがいくつか出てきたが、とりあえず持ってきてくれた本があるからそれでいいや、と一太は松島の楽しそうな顔を見る。
 晃くんの家に行けば分かるんだし、そのうち聞こう。
 一太は、本当に穏やかな気持ちで話を聞いていた。午前中は、色々と迷惑をかけて申し訳ないなと思っていたが、松島が楽しそうに一太の世話を焼いている様子を見て、落ち着いたのだ。自分も、色々、本当に色々あったけれど、弟の世話をするのは嫌ではなかった。楽しかった。資格を取るなら子どもの世話をしたい、と思ったくらいには好きだった。同じ職業に就こうと思っているのだから、根本の所が松島とは似ているのかもしれない。
 そして一太は、こうして世話を焼かれることが嫌ではなかった。ただただ、幸せな気分だ。

「何でもいいよ」
「え?」
「俺、文字が書いてあれば何でもいい。新聞でも」
「そうなの? 何でも……え、何でも?」
「うん。教科書でも」
「へええ。あれ? じゃあ漫画じゃなく小説の方がいい?」
「ううん。漫画、読んでみたかった。図書室にはあんまり無いし、割りと皆が知ってる昔話の絵本とか的な漫画がたくさんあるみたいだし」
「そっかあ。じゃあ、スマホの無料アプリで小説や漫画読むのも楽しいかもしれないな。もう読んだことある?」
「ん? アプリ?」

 一太のスマホは、格安の会社の一番安いプランを契約している。夜間高校の先生に教えてもらって契約したので、どんな仕組みかは理解しているつもりだ。Wi-Fiが繋がっていれば、毎月の料金の範囲内で色々とできることも聞いた。大学内はWi-Fiが使えるので、とても助かっている。
 無料で通話ができるアプリと大学の授業の登録や連絡、仕事先との連絡に使用しているだけなので、遊びのためのアプリは見たことがない。
 よく買い物をするスーパーで、アプリを入れている方限定割り引きと書かれていたのを見たときは心引かれたが、その品を買う訳じゃなかったのでやめた。一太のスマホは容量が少ないので、アプリをあまり入れられないということも、譲ってくれた社長に教えてもらっている。

「あ、そっか。病院はWi-Fi無かった。家でまた教えるね。色々と無料で読めるアプリがあるから。ああ、早く家に帰ろ、いっちゃん」
「あ、うん……」

 家に帰ろ。
 何て嬉しい言葉だろう。
 そうして、ほっこりと嬉しい気分で、貸してもらった漫画本を夢中で読んで、木曜の午後は過ぎた。
 今日もこうして、朝から松島の顔を見て、嬉しくて堪らない。
 機嫌良く過ごして、午後の診察の時には、月曜の診察までは安静にして、ちゃんとした食事をすると約束するなら明日、帰ってもいいよ、と言ってもらえた。こんなに早く元気になったのは、松島が居てくれたお陰に違いないと、一太は確信している。
 
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