30 / 398
30 ◇知らなかった世界
しおりを挟む
一太の住んでいるというアパートまで、しんどそうな一太を支えるように歩いてきた松島は、その建物を見上げて言葉を失ってしまう。まずは外見に驚いた。二階建てだが、二階へ上がる階段は途中、段が無い。外壁はぽろぽろと崩れていて、ドアの塗装なども所々剥げていた。
「これは、ずいぶんと……」
言葉が継げずに建物を見上げていると、こっち、と手を引かれる。一応、石壁で仕切ってある敷地内に入っていった一太は、一階の真ん中の部屋の前で鍵を出した。
てっきり、家の周辺で、もういいと帰されると思っていた松島は、一太がここまで連れてきてくれたことに戸惑っていた。もういいと言われても食い下がるつもりではあった。けれど以前に住まいの話をしたとき、どこに住んでいるかを頑なに教えてくれなかったから、余程隠したい事情があるのだと思ったのだ。
住んでいる建物が、少し古びているのかもしれないと予想はしていたが、予想の遥か上をいく外見だった。
いや、これは人が住んでもいい建物だろうか。早く取り壊さないと危ないんじゃないか。
鍵を開けた一太は、松島に何も言わずに扉を開けて中へと入っていく。一太は相当、朦朧としているらしい。大学から徒歩で十分とかからない距離だったが、眠たそうにふらふらしていたというのに炎天下に歩かせてしまったことを、今さらながらに後悔した。
止められなかったのをいいことに、一太について玄関へと足を踏み入れると、カーテンも無い狭い部屋の中は、サウナのようになっていた。
「いや、あっつ……」
すぐに冷房を、と部屋を見回してみれば。
「え?」
その部屋に、電化製品と呼ばれる品物は、何も無かった。
エアコンはもちろん、テレビも冷蔵庫も電子レンジも洗濯機も、松島が、無いと生きていけないと思っている品が何もない。あるのは……。
カーテンの無いカーテンレールに、ジーパンが一枚と下着が二枚、半袖のティーシャツ二枚と春に着ていた襟つきのチェックのシャツが二枚、タオルが二枚干してある。玄関横の小さな流しにコップが一つ。歯ブラシと箸がコップに立ててあり、その横に散髪用の鋏と鏡とくし。固形の石鹸と小さな洗濯板。
そして、部屋の半分を使って布団が敷いてあり、空いている床に教科書と文房具が積まれていた。
「あ、いっちゃん……」
一太はさっさと靴を脱いで、所々変色している畳の部屋に上がると真っ直ぐ布団へ向かう。部屋に入った途端に更に噴き出した汗がぽたぽたと額を伝っていくが、窓を開けることもなく布団の上に乗ると、そのまま横になってしまった。タオルケットの上に乗ったので、汗がタオルケットを濡らしていく。
「いや。いやいやいやいや」
松島は慌てて窓を開けるが、一つしかない窓を開けた所で、真夏の昼に風が通る訳もない。部屋の温度は、何ほども変わらなかった。
「え? 待って。いっちゃん? 無理。無理だよ。こんなとこで寝られる訳ないよ。え、待って? いっちゃん? 意識、意識ある? え、これ熱中症? き、救急車」
松島は震える手で救急車を呼んだ。自分も大汗をかきながら、ボランティア用の道具を入れたバッグから取り出した下敷きで必死に一太に風を送り続けた。熱い風がかき回されるだけだとしても、何もしないよりましだと思ったのだ。
結局、救急車が到着して運ばれる間も一太は意識を取り戻すことなく、付き添いで救急車に乗った松島も目眩を起こし、軽い熱中症と脱水状態と診断されて点滴を受ける羽目になった。
「これは、ずいぶんと……」
言葉が継げずに建物を見上げていると、こっち、と手を引かれる。一応、石壁で仕切ってある敷地内に入っていった一太は、一階の真ん中の部屋の前で鍵を出した。
てっきり、家の周辺で、もういいと帰されると思っていた松島は、一太がここまで連れてきてくれたことに戸惑っていた。もういいと言われても食い下がるつもりではあった。けれど以前に住まいの話をしたとき、どこに住んでいるかを頑なに教えてくれなかったから、余程隠したい事情があるのだと思ったのだ。
住んでいる建物が、少し古びているのかもしれないと予想はしていたが、予想の遥か上をいく外見だった。
いや、これは人が住んでもいい建物だろうか。早く取り壊さないと危ないんじゃないか。
鍵を開けた一太は、松島に何も言わずに扉を開けて中へと入っていく。一太は相当、朦朧としているらしい。大学から徒歩で十分とかからない距離だったが、眠たそうにふらふらしていたというのに炎天下に歩かせてしまったことを、今さらながらに後悔した。
止められなかったのをいいことに、一太について玄関へと足を踏み入れると、カーテンも無い狭い部屋の中は、サウナのようになっていた。
「いや、あっつ……」
すぐに冷房を、と部屋を見回してみれば。
「え?」
その部屋に、電化製品と呼ばれる品物は、何も無かった。
エアコンはもちろん、テレビも冷蔵庫も電子レンジも洗濯機も、松島が、無いと生きていけないと思っている品が何もない。あるのは……。
カーテンの無いカーテンレールに、ジーパンが一枚と下着が二枚、半袖のティーシャツ二枚と春に着ていた襟つきのチェックのシャツが二枚、タオルが二枚干してある。玄関横の小さな流しにコップが一つ。歯ブラシと箸がコップに立ててあり、その横に散髪用の鋏と鏡とくし。固形の石鹸と小さな洗濯板。
そして、部屋の半分を使って布団が敷いてあり、空いている床に教科書と文房具が積まれていた。
「あ、いっちゃん……」
一太はさっさと靴を脱いで、所々変色している畳の部屋に上がると真っ直ぐ布団へ向かう。部屋に入った途端に更に噴き出した汗がぽたぽたと額を伝っていくが、窓を開けることもなく布団の上に乗ると、そのまま横になってしまった。タオルケットの上に乗ったので、汗がタオルケットを濡らしていく。
「いや。いやいやいやいや」
松島は慌てて窓を開けるが、一つしかない窓を開けた所で、真夏の昼に風が通る訳もない。部屋の温度は、何ほども変わらなかった。
「え? 待って。いっちゃん? 無理。無理だよ。こんなとこで寝られる訳ないよ。え、待って? いっちゃん? 意識、意識ある? え、これ熱中症? き、救急車」
松島は震える手で救急車を呼んだ。自分も大汗をかきながら、ボランティア用の道具を入れたバッグから取り出した下敷きで必死に一太に風を送り続けた。熱い風がかき回されるだけだとしても、何もしないよりましだと思ったのだ。
結局、救急車が到着して運ばれる間も一太は意識を取り戻すことなく、付き添いで救急車に乗った松島も目眩を起こし、軽い熱中症と脱水状態と診断されて点滴を受ける羽目になった。
370
お気に入りに追加
2,213
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。


弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…
※カクヨムにも投稿始めました!アルファポリスとカクヨムで別々のエンドにしようかなとも考え中です!
カクヨム登録されている方、読んで頂けたら嬉しいです!!
番外編は時々追加で投稿しようかなと思っています!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる