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48 嬉し泣き
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「俺、その、入院費を払ったらもう、学校は……。晃くんと一緒に住めたら嬉しいけど、もう、関係ない人になるし……その」
「え? ほんと? 嬉しい? 一緒に住めたら嬉しいの?」
ええ? そこ?
「おお。村瀬くんも了承してくれるなら問題ないな。それならとりあえず、体の状態を万全にすることに力を注ぎなさい。ほら、ベッドへ戻って」
松島の父は、トイレから戻った後、立ったまま話していた一太をベッドに押し込んだ。触れた背中がひんやりと冷たいことに気付いて松島に指示を出す。
「着替えがいるな。晃、売店で一つ買ってこい。帰ってからも使えるものがいいから、こんな病院着は駄目だぞ」
「はい!」
松島が、にこにこと笑顔のままさっさと行ってしまう。
「ああ、いや、でも……」
一太は、病院の売店は割り引きなんてしてないだろうなあと思ったが、では割り引きをしている店で買ってきてほしいとも言えない。そのまま乾くのを待つつもりだったが、緩くとはいえ冷房の効いた病室では、どんどんと体が冷えてきていた。
「村瀬くん。今回の入院費さえ何とかなれば、学校は続けられるか?」
「え? あ、はい、そうですね……。バイトは、クビになるから探さないといけませんけど、住むところさえあれば仕事は何でもあると思うので。はい」
「よし。それなら大丈夫。不動産屋から、家賃を取り戻してきたからね。敷金礼金も。あんな危険な場所に住まわせた上に家賃まで取るとはけしからん。上乗せをさせても良かったくらいだが、まあ、君にも色々と事情があったから今回は穏便に済ませたよ」
差し出された通帳は、一太のものだった。
「勝手に持ち出してすまない。証拠が必要でね。支払いを通帳引き落としにしてくれていて良かった。手払いにされていたら、少々時間がかかったかもしれない」
「あ……」
通帳の最新の記帳は、三十万円の入金になっていた。
手払いの方が手数料が余分にかかるので、支払いは何でも通帳からの引き落としの手続きをしておいたのが役に立ったらしい。何が幸いするか分からないものだ。
「あり、ありがとう、ございます。でも、いいんでしょうか。俺、住んでたのに……」
「無事で良かった。いや、入院している時点で無事じゃない。不動産屋は、そんな危険な家を人に貸してはいけない」
「…………はい」
無事で良かった、と言ってくれるのか。お前も納得して住んでいたんだろう、と責めることなく。
「村瀬くんは保険料をきちんと納めているから、入院費も保険がきく。頑張ったな。入院費は先ほどの金額で充分足りるはずだから、医師がもう大丈夫というまでしっかりと体を治して、晃の部屋に帰りなさい」
頑張ったな。
松島の父のその言葉が胸に響いて、返事が声にならなかった。
嬉しくて堪らないのに、何故か喉がひくりひくりと音を出す。涙が溢れ出して、まだ手に持っていた濡れタオルで顔を覆った。
「村瀬くん、どうした?」
「え? どうしたの、いっちゃん? 父さん、何を話したんですか」
「いや、ここまでの経過を」
売店から戻ったらしい松島の声もする。顔を上げなければと思いつつ、一太の嗚咽は止まらない。
嬉しくて涙が出るなんて経験は、生まれて初めてのことだった。
「え? ほんと? 嬉しい? 一緒に住めたら嬉しいの?」
ええ? そこ?
「おお。村瀬くんも了承してくれるなら問題ないな。それならとりあえず、体の状態を万全にすることに力を注ぎなさい。ほら、ベッドへ戻って」
松島の父は、トイレから戻った後、立ったまま話していた一太をベッドに押し込んだ。触れた背中がひんやりと冷たいことに気付いて松島に指示を出す。
「着替えがいるな。晃、売店で一つ買ってこい。帰ってからも使えるものがいいから、こんな病院着は駄目だぞ」
「はい!」
松島が、にこにこと笑顔のままさっさと行ってしまう。
「ああ、いや、でも……」
一太は、病院の売店は割り引きなんてしてないだろうなあと思ったが、では割り引きをしている店で買ってきてほしいとも言えない。そのまま乾くのを待つつもりだったが、緩くとはいえ冷房の効いた病室では、どんどんと体が冷えてきていた。
「村瀬くん。今回の入院費さえ何とかなれば、学校は続けられるか?」
「え? あ、はい、そうですね……。バイトは、クビになるから探さないといけませんけど、住むところさえあれば仕事は何でもあると思うので。はい」
「よし。それなら大丈夫。不動産屋から、家賃を取り戻してきたからね。敷金礼金も。あんな危険な場所に住まわせた上に家賃まで取るとはけしからん。上乗せをさせても良かったくらいだが、まあ、君にも色々と事情があったから今回は穏便に済ませたよ」
差し出された通帳は、一太のものだった。
「勝手に持ち出してすまない。証拠が必要でね。支払いを通帳引き落としにしてくれていて良かった。手払いにされていたら、少々時間がかかったかもしれない」
「あ……」
通帳の最新の記帳は、三十万円の入金になっていた。
手払いの方が手数料が余分にかかるので、支払いは何でも通帳からの引き落としの手続きをしておいたのが役に立ったらしい。何が幸いするか分からないものだ。
「あり、ありがとう、ございます。でも、いいんでしょうか。俺、住んでたのに……」
「無事で良かった。いや、入院している時点で無事じゃない。不動産屋は、そんな危険な家を人に貸してはいけない」
「…………はい」
無事で良かった、と言ってくれるのか。お前も納得して住んでいたんだろう、と責めることなく。
「村瀬くんは保険料をきちんと納めているから、入院費も保険がきく。頑張ったな。入院費は先ほどの金額で充分足りるはずだから、医師がもう大丈夫というまでしっかりと体を治して、晃の部屋に帰りなさい」
頑張ったな。
松島の父のその言葉が胸に響いて、返事が声にならなかった。
嬉しくて堪らないのに、何故か喉がひくりひくりと音を出す。涙が溢れ出して、まだ手に持っていた濡れタオルで顔を覆った。
「村瀬くん、どうした?」
「え? どうしたの、いっちゃん? 父さん、何を話したんですか」
「いや、ここまでの経過を」
売店から戻ったらしい松島の声もする。顔を上げなければと思いつつ、一太の嗚咽は止まらない。
嬉しくて涙が出るなんて経験は、生まれて初めてのことだった。
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