36 / 398
36 ◇父へのプレゼン
しおりを挟む
「頭痛い? 痛み止めもあった方がいいかな。あー、熱が高いね。ちょっと先生呼んでくるわ。お水飲めそうなら飲んでいいよ。ご飯は昼ごはんから食べようか。もうあと一時間半もすれば配膳されるからね」
てきぱきと一太の左腕に点滴をつけ直しながら看護士は言った。合間に体温も測って、書類に数値を書き込む。諦めてベッドに横になった一太が目を閉じると、目に溜まっていた涙がつう、と頬を伝っていった。胸をつかれた松島がその涙の意味を考えている間に、看護士が医師を連れてきて診察が始まる。一太はもうぼんやりと、されるがままにベッドに横たわっていた。
今のうちに、と松島が売店に水とスリッパを買いに出ている間に、一太はまた眠ってしまっていた。点滴の中に、眠くなる成分の薬も入っているのかもしれない。
水を飲ませてあげたかったな、と思いながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。少しだけ一太の呼吸が楽になっている様子にほっとして、松島もうつらうつらと目を閉じた。
「晃。晃」
父の声に、びくりと体を揺らす。座ったまま、うとうとと寝ていたせいで首が少し痛んだ。
「父さん」
まさか昨日の今日で父が来るとは思わずに、目を見開く。木曜日。平日だから父も母も急に休みを取ることはできず、来るとしても長姉辺りだろうと思っていた。
「光里に軽く話は聞いたが、あれの話はどうも感情的で分かりにくい。私にも一から説明しなさい。談話室へ行こう」
子どもの頃の晃がしょっちゅう入院していたので、病院の仕組みに詳しい父が提案してくる。晃は、少し迷って一太の寝顔を見た。時折眉をしかめて、苦しそうに息を吐いている。
「心配なので、ここで話しても構いませんか?」
「ここは大部屋だ。迷惑だろう?」
そう言われて周りに気を配ってみたが、昼なので、他のベッドの辺りからも人の気配があり、テレビの音や話し声はそれなりに聞こえている。それぞれが周りを囲うカーテンを引いていると、はっきりとした音が漏れている訳でもない。
「あの、いっちゃん……村瀬くんは入院するのが初めてで、何かあったらこのボタンを押すってことも分かってないです。今朝、起きた時も弱っててトイレまで歩けなくて……。もし談話室で話してる間に目が覚めて僕がいなかったら、とても不安だと思う」
「家族に連絡は? 朝起きたときに聞けなかったのか?」
「はい。トイレを済ませたらまた寝てしまって。昼ごはんは、起こして食べさせてくれとお願いされています」
「分かった」
父へのプレゼンは成功したようで、病室に立て掛けてあった折り畳み椅子を持ってきて一太のベッド横に設置し、腰かけてくれた。眠る一太の横でパイプ椅子に座って父と向かい合う。
まずは昨日の出来事から、そして一太の住むアパートの様子、更に普段の一太の様子まで、気付けば事情聴取のように詳しく聞き出されていた。
てきぱきと一太の左腕に点滴をつけ直しながら看護士は言った。合間に体温も測って、書類に数値を書き込む。諦めてベッドに横になった一太が目を閉じると、目に溜まっていた涙がつう、と頬を伝っていった。胸をつかれた松島がその涙の意味を考えている間に、看護士が医師を連れてきて診察が始まる。一太はもうぼんやりと、されるがままにベッドに横たわっていた。
今のうちに、と松島が売店に水とスリッパを買いに出ている間に、一太はまた眠ってしまっていた。点滴の中に、眠くなる成分の薬も入っているのかもしれない。
水を飲ませてあげたかったな、と思いながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。少しだけ一太の呼吸が楽になっている様子にほっとして、松島もうつらうつらと目を閉じた。
「晃。晃」
父の声に、びくりと体を揺らす。座ったまま、うとうとと寝ていたせいで首が少し痛んだ。
「父さん」
まさか昨日の今日で父が来るとは思わずに、目を見開く。木曜日。平日だから父も母も急に休みを取ることはできず、来るとしても長姉辺りだろうと思っていた。
「光里に軽く話は聞いたが、あれの話はどうも感情的で分かりにくい。私にも一から説明しなさい。談話室へ行こう」
子どもの頃の晃がしょっちゅう入院していたので、病院の仕組みに詳しい父が提案してくる。晃は、少し迷って一太の寝顔を見た。時折眉をしかめて、苦しそうに息を吐いている。
「心配なので、ここで話しても構いませんか?」
「ここは大部屋だ。迷惑だろう?」
そう言われて周りに気を配ってみたが、昼なので、他のベッドの辺りからも人の気配があり、テレビの音や話し声はそれなりに聞こえている。それぞれが周りを囲うカーテンを引いていると、はっきりとした音が漏れている訳でもない。
「あの、いっちゃん……村瀬くんは入院するのが初めてで、何かあったらこのボタンを押すってことも分かってないです。今朝、起きた時も弱っててトイレまで歩けなくて……。もし談話室で話してる間に目が覚めて僕がいなかったら、とても不安だと思う」
「家族に連絡は? 朝起きたときに聞けなかったのか?」
「はい。トイレを済ませたらまた寝てしまって。昼ごはんは、起こして食べさせてくれとお願いされています」
「分かった」
父へのプレゼンは成功したようで、病室に立て掛けてあった折り畳み椅子を持ってきて一太のベッド横に設置し、腰かけてくれた。眠る一太の横でパイプ椅子に座って父と向かい合う。
まずは昨日の出来事から、そして一太の住むアパートの様子、更に普段の一太の様子まで、気付けば事情聴取のように詳しく聞き出されていた。
364
お気に入りに追加
2,211
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる