【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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37 辛い

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「栄養失調は、四月に一人暮らしを始めてから食をいい加減にしたから起こっているという訳ではないようです。逆に四月以降、たくさん食べたときにはうまく消化できずに、便が緩かったんじゃないかと医師が言っていました」
「つまり?」
「村瀬くんは、その、食べ物をきちんと貰えないような家庭で育ったのではないか、と」
「だから、家族に連絡するのはどうかとお前は思う訳だな」
「はい」

 あきらくんの声がする。よく似た落ち着いた声の人と話している。

「しかし、大学に進学して、格安のアパートとはいえ一人暮らしもさせてもらっているのだろう?」
「そうですね……。でも、村瀬くんはバイトをしています。毎日毎日、学校の後で夜まで仕事をして、土日もずっと。いえ、村瀬くんだけでなく、バイトをしている友人は多いです」
「ふむ。各家庭の事情があるだろうが、大学に通うというのは非常に金のかかることだ。高校までのように多くの者に補助金が出る訳では無い。しかも、お前たちが通っているのは私立だ。入学して一年分の学費を最初に納める時からまとまった金額が必要になる。つまり、通わせてくれるように世話をしてくれる存在がいるということではないかな」

 世話をしてくれる人……? 俺の? それをここに呼ぼうとしてるのか? 一人でトイレにも行けなくて迷惑だから?
 一太の、うつらうつらとしていた意識が一気に覚醒した。

「俺は、誰の世話にもなっていません」

 口に出してみたけれど掠れた声は自分でも聞き取りにくい。

「いっちゃん。ごめん、うるさかった?」

 松島がすぐに立ち上がってペットボトルの水を手にした。うるさくて目を覚ました訳ではないので、一太は寝転がったまま首を横に振る。

「さっき、水を買ってきたんだ。飲んでおこう?」

 水? 水を買う?
 売ってることは知っている。バイト先のコンビニで、買う人はたくさんいる。冷えてるのを急いで飲みたいからって、水道から出てくる水をわざわざ買うなんてなあ、と不思議に思いながらレジを通していた。どうせ同じお金を払うなら、味がついていたり、お腹がふくれるようなものがいい、と一太は思う。あれだ。ハンバーガー屋で飲んだオレンジジュース。松島が味見させてくれた白ブドウのジュース。どちらも、ものすごく美味しかった。どうせお金を払うなら、あんなのがいい。
 
「水って、いくら?」

 とは言え、買ってしまったのなら仕方ない。一太のために買ってきたのなら、お金を返さないと。喉は渇いているから飲みたい。水道まで歩けるか分からないのなら、買い取るしかない。
 どうせもうこの入院費を払ったら、来年、大学に納める学費は足りやしないだろう。何とか手をつけずに残しておいた貯金。どんなに考えても、来年の学費を使うしか入院費を払う方法は無さそうだ。
 頑張ったのにな……。
 つん、と鼻の奥が痛くなって涙が浮かんできた。
 
「いっちゃん? 水のお金なんて気にしないで。とりあえず、飲もう?」

 助け起こしてくれた松島から、すっかり諦めきって水のペットボトルを受けとる。

「ええ? どうしたの? どこか辛い?」

 一太がぽろぽろ泣きながら水を飲んでいると、松島が背中をさすりながら話しかけてくる。
 辛い。
 何年も働いて貯めたお金でも学校に通うには足りなかったことが。
 他の人には、そんなにもたくさんかかるお金を払ってくれる誰かがいて、自分にはいないことが。
 辛い。
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