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38 保護者のいない子ども
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水を飲んでしばらく泣いたら、少し落ち着いてきた。
世話をしてくれる人がいるとしたら、それは松島のことだ。
「落ち着いたかな」
松島によく似た男の人に話しかけられて、恥ずかしくてうつ向く。普通でないことをしてしまった。男が、しかも大人の男が人前でぽろぽろ涙を溢して泣くなんて。
「あの、すみません……」
「いや、体調の悪いときに押し掛けてすまないね。晃の父の松島誠と言います」
「村瀬一太です」
松島誠は、丁寧に挨拶をして名刺を差し出してきた。戸惑いながらも受け取って名刺を見る。
「弁護士さん……」
「うん、そうだね」
「……」
裁判などで弁護をする人、という社会の授業で習った知識が一太の頭に浮かんだが、それだけだった。
「それで、さっき言っていたことだけれどね」
「はい」
「誰の世話にもなっていない、と?」
「はい」
「家族はいない? 児童養護施設の出身かな?」
「六歳までいました」
「小学校に入る時に、引き取り手があった?」
「入学してから、少しして。誕生日のちょっと前」
「そう? 誕生日は?」
「六月三十日」
「それは半端な時期だったね。転校したの?」
「はい。家から通えって言われたから。ランドセルはあったから良かったけど、体操服が皆と違って困った」
「買ってもらえなかった?」
「俺の金を払う義務は無いから」
「引き取った方がそう仰ったのかな?」
「弟の父親がいつも言ってた。弟の金は払うけど、こいつは関係ないって。俺と弟の母親らしい人は俺のこともその人の子どもだって言ってたけど、違うことが分かったみたいで、その後は散々蹴られた。母親と派手な喧嘩をして、弟の父親が出ていったのも俺の所為なんだって。だから、養育費を貰っても、俺の物は何にも買わないし、払わないって」
「ふむ……」
「給食費はうっかり引き落とされていたから食べられたけど、途中で気付かれて返せって言われた。新聞配達して返した。人手不足だから、小学生でも泣いて頼んだら仕事させてくれた。修学旅行費とかバス遠足代は無理だった。少し頑張って貯めても見つかったら取られるし。でも、中学の給食費ははじめから自分で払った。家に置いてもらうために、家事も弟の世話も全部した。中学の制服と体操服は新聞屋のおばちゃんが知り合いから貰ってきてくれた」
「……」
「高校は、教科書もお金がいるって分かって、受検にもお金がかかって、新聞配達では全然無理だった。だから、中卒の就職の募集なんてなかったけど、小さい工場に頼んで仕事させてもらって、夜間の高校に入った」
「……」
黙って聞いてくれているから、一太は一生懸命話した。母親らしき人に、一度も世話になっていないことを信じてもらわなければならない。連絡されてたまるものか。やっと、やっと自分の稼いだお金を自分のために使えるようになったのに!
「工場で働いたお金も、家の人に勝手に使われて、弟の夜ご飯の時間が遅くなるから高校なんて行くなって言われて、夜間でも高校の費用ももったいないって言われて、でも、俺は高校行きたかったから頑張って。家で寝かせてやってるって、残りのお金全部取られて」
自分が生きるためのお金を自分で稼げと言われるのなら、頼る者のない一太はそうするしかない。だから、それについては我慢した。仕方ない。保護者がいないのだから、自分の食い扶持は自分で稼ぐしかない。
なのに、弟と母親らしき人は自分の食い扶持を稼ぎもせず家事もせず、別れた弟の父親からの養育費で足りない分は一太の稼いだお金で補って色んな物を買った挙げ句、弟の高校入学のための費用も一太の稼ぎで賄う予定だった。
公立の高校に受かりそうにない。私立の高校は費用が高く、毎月もらう養育費で足りないからもう少し稼いでこいと言われた時に、ぷつりと何かが切れたのだ。
世話をしてくれる人がいるとしたら、それは松島のことだ。
「落ち着いたかな」
松島によく似た男の人に話しかけられて、恥ずかしくてうつ向く。普通でないことをしてしまった。男が、しかも大人の男が人前でぽろぽろ涙を溢して泣くなんて。
「あの、すみません……」
「いや、体調の悪いときに押し掛けてすまないね。晃の父の松島誠と言います」
「村瀬一太です」
松島誠は、丁寧に挨拶をして名刺を差し出してきた。戸惑いながらも受け取って名刺を見る。
「弁護士さん……」
「うん、そうだね」
「……」
裁判などで弁護をする人、という社会の授業で習った知識が一太の頭に浮かんだが、それだけだった。
「それで、さっき言っていたことだけれどね」
「はい」
「誰の世話にもなっていない、と?」
「はい」
「家族はいない? 児童養護施設の出身かな?」
「六歳までいました」
「小学校に入る時に、引き取り手があった?」
「入学してから、少しして。誕生日のちょっと前」
「そう? 誕生日は?」
「六月三十日」
「それは半端な時期だったね。転校したの?」
「はい。家から通えって言われたから。ランドセルはあったから良かったけど、体操服が皆と違って困った」
「買ってもらえなかった?」
「俺の金を払う義務は無いから」
「引き取った方がそう仰ったのかな?」
「弟の父親がいつも言ってた。弟の金は払うけど、こいつは関係ないって。俺と弟の母親らしい人は俺のこともその人の子どもだって言ってたけど、違うことが分かったみたいで、その後は散々蹴られた。母親と派手な喧嘩をして、弟の父親が出ていったのも俺の所為なんだって。だから、養育費を貰っても、俺の物は何にも買わないし、払わないって」
「ふむ……」
「給食費はうっかり引き落とされていたから食べられたけど、途中で気付かれて返せって言われた。新聞配達して返した。人手不足だから、小学生でも泣いて頼んだら仕事させてくれた。修学旅行費とかバス遠足代は無理だった。少し頑張って貯めても見つかったら取られるし。でも、中学の給食費ははじめから自分で払った。家に置いてもらうために、家事も弟の世話も全部した。中学の制服と体操服は新聞屋のおばちゃんが知り合いから貰ってきてくれた」
「……」
「高校は、教科書もお金がいるって分かって、受検にもお金がかかって、新聞配達では全然無理だった。だから、中卒の就職の募集なんてなかったけど、小さい工場に頼んで仕事させてもらって、夜間の高校に入った」
「……」
黙って聞いてくれているから、一太は一生懸命話した。母親らしき人に、一度も世話になっていないことを信じてもらわなければならない。連絡されてたまるものか。やっと、やっと自分の稼いだお金を自分のために使えるようになったのに!
「工場で働いたお金も、家の人に勝手に使われて、弟の夜ご飯の時間が遅くなるから高校なんて行くなって言われて、夜間でも高校の費用ももったいないって言われて、でも、俺は高校行きたかったから頑張って。家で寝かせてやってるって、残りのお金全部取られて」
自分が生きるためのお金を自分で稼げと言われるのなら、頼る者のない一太はそうするしかない。だから、それについては我慢した。仕方ない。保護者がいないのだから、自分の食い扶持は自分で稼ぐしかない。
なのに、弟と母親らしき人は自分の食い扶持を稼ぎもせず家事もせず、別れた弟の父親からの養育費で足りない分は一太の稼いだお金で補って色んな物を買った挙げ句、弟の高校入学のための費用も一太の稼ぎで賄う予定だった。
公立の高校に受かりそうにない。私立の高校は費用が高く、毎月もらう養育費で足りないからもう少し稼いでこいと言われた時に、ぷつりと何かが切れたのだ。
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