【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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22 託児室のボランティア

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 託児室のボランティアは、夏休み中に希望者が数人ずつ参加する形で行われた。市の管轄で、平日の昼間に少しだけ息抜きをしたり、小さな子どもを連れていけない美容院や病院に行きたい母親や父親が予約をして預けにくる場所で、大変な人気があるらしい。値段も、公的な補助金が出ているため、一時間三百円と破格の設定である。
 二人の保育士が常駐しているのだが、二人では預かれる人数に限りがあるため、予約を取るのが難しいほどになっているそうだ。夏休みは、普段は幼稚園に通っている上の子と下の子をまとめて見てほしいという要望もあり、近くにある短大の幼児教育学科の生徒たちの手伝いは、とても助かると喜んでもらっていた。大学側も、実際に小さな子どもたちに触れ合える機会が少ないままに育った生徒たちが本物に触れ合える機会ということで、積極的な参加を推奨している。
 特別に指導されたりすることはないが、現場を体験できる良い機会だった。

「村瀬くん、久しぶり」

 明るい笑顔を向けられて、ああ、と一太は思った。松島くんに会えて嬉しい。

「久しぶり」

 笑顔で答えながら、ボランティアの日にちを合わせて良かったなあ、と思う。

「おはようございます。今日はお世話になります」

 二人で挨拶をすれば、託児室に居た四十代くらいに見える保育士が、あら、と言った。ちゃきちゃきした雰囲気の人だった。

「男の子だ、珍しい。こちらこそよろしくね。私は守岡もりおか優子ゆうこです。優子先生って呼んで」
「おはよう。こちらこそお世話になります。西町にしまち昌江まさえです。昌江先生です」

 もう一人の保育士、昌江先生も五十歳になっているかいないかといった年齢に見える。のんびりした雰囲気の人だった。
 
「あ、松島まつしまあきらです」
村瀬むらせ一太いちたです」

 名乗って頭を下げれば、

あきら先生と一太先生ね。はい、これ名札」

 白い大きめのシールに、青いマジックで、それぞれの名前をひらがなで書いて渡される。

「エプロンの胸に貼っておいて。保護者の方は保育者の名前が分かると安心だし、私たちも呼ぶときに間違えなくて済むから」
「はい」

 と、答えて急いでエプロンを身に付けた。胸に、あきら、いちた、と書かれたシールを貼ると、背筋が伸びる気がした。

あきら先生だって」

 一太が松島を見上げてくすくす笑えば、

「何だよ、一太先生」

 と、返ってくる。
 夏休みに入ってから、バイト先のコンビニで客を相手のせりふくらいしか話していなかった一太は、それだけで嬉しくてたまらなかった。

「今日はね、九時からいきなり六人来るよー。乳児さん三人と一歳が一人、二歳が二人ね。二時間で二人抜けて、またその時間から二人来るからずっと六人だわ。ちょっとしんどいかもしれないけど、一時まで頑張りましょう」
「はい」

 返事をしながら、緊張してきた。面倒を見ていた弟が小さかったのはだいぶ前だし、児童養護施設にいた頃に小さな子たちのお世話をしていたのは更にその前だ。赤ちゃんのお世話は久しぶりで、一学期に大学で習った保育の内容を思い出しながら一太は深呼吸をした。大丈夫。何となく覚えている。

「僕、赤ちゃんを抱いたことないんだよね」 

 一太の隣から松島の頼りない声が聞こえて、なるべくフォローもしてやろう、と気合いを入れ直した。

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