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死後の世界
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アール氏は平凡な男であった。
顔も普通で背も一般的。決して頭が良いというわけではなかったが、悪くもなかった。幼少期からそれなりの人に囲まれ、それなりの会社に就職し、それなりの女性と結婚した。
そんなアール氏も若い時には勿論、葛藤があった。幼少期の「僕はなんでもできる」という万能感も薄れ、徐々に自分がこの地球の主人公ではないことに気づかされていた時期だった。「自分は平凡なのではないか」そんな悩みを彼は至極真剣に考えていた。一思いに悪事でも働いて見ようとも思ったがそんな時に決まって彼の良心がブレーキをかけた。この彼の良心もせめてアリも踏み抜けないような良心の塊だったならともかく、やはり凡人らしく中途半端なものだった。
そんな彼も今は自分の両親から受け継いだ実家でその最期を迎えようとしている。走馬灯だろう。自分の経験がまるで一本の映画のように高速で、だか確実に彼の目前で上映されていた。
「ご臨終です」
そう短く告げた医師の声を最後に彼の生命活動は終わった。
ああ自分は死んだのだな、とアール氏も思った。しかしどうだろう。自分にまだ意識はある。成る程死後の世界へ行けるのだろう。アール氏は家族と決別する悲しさから一転一気に楽しみになってきた。両親は元気にしているだろうか?同僚のあいつは?ご近所さんだったあの方はどうだろう?
そこでアール氏はふと思った。天国や地獄はあるだろうか。自分はどちらにいくのだろう。とくに良いことはしていないが悪いこともしていない。そんなことを考えていると、スウーと彼の体が浮き始めた。正確には彼の意識であるが、その感覚からまるで体ごと浮いていくような感じだった。体はどんどんと高くへ高くへ、看取りに来ていた親戚一同も徐々に遠くなってきた。その中で彼は3人いる孫の内一人をずっと見つめていた。その孫は3人の中でも取り分け平凡。まるで自分を見ているかのような気持ちにアール氏はなり、いつもその孫を可愛がってきた。その孫の横顔だけをアール氏はみえなくなっても見つめ続けていた。
上空が急に眩くなるのを感じてアール氏は上を向いた。するとどうだろう。雲の上から光が漏れ出している。雲に足をつけ、光を放っている方を見ると、自分よりも何倍も大きい人のような形容しがたい者が立っていた。
「アール氏ですね」
凛とした声が響く。悪魔などの類ではないはずなのにアール氏は尻込んでしまいそうだった。
「あなたは平凡ながらもよく自分の人生を全うしました」
自分の人生が平凡などもうわかりきっている。しかしこれは…とアール氏は考えた。
「私は天国へ行けるのでしょうか?」
神様からのお言葉も決して悪いものではなかった。つまりはそう言うことではないだろうか。しかし神からの返答は違った。
「いいえ。貴方に天国は無理のようです」
背筋が凍る。なんと言うことだろう。
「そんなに顔を強張らせないでください。貴方の頭の上を見ればわかります」
頭の上…そう言い恐る恐る上を見ると何やら数字が青で5と書かれていた。
「その数は善行を行えば増え悪行を行えば減ります。そしてゼロより大きければ青。小さければ赤です。しかしそれが青の一桁とは本当に貴方の行いは平凡そのものですよ。」
「では私はその…」
恐怖であまり喋れなかった。自分が生きてきた何倍もの長い時間の待遇が今決まるのだ。
「そうですねえ。一先ず貴方は哺乳類以外の生命体に生まれ変わって頂き善行を積んでいただきます。その間は数値の確認はいくらでもできますので悪しからず。」
「善行て何をすればよろしいのですか?」
「単純ですよ。その生命体の仕事を全うするだけ蝉なら鳴いて交尾して繁殖する。魚なら食べられないように泳ぎ繁殖していただきます。まあ詳しくは転生すればすぐに脳に本能として植え付けられていますので」
「はあ」
そう返事するしかなかった。理解こそできるが納得はできない。現世で聞いた死後の世界とは全く異なっているではないか。
「ただ一つ気をつけて下さい。もし本能などに背いて自由な行動をとった場合、減点がなされポイントが減っていきます。もし赤文字の百までいったら大変なことになりますからね。覚悟して下さい」
その警告を受けた直後彼は真っ逆さまに落ちていった。その間に人間であったはずの身体は形を変わっていき…
目が覚めると彼はアリとして生まれていた。自分のアリになった姿に最初こそ困惑したが、そこで作業を重ねていく内、彼は様々な人と出会った。人と表記するのはおかしいかもしれないが全員人間だったことがあるため間違いでもないだろう。よく仕事の合間に談笑をしたりして楽しく過ごせていた。やはり中が人間ということもあり、アリの性格もそれぞれだったが大きく二つに分けられた。一つ目は100ポイントを目指して作業するもの。二つ目はそのあまりの遠さに作業を諦め、点数が減りすぎない程度に作業をするもの。この二種類に分かれていた。そんな中でもアール氏はせっせと働いていた。彼はもう一度人間になり、今度もまた幸せな家庭を築きたいと思っていたからだ。そうしてだいぶたった頃アール氏が食べ物を巣に運んでいる最中であった。急に大きな影ができた。なんだろうと思っているすきに。ぐしゃり。その影の中にいたアリは全員踏み潰されたのだ。勿論アール氏もである。身体は潰され、足はもげ、もう意識は無くなりかけていた。しかし最期の力を振り絞ってアール氏は自分を潰した人間の顔を見た。その時、アール氏は絶望した。アール氏を踏んだのは他でもない。あの孫ではないだろうか。悲惨な叫びを心であげアール氏は苦楽を共にした仲間に別れを告げた。
アール氏の願い通り孫は平凡に生きている。幼少期の万能感も薄れ、悩みに葛藤し、一時は悪事をしようかとも考えた。しかしその時祖父譲りの中途半端な良心がブレーキをかける。
せめてその良心がアリをも踏み抜けないようなのであったのならば、祖父であったものは無残に死ななかったとも知らずに。彼は日々頭の上の数を増減させながら今日も平凡に生きている…
顔も普通で背も一般的。決して頭が良いというわけではなかったが、悪くもなかった。幼少期からそれなりの人に囲まれ、それなりの会社に就職し、それなりの女性と結婚した。
そんなアール氏も若い時には勿論、葛藤があった。幼少期の「僕はなんでもできる」という万能感も薄れ、徐々に自分がこの地球の主人公ではないことに気づかされていた時期だった。「自分は平凡なのではないか」そんな悩みを彼は至極真剣に考えていた。一思いに悪事でも働いて見ようとも思ったがそんな時に決まって彼の良心がブレーキをかけた。この彼の良心もせめてアリも踏み抜けないような良心の塊だったならともかく、やはり凡人らしく中途半端なものだった。
そんな彼も今は自分の両親から受け継いだ実家でその最期を迎えようとしている。走馬灯だろう。自分の経験がまるで一本の映画のように高速で、だか確実に彼の目前で上映されていた。
「ご臨終です」
そう短く告げた医師の声を最後に彼の生命活動は終わった。
ああ自分は死んだのだな、とアール氏も思った。しかしどうだろう。自分にまだ意識はある。成る程死後の世界へ行けるのだろう。アール氏は家族と決別する悲しさから一転一気に楽しみになってきた。両親は元気にしているだろうか?同僚のあいつは?ご近所さんだったあの方はどうだろう?
そこでアール氏はふと思った。天国や地獄はあるだろうか。自分はどちらにいくのだろう。とくに良いことはしていないが悪いこともしていない。そんなことを考えていると、スウーと彼の体が浮き始めた。正確には彼の意識であるが、その感覚からまるで体ごと浮いていくような感じだった。体はどんどんと高くへ高くへ、看取りに来ていた親戚一同も徐々に遠くなってきた。その中で彼は3人いる孫の内一人をずっと見つめていた。その孫は3人の中でも取り分け平凡。まるで自分を見ているかのような気持ちにアール氏はなり、いつもその孫を可愛がってきた。その孫の横顔だけをアール氏はみえなくなっても見つめ続けていた。
上空が急に眩くなるのを感じてアール氏は上を向いた。するとどうだろう。雲の上から光が漏れ出している。雲に足をつけ、光を放っている方を見ると、自分よりも何倍も大きい人のような形容しがたい者が立っていた。
「アール氏ですね」
凛とした声が響く。悪魔などの類ではないはずなのにアール氏は尻込んでしまいそうだった。
「あなたは平凡ながらもよく自分の人生を全うしました」
自分の人生が平凡などもうわかりきっている。しかしこれは…とアール氏は考えた。
「私は天国へ行けるのでしょうか?」
神様からのお言葉も決して悪いものではなかった。つまりはそう言うことではないだろうか。しかし神からの返答は違った。
「いいえ。貴方に天国は無理のようです」
背筋が凍る。なんと言うことだろう。
「そんなに顔を強張らせないでください。貴方の頭の上を見ればわかります」
頭の上…そう言い恐る恐る上を見ると何やら数字が青で5と書かれていた。
「その数は善行を行えば増え悪行を行えば減ります。そしてゼロより大きければ青。小さければ赤です。しかしそれが青の一桁とは本当に貴方の行いは平凡そのものですよ。」
「では私はその…」
恐怖であまり喋れなかった。自分が生きてきた何倍もの長い時間の待遇が今決まるのだ。
「そうですねえ。一先ず貴方は哺乳類以外の生命体に生まれ変わって頂き善行を積んでいただきます。その間は数値の確認はいくらでもできますので悪しからず。」
「善行て何をすればよろしいのですか?」
「単純ですよ。その生命体の仕事を全うするだけ蝉なら鳴いて交尾して繁殖する。魚なら食べられないように泳ぎ繁殖していただきます。まあ詳しくは転生すればすぐに脳に本能として植え付けられていますので」
「はあ」
そう返事するしかなかった。理解こそできるが納得はできない。現世で聞いた死後の世界とは全く異なっているではないか。
「ただ一つ気をつけて下さい。もし本能などに背いて自由な行動をとった場合、減点がなされポイントが減っていきます。もし赤文字の百までいったら大変なことになりますからね。覚悟して下さい」
その警告を受けた直後彼は真っ逆さまに落ちていった。その間に人間であったはずの身体は形を変わっていき…
目が覚めると彼はアリとして生まれていた。自分のアリになった姿に最初こそ困惑したが、そこで作業を重ねていく内、彼は様々な人と出会った。人と表記するのはおかしいかもしれないが全員人間だったことがあるため間違いでもないだろう。よく仕事の合間に談笑をしたりして楽しく過ごせていた。やはり中が人間ということもあり、アリの性格もそれぞれだったが大きく二つに分けられた。一つ目は100ポイントを目指して作業するもの。二つ目はそのあまりの遠さに作業を諦め、点数が減りすぎない程度に作業をするもの。この二種類に分かれていた。そんな中でもアール氏はせっせと働いていた。彼はもう一度人間になり、今度もまた幸せな家庭を築きたいと思っていたからだ。そうしてだいぶたった頃アール氏が食べ物を巣に運んでいる最中であった。急に大きな影ができた。なんだろうと思っているすきに。ぐしゃり。その影の中にいたアリは全員踏み潰されたのだ。勿論アール氏もである。身体は潰され、足はもげ、もう意識は無くなりかけていた。しかし最期の力を振り絞ってアール氏は自分を潰した人間の顔を見た。その時、アール氏は絶望した。アール氏を踏んだのは他でもない。あの孫ではないだろうか。悲惨な叫びを心であげアール氏は苦楽を共にした仲間に別れを告げた。
アール氏の願い通り孫は平凡に生きている。幼少期の万能感も薄れ、悩みに葛藤し、一時は悪事をしようかとも考えた。しかしその時祖父譲りの中途半端な良心がブレーキをかける。
せめてその良心がアリをも踏み抜けないようなのであったのならば、祖父であったものは無残に死ななかったとも知らずに。彼は日々頭の上の数を増減させながら今日も平凡に生きている…
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