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42 ◇分かりあえることを大切にしたい
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「体調不良だから、皆心配したんじゃないかと思って」
そう言った松島の言葉に、疲れた顔の一太は首を傾げた。また頬が赤い。
起きて話していたから、熱が上がってしまったのかもしれない。松島は、一太の体調が心配だ。普段から食事が少なそうなことを気にしていたのに、こんなにはっきり弱っていると心配で堪らない。
そういうものだろう? 自分が病気の時も、治ってからも、周りは鬱陶しいくらいに心配して気にかけてくれた。今回もそうだ。大したことないけど病院にいると言っただけで、電車で二時間かかる実家から、仕事を休んだ家族が代わる代わるとんできている。大切な人に何かあれば、まずはその体調を心配して早く元気になってほしいと思うのが、松島の知っている病気の人への感情だった。
「体調を崩したら怒られるだけでしょ。もうひたすら丸まって謝るしかないよ。だって体調管理できなかった俺が悪いんだから。しんどくてもやることはやらなきゃならないんだし、いつもはもう何か意識もはっきりしなくなって寝てる間に何とかなるけど。こんな風に休むとか、ほんと、初めてだ……」
「怒られた……の?」
「もちろん」
「それだけ?」
「もちろん」
一太の揺るぎない返事が居たたまれなくて、松島は何も言えずにスマホをポケットに片付ける。
「あ、電話代。アプリを使わず普通にかけちゃったから通話料かかってるよね。幾らかな? お水のお金と一緒に払う」
「いっちゃん。あの、本当にいいんだけど……」
「晃。お金はきちんと精算しておきなさい。先ほどの時間くらいなら二十円もらっておこう。水は百円。いいかい?」
「はい」
こんなにお金がないと悩んでいる一太から、百円や二十円なんて貰わなくてもいいのに、と松島は思うのだが、父の言葉に一太は安堵の表情を見せた。財布から小銭が取り出されて、松島の手に乗せられる。
「ありがとう」
「うん。勝手に買ってごめん」
「ううん。お水、美味しい。飲みたかったから良かった」
「そう? それなら良かった」
少し笑い合って、ほっとする。カーテンの向こうでカチャカチャと物音がし始めた。
「村瀬さん、ご飯よ」
「はいっ」
声を掛けられて、一太がびくりと返事をすると、松島の父がカーテンを開けて、挨拶をした。
「お世話になります」
「あら、お家の方が来られたの?良かったねえ」
「あ、いえ……」
お盆を持った看護士に言われて、一太は曖昧に視線をさまよわせた。
「じゃ、まずはご飯をしっかり食べようか」
ベッドの上に出された机にお盆が置かれる。あまり形のないご飯と野菜の煮物、とろみばかりの魚、汁物。
「ええ、と。これ?」
「昨日の夜と今朝と食べてないし、村瀬さんのお腹は吸収が悪いみたいだから、今日はこれで様子見ね」
「はい……」
嫌そうな顔の一太を気にも止めず、ちゃきちゃきと点滴の様子も見て、看護士は出ていった。
看護士が動く間、ベッド脇から避けていた松島が戻ってきて食事を確認すると、一太と同じ顔になった。
これは、授業で試食させられたあれにそっくりだ。歯ごたえの欠片もなく、恐ろしく味が薄いあれ。
「離乳食みたい」
「離乳食だ」
二人の声が重なった。顔を見合わせて笑う。
「俺、赤ちゃんからやり直し?」
「いいんじゃない? 早くハンバーガーを食べられるようになって、一緒に食べに行こ」
「あはは」
笑いながらスプーンを手にした一太にほっとした。
やっぱりあんまり味がしないとか、俺、焼いてあるさくさくのものが好きとか、少し饒舌になった一太が話しながら食べるのを見守る。食事が終わると、点滴のぶら下がった棒を一太に引かせて、抱き上げてトイレへ連れていった。もう歩ける、と抗議されたがスリッパが無いことを理由にした。
松島が子どもの頃、父がそうしてトイレへと運んでくれたことがとても嬉しかったから、そうしてあげたかったのだ。
一太は、口では文句を言いながら一度目と同じようにしっかりと抱きついていてくれたから、先ほど売店で購入してきたスリッパはしばらく隠しておこうと松島は思った。
そう言った松島の言葉に、疲れた顔の一太は首を傾げた。また頬が赤い。
起きて話していたから、熱が上がってしまったのかもしれない。松島は、一太の体調が心配だ。普段から食事が少なそうなことを気にしていたのに、こんなにはっきり弱っていると心配で堪らない。
そういうものだろう? 自分が病気の時も、治ってからも、周りは鬱陶しいくらいに心配して気にかけてくれた。今回もそうだ。大したことないけど病院にいると言っただけで、電車で二時間かかる実家から、仕事を休んだ家族が代わる代わるとんできている。大切な人に何かあれば、まずはその体調を心配して早く元気になってほしいと思うのが、松島の知っている病気の人への感情だった。
「体調を崩したら怒られるだけでしょ。もうひたすら丸まって謝るしかないよ。だって体調管理できなかった俺が悪いんだから。しんどくてもやることはやらなきゃならないんだし、いつもはもう何か意識もはっきりしなくなって寝てる間に何とかなるけど。こんな風に休むとか、ほんと、初めてだ……」
「怒られた……の?」
「もちろん」
「それだけ?」
「もちろん」
一太の揺るぎない返事が居たたまれなくて、松島は何も言えずにスマホをポケットに片付ける。
「あ、電話代。アプリを使わず普通にかけちゃったから通話料かかってるよね。幾らかな? お水のお金と一緒に払う」
「いっちゃん。あの、本当にいいんだけど……」
「晃。お金はきちんと精算しておきなさい。先ほどの時間くらいなら二十円もらっておこう。水は百円。いいかい?」
「はい」
こんなにお金がないと悩んでいる一太から、百円や二十円なんて貰わなくてもいいのに、と松島は思うのだが、父の言葉に一太は安堵の表情を見せた。財布から小銭が取り出されて、松島の手に乗せられる。
「ありがとう」
「うん。勝手に買ってごめん」
「ううん。お水、美味しい。飲みたかったから良かった」
「そう? それなら良かった」
少し笑い合って、ほっとする。カーテンの向こうでカチャカチャと物音がし始めた。
「村瀬さん、ご飯よ」
「はいっ」
声を掛けられて、一太がびくりと返事をすると、松島の父がカーテンを開けて、挨拶をした。
「お世話になります」
「あら、お家の方が来られたの?良かったねえ」
「あ、いえ……」
お盆を持った看護士に言われて、一太は曖昧に視線をさまよわせた。
「じゃ、まずはご飯をしっかり食べようか」
ベッドの上に出された机にお盆が置かれる。あまり形のないご飯と野菜の煮物、とろみばかりの魚、汁物。
「ええ、と。これ?」
「昨日の夜と今朝と食べてないし、村瀬さんのお腹は吸収が悪いみたいだから、今日はこれで様子見ね」
「はい……」
嫌そうな顔の一太を気にも止めず、ちゃきちゃきと点滴の様子も見て、看護士は出ていった。
看護士が動く間、ベッド脇から避けていた松島が戻ってきて食事を確認すると、一太と同じ顔になった。
これは、授業で試食させられたあれにそっくりだ。歯ごたえの欠片もなく、恐ろしく味が薄いあれ。
「離乳食みたい」
「離乳食だ」
二人の声が重なった。顔を見合わせて笑う。
「俺、赤ちゃんからやり直し?」
「いいんじゃない? 早くハンバーガーを食べられるようになって、一緒に食べに行こ」
「あはは」
笑いながらスプーンを手にした一太にほっとした。
やっぱりあんまり味がしないとか、俺、焼いてあるさくさくのものが好きとか、少し饒舌になった一太が話しながら食べるのを見守る。食事が終わると、点滴のぶら下がった棒を一太に引かせて、抱き上げてトイレへ連れていった。もう歩ける、と抗議されたがスリッパが無いことを理由にした。
松島が子どもの頃、父がそうしてトイレへと運んでくれたことがとても嬉しかったから、そうしてあげたかったのだ。
一太は、口では文句を言いながら一度目と同じようにしっかりと抱きついていてくれたから、先ほど売店で購入してきたスリッパはしばらく隠しておこうと松島は思った。
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ムーンライトノベルズでも連載中。
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