【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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35 すべて、熱の所為

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 一太は、言われた意味が分からず首を傾げた。確かにトイレへは行きたかったので、首を傾げながらも布団から足を出す。ずきずきと頭が痛いのは、熱があるからだろうか。たくさん寝たのに。
 ベッドから降りようとして松島の服を握っていることに気付いた。

「ご、ごめん」

 慌てて手を離してベッドから降りる。足に全く力が入らず、そのままぺたりと床に座り込んでしまった。

「え?」
「わ、いっちゃん?」

 松島が差し伸べる手を取ったけれど、がくがくと膝が震えて一人で立てない。

「あ。いっちゃんの靴、持ってきてない……」

 松島が何か言っているのも耳に入らず、必死で足に力を入れる。裸足で立つ病院の床は、ひんやりと冷たかった。

「車椅子、使う?」

 新しい点滴のパックをベッドの横にぶら下げながら看護士が聞いてくる。
 車椅子?
 そんな馬鹿な、と思うけれど、松島につかまって立っているのが精一杯で前に進めそうにない。家ではないので、這っていく訳にもいかない。
 でも、そうしたら……。

「トイレ済んだら、ちゃんとベッドに戻ってきてね」

 退院できない。
 
「うう、う……」

 頑張ろうとするほど頭に血が昇るのか、頭痛が酷くなった。

「よいしょ」

 松島が脇の下に手を入れて一太の体を持ち上げる。くてん、と抱きつくしかなく、そのまま六人部屋の病室を出て、廊下の向かい側にあるトイレまで運ばれた。松島は、洋式トイレに一太を座らせると戸を閉めた。一連の動作が慣れている。
 小さい頃、病気だったって言っていたな、と思い出す。入院していた松島も、こんな風にお世話をされていたのかもしれない。
 何とか用を足すと、すっかり体の力が抜けていた。病院のトイレだけあって、あちこちに掴まることのできる棒が設置されているが、そこに掴まって下着を脱いだり履いたりするのが精一杯だった。そういえば、浴衣のような病院の服を着ているが、これの料金も払うのだろうか。
 がっくりと座り込んでいると、控え目なノックが聞こえる。

「いっちゃん、終わった? 開けてもいい?」
「うん……」

 そう答える以外に一太に何ができただろうか。松島をいつまでもトイレの前に待たせている訳にもいかず、看護士さんをベッド横に待たせている訳にもいかない。
 戸を開けた松島は、すっかり項垂れて座っている一太の脇に手を入れると、また、よいしょと抱き上げた。その体勢の心地よさに、思わず素直に体を預ける。ゆっくりとベッドまで運んでくれながら、大丈夫、大丈夫と呟く松島の声を聞いて一太の目に涙が浮かんできたのは、熱が高かったからに違いない。
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