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9 遠足の前の日、みたいな?

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 集合場所は、大学の最寄り駅だった。さすがの一太も迷うことなく辿り着けて、ほっと安堵の息を吐く。集合時間の十分前に着いたら、松島だけが一人で佇んでいた。

「村瀬くん!」

 笑顔で大きく手を振られて、少し気恥ずかしくなる。慌てて駆け寄って、おはよう、と言った。

「おはよう」

 満面の笑みで返事が返ってくる。

「早いな」
「楽しみで、あまり眠れなかった」
「ええ? なんだ、それ」
「ほら。遠足の前の日、みたいな?」
「ふーん」

 遠足の前の日が楽しみ?ちょっと一太には分からないことだった。遠足の日は給食が無いから昼ごはんが食べられないのだ。楽しみどころか最悪の日だ。弁当もリュックも水筒も持たずに学校に行って、それでは遠足には連れて行けません、と毎年家に帰された。自分で弁当らしきものを作れた年、少し弾んだ気持ちでランドセルにそれを入れて学校へ行ったが、バスで遠い場所へ遠足へ行くんだけど村瀬くんはバスのお金を払っていないから連れていけないの、とやっぱり家に帰された。

「村瀬くんも早いじゃん?」
「ん? ああ、その……。俺も楽しみだった、かな?」
「そっか」
 
 一太は、もし道を間違えても間に合うように早目に家を出た、と言うのが恥ずかしくて言葉を濁した。楽しみで眠れなかったのではなく、お金が足りるか不安で眠りは浅かったが。
 松島は、俺も楽しみだった、と一太が言った言葉ににこにこと頷いてくれた。

「お前ら、早い。てか、女子まだなん?」

 汗だくの安部あべが合流して、首から下げたタオルで汗を拭う。屋根のある場所で待っていても、七月の気温は暑い。一太の額からも汗は落ちていた。

「朝から暑いよね」

 松島は笑いながらポケットからハンカチを出して一太の額の汗を拭ってくれる。

「あ、汚れちゃうよ」

 一太は慌ててその手を止めて、タオルくらい持ってくれば良かったと思いながら汗を乱暴に半袖シャツの肩口で拭った。
 7月の気温は高く、朝からもう汗が滴ってくる。ズボンも毎日洗わなくちゃならないな、と思うとげんなりした。暑い日にはすぐ乾くとはいえ、半袖シャツなどと違って洗濯が大変だ。百円均一ショップの洗濯板はサイズが小さいし、もう少し大きい洗濯板を雑貨屋で探した方がいいかもしれない。

「もうバス来るんじゃね?」
「そうだね」
「女子来なかったら三人で乗っちゃおうぜ」
「スマホで連絡しとけば後で合流できるから、そうしよう」

 聞こえてきた二人の会話に、一太は真っ青になった。洗濯のことを呑気に考えている場合ではない。

「え? バス? バスに乗るの?」
「おう。電車より店の近くに行けるからバスで行くぞ」
「村瀬くん、連れていってあげるから大丈夫だよ」

 一太は今、電車かバスかを聞いているのではなく、店の場所が分からなくて不安なのでもない。
 バス。
 さっきも思い出していた所だ。バスに乗るお金を払ってないから村瀬くんは連れていけないの、と言われた遠足の日を。
 バス代……。
 早くも考えていなかった支出が増えた。
 一太が呆然としている間に、バスと待ち合わせていた女の子たちがバタバタと走ってきて、気付けば松島に手を引かれてバスの中だった。
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