完璧な薬

秋川真了

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完璧な薬

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アール氏は研究者であり、とある研究をしていた。彼は今も忙しそうに赤色と緑色の液体を慎重に調合している。
「よし。もう少しだな」
アール氏は呟く。今彼が研究している薬は人類にとって前代未聞の効果がある。その薬の開発が後一歩というところまで来ていた。
そんなアール氏の半生というのはお世辞にも褒められたものではなかった。



彼が生まれた家庭は所謂貧困家庭というものだ。幼い時から両親に深刻な虐待を受けており、今でも両親を思い出す時セットで憎悪と殺意がついてくる。そのため彼は中学卒業後、逃げるように親元を離れた。しかし、中卒でまともに教育を受けていないような彼ができる仕事は同じく彼のような境遇のものがするような仕事であった。



そこで彼は色々なことをした。詳しく言うならば、麻薬の密売や死体の遺棄、老人を狙った詐欺など本当に色々なことをしたと言っていいだろう。


そこまで思い出して、アール氏は調合していた手を止める。
「そういえばあいつらはあそこで何をしているんだろう」
「あいつら」とはアール氏がそこで出会った、希少な友人のことである。


アール氏は長年そこで仕事をしていたため、自然と顔見知りができた。その仲は次第に顔見知りを超え、いつしか親友と呼べるような仲まで成長していた。時には成功を祝い酒を飲み、時には失敗のせいで警察から逃げ回った。
そんな彼らだって人間だ。人並みの罪悪感だってあるし、将来への不安もあった。そこで彼らは一世一代の大きな賭けにでた。


端的に言えば銀行強盗だ。この国で一番大きい銀行の金庫にある金を全て奪い、脱出する。そういう計画だった。これを提案したのはアール氏であり、他の6人もこの計画に納得していた。
しかしこの計画は失敗した。六人は逮捕、もしくは指名手配され、今尚いつ警察に捕まるか分からない恐怖の日々を送っている。しかしアール氏だけは別だった。彼は捕まるどころか指名手配さえされずしかもなんとか盗めた金庫の金の一部も全て手に入れることができた。アール氏は最初この自分の境遇に後ろめたささえ感じていたが、これを神がくれたチャンスだと思い、以後有り余った金で科学を勉強し、こうして日夜研究に励んでいる。


調合された液体からゆっくりと濃い煙がでる。それをアール氏は成功の印であると知っていた。アール氏は声にならない喜びを噛み締めゆっくりとその液体が入った試験管を手にした時…


バァンという音が部屋中に響く。その音に驚き、振り向くとそこにはかつての親友が拳銃を持ちドアの前に立っていた。
「やあ久しぶりだね」
「とぼけるな。俺が何をしに来たか、もうわかってるんだろう」
「確かに君を助けれなかったことは悔やむよ」
「悔やむだと?ふざけるな。だれか一人でも捕まったらその時は助けに来る。そういう約束じゃねえか」
確かにそのような約束はしていた。しかし、自分一人で何ができたのだろう、とアール氏は思う。
「てことは君は腹いせに僕を殺しに来たのかい?その銃で」
「いや、確かにそうしようと思っていたが気が変わった」
「どういうことだい?」
「俺もお前もどっちにしろもう残りの人生は少ない。だったらそんなお前を殺しても俺としては大したメリットではない」
「だったらこのまま帰ってくれるのかい」
「いや、噂で聞いたんだが、お前何やらすごい研究をしているようじゃねえか」
そういい男はアール氏が持っている試験管に目をおとす。やはりか、アール氏は青ざめる。
「待ってくれ。これは俺が何年もかけて作った薬なんだこれだけはやめてくれ」
「ククク。拳銃を突きつけられた時とは大違いじゃないか。その顔が見たかったんだよ」
「なんで君たちは僕の邪魔をするんだ」
「君たちてことはお前他の奴らも来てたのかよ」
途端に男は笑顔になる。
「ああ。来て君のように研究をぶち壊したさ」
それを聞いた瞬間大声で男は笑う。
「ハッハッハッハー。てことはお前俺でもう6回目かい?人気者は辛いねえ」
「頼む。後生の頼みだ。これだけはこれだけはやめてくれ」
「言っただろう。俺はお前を殺しに来た。だったらやはりそれ相応なことはして帰らねえとな」
男は続ける。
「強欲なお前のことだ。きっと素晴らしい薬を開発したんだろう…な」
そういい男はアール氏の手から試験管をひったくる。そして勢いよく飲んだ後、こう締めくくった。
「いいか。俺たちはお前を信用していた。いくら助けることはできないと知っていても助けに来て捕まるのが筋てもんだろう。だからお…」



ドサリという音とともに男は倒れる。
「ああ。分かってるさ」
アール氏は呟く。もう六回も言われた言葉だ。そして六回、かつて笑いあい、助けあった仲間たちが倒れるのを見た。
「やっと完成して僕が飲むはずだったのに」
完成したのは薬は薬でも「即死の薬」飲めば苦しむことなくすぐに死ぬことができる。彼は皆への罪悪感から死んで償おうとしていた。それを償わせるはずの連中がこうして自分の薬で死んでいく。
今更自首する気なんて起きない。アール氏はこれで楽に死にたいのだ。今更刑務所になんて行きたくない。それに酷い前科持ちの奴らだ。警察含め、誰も捜索なんてしない。幸いもう何万回と調合をしている。そろそろコツが掴めて完成も近いだろう。それに仲間はもうこれで最後だ。もう誰も来ることはない。
おそらくこれも神がくれたチャンスなのだろう。


そうと信じて彼は今も忙しそうに赤色と緑色の液体を慎重に調合している…





ここはどこかの警察署。
「何?あの銀行強盗にもう一人共犯がいただと?」
「ええ。今まで口を割らなかったあいつから急にリークがありました」
「釈放されたことでもうどうでもよくなくなったのだろうか?」
「さあ。詳しい心情の変化は分かりませんが…」
「まあいい。あいつの言うことがまだ本当か分からんが調べる価値はあるだろう。どいつだ」
「はい。このアールという男です」
「よし今からそいつのところに向かうぞ」



アール氏のドアがノックされる。やはり神は彼の死での償いを、完璧な薬の服用を認めないようだった。
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