【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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25 ◇それは小さくて重いもの

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 泣き声がほぼ収まった室内で聞こえてきた一太の声に、松島の意識がそちらへ向かう。
 児童養護施設にいた?
 そういえば一太とは、家族の話などをした覚えが全くない。一学期の間にあんなに仲良くなったのに、自分の家族の話もしていなかったのではないか。
 小さい頃、病気だった、と告げたことですっかり全てを話したつもりになっていた。その時も、一太にたいして突っ込まれることなく終わった気がする。その話をすると同情的な視線を寄越されたり、その後の体育の授業や運動の行事で気を使われたりするから、なるべくさらりと、何でもないことのように告げる癖がついていた。一太に突っ込まれずにすんで、ほっとしていたのかもしれない。
 告げた後も一太の態度が変わることはなかったし、それが嬉しかった。だから、そのままさらりと三ヶ月が経った。
 一太に、何となく普通じゃない様子を感じていたけれど、今、普通に大学生活を送れているのだから大丈夫だろうと、ただ目の前で見える不具合に手を差し伸べていた。足りなさそうな食事を補ったり、文房具をさりげなく渡したり。
 けれどもしかして、さっきの昌江先生のように聞いてみたら、あっさり答えてくれたのかもしれない。
 それなら、聞いておけば良かった。
 母や弟はいつも、お前がいなければ良かったんだって言ってましたという、あの言葉の背景も。

あきら先生、けいとくん眠そう。抱っこできる?」
「はい。やってみます」

 優子先生の声に、はっと自分にもたれ掛かる乳児を見る。けいとくんが、座った姿勢を保てなくなっていた。もたれ掛かるのを抱きとめながら、松島はけいとくんの脇の下に手を入れて持ち上げ立ち上がる。

「上手、上手」
「はい」

 合格をもらいほっとして、しっかりと抱きしめた。けいとくんは指をちゅうちゅう吸いながら、体を預けてくる。しがみつく気のない体はずっしりと重たくて、松島はぎこちなくけいとくんの体を揺らした。
 また、とものりくんの泣き声が聞こえて、松島はけいとくんを抱いたまま一太の近くに寄る。とものりくんは先ほど抱っこを要求して叶えられ、一太に抱っこしてもらっていたのに、また下におりて泣きながら部屋の外が見えるガラス戸前をはいはいでさ迷っていた。

「さっき抱っこしてなかった?」
「うん。またお母さんを探しにいった」
「そうなんだ」
「うん」 
「よく分かるね」
「……俺は、分かんないけど。ちびたちは皆そうだから」
「え?」

 俺は分かんない、の意味を知りたくて聞き返したが、とものりくんがぺたんと座ったことで一太の顔が嬉しそうに輝いたので、松島は口をつぐんだ。
 ん、と座ったとものりくんが両手を上げる。

「やっぱり抱っこか。おいで」

 脇の下に手を入れて持ち上げた後、ぎゅう、ととものりくんを強く抱きしめる一太の様子があまりに幸せそうで松島は息を飲む。
 まるで、抱いてほしかったのは一太であるかのように見えたから。
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