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第2章

2-3 門出

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 浮ついた空気が彼により一変する。

「皆今日から訓練生として新たな門出だ、まずはおめでとうと言おう。これからは学院とカリオペイアのために尽くして貰いたい、職務に励み自らを研鑽していくのだ。期待している」

 学院長の力強い言葉を受け、講堂の空気が一気に引き締まった。誰かの喉が鳴るーーーーーー
 講堂に集められた新訓練生は今日から学院で暮らし、この都市の為に職務にあたる。訓練学校とは違い全てが本番になる事を自覚しなければならない。

(今日から始まるんだ‥‥‥)

 新たな生活に期待と不安が入り混じる。ある者は「正義」をある者は「知恵」をまたある者は「権力」を求めて狭き門を通って来た。この場に居る時点で選りすぐられているが、この先を進むにはまだ経験も知識も浅い初心者達だった。
 在校生代表の祝辞が行われ、続けて訓練生代表が答辞する。
 司書候補生は候補生の中でも司書になる権利を得た者のことだ、司書に合格すれば教わる立場から教鞭をとる立場へなることができる。司書以上の立場の人物になれば「先生」と呼ばれ、図書隊の指揮官に任命されるなど主に成績優秀者や功労者に資格が与えられる。
 ちなみにルカの場合は功労者としてこのたび候補生となった。

(あれ?まだ終わらないのか?)

 通例なら式はここまでとなり、全員寮に戻る事になる。訓練生達が終わるのを待っていると学院長が再び登壇した。

「皆、揃っているので丁度良い。今少し話をしよう、昨今『虫』と『本狩り』の被害が続出しておるのは既に知っている者も居るだろうが、日に日に被害が増加しておる。そこでだ、今期から軍との協力を今まで以上に密にする事になった。辞令は追って通達する」

 学院長が降壇すると講堂が騒めく。
 学院を本拠地とし『穿虫せんちゅう』と『猟書狂ビブリオマニア』から本と都市を守る『図書隊』、都市の警備をし内乱やいさかいを治めて治安を維持する『軍』。
 双方この都市には必要不可欠な存在だが、しかしながら両者には複雑な理由があった。
 一つ目は軍に入るより学院に入る方が遥かに難しい故に訓練学校で訓練生に合格出来なかった者が軍に入る流れが出来ている。写本の行使が認められているのは学院にゆかりある者だけの為、図書隊は高いプライドを軍人に持ち、軍人は学院生や図書隊に対抗心を持っている。

 二つ目は図書隊は良くも悪くも国柄に忠実であり、「本第一主義」に偏り過ぎている面がある、これは時に命より本を優先させるということだ。「図書国家」にとって命と同等の価値を持つ写本は天秤に掛けた場合、命を捨てる者も存在する。対して軍は都市の人々を守る役目即ち「人」を優先させるため、写本に対して命を捨てる者は少ない。お互いの価値観がすれ違って摩擦が発生している。

 三つ目はここ五十年国家間の戦争は無く、軍の仕事は主に都市と要人の警備であり、『穿虫』と『猟書狂』の被害が多いため予算が図書隊に組まれやすいという点がある。軍は時にただ飯喰らいと蔑む声が聞こえてくるが、実際は小型の『穿虫』くらいは軍で退治出来ているので正当に評価されていない事に不満が溜まっている。
 以上の点から両者の溝は深まるばかりであった。
 学院長の発言による熱が冷めやらぬ中、入学式は閉会となったーーーーーーーー

 入学式が終わり新入生は寮に帰る。明日から本格的に学院生活が始まり、訓練生は授業をこなしてゆく。ちなみに訓練生の間は危険の伴う職務はあまりしない。
 寮は男女別で部屋はそれぞれ小さな部屋が一人一部屋ずつ、机とベッドを置いたら埋まる広さだ。一人部屋のドアを開けると、三人用の共用スペースがありさらにドアを開けると廊下に出る。括りでいえば、三人一組の部屋になる。朝に入寮手続きを済ませた生徒達がぞろぞろと部屋に入り、ルームメイトと交流を深めていた。
 ルチアとノエミは同じ部屋になったが、まだ荷物を宿に取りに行けてなく、支給された制服だけを着て今日の予定を話し合っていた。

「出来れば、昨日からお部屋に荷物おきたかったね!」

「今日取りにいきましょう、長くなれば延滞金を請求されるかもしれません」

「どうしようっあまりお金ないよぅ」

「あの‥‥‥」

 二人が共用スペースで話していた所、三人の少女が自室から気まずそうに話しかけてきた。

「よ、よろしく……」

 ドアに半分身を隠し共有スペースを覗いてきたのは、水色の髪と上瞼が少し重そうな同色の眼、身長はルチアとノエミより小さな身体、地面に付きそうなくらい長い髪の一見、人形の様なルームメイトだった。

「あ!よろしくね!」

「エレーニ・ガラニスさんでしたよね!よろしくお願いします」

エレーニがずっと部屋に籠っていたからか、挨拶するタイミングを逃していた。

「ごめんね!朝ちょっと用事が有って"えーちゃん"が来る前に出かけちゃって」

「えーちゃん‥‥‥」

「嫌だったかな?」

エレーニは顔をふるふるさせて恥ずかしそうに俯いている。ルチアとノエミは返事を急かさず、話してくれるのを待っていた。

「ふ、二人はなんて呼べば良い‥‥‥の?」

ノエミの顔がぱっと明るくなり、すかさず駆け寄ってエレーニの両手を掴んだ。掴まれた身体をビクッと震わせてノエミになされるがままだ。

「私はノエミって呼んで!因みにルーちゃんからはノエちゃんって呼ばれてる!」

「ノエちゃん!いきなりグイグイするとえーちゃんびっくりしてるから!」

「うぅ‥‥」

ほら!こっち!とノエミに引っ張られ、ソファの真ん中に座らされる。両手を膝の上にして今度は俯いてしまった。

「私はルチア、よろしくね。ルーで良いよ」

「‥‥‥‥ルーちゃん、ノエちゃん。よろしく」

どうやら人慣れしていないらしい‥‥ノエミが自分のことを語り出し、あわあわしている姿はルチアからみて微笑ましい物だったが、このままでは言葉のキャッチボールが進展しないと見るや、一つ提案してみる。

「そうだっ一緒に街へ行きませんか?色々あって宿へ荷物を取りに行かないといけなくて」

「良いね!良いね!!今日はもう自由だし行こ!行こ!!」

「街‥‥う、うん‥‥行こうかな」

時刻はまだ昼過ぎだ、昼食を取るには良いタイミングだろう。三人は早速準備をして澄み切った青空の街に繰り出して行った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ルカ・スィエーナの様子はどうだった?」

「いえ、特に目立った点はありませんでした‥‥‥」

「学院外で知っている者は?」

「わかりません」

「軍人は?」

「いえ‥‥‥」

「訓練学校の人間関係は?」

「トラブル等は特にありませんでした」

「お前から見てどう思った?」

「少し変わった人です」

「それはなぜだ?」

「出世欲があまりない人だと思いますので」

「権力に興味が無いと?」

「取り入ろうという魂胆は見えませんでした」

「信用するな」

「もちろんです」

「金か?」

「知識欲の方かと‥‥」

「学院の誰と懇意にしている?」

「まだそこまでは‥‥‥強いて言うなら友人でしょうか」

「‥‥‥‥‥なら良い、些細なことでも良い引き続き、何かあれば報告せよ」

「承知致しました」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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