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第四章 ~陰陽師の日々~
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しおりを挟む「――はははははっ! 特等共め、政治というのが判ってきたじゃないか!」
執務室に響く老人の笑い。
その日、妖魔伏滅機関の長・土御門雨雄は、『特號会議』の結果を知って非常に気分よくしていた。
酒池肉林の違法夜会から帰還した土御門。
羽目を外し過ぎたあまり会議のことを忘れ、宴の後も遊郭を散々に渡り歩いたことで、なんと本部に帰還したのは会議より三日後の昼となってしまった。
「くふふ……『身体強化』の異能も考え物よなァ。一度昂ると全く自制が効かなくなる……!」
興奮の夜を思い出しながら、土御門は一枚の書類を手に取った。
彼の執務机に置かれていた、三日前の『特號会議』の結果報告書。
そこに書かれた“特等陰陽師を関東近辺に集め、首都防衛に専念する”という今後の方針を示した一文に、口元に粘ついた笑みが浮かぶ。
「うむうむ。儂が毎回挙げてきた案が、漸く採用されたか。これで官僚方も喜ぶというものよ……!」
特等陰陽師たちも賢くなったではないか、と土御門は何度も頷く。
それは以前から土御門が提案し続けていたものだった。彼からすれば、日本中に陰陽師の防衛力を拡散させているほうがおかしいのだ。
「命にはそれぞれ価値がある。何処とも知れぬ田舎の農民の命と、政府におわす御大臣方の命。どちらが重要かと問われれば、迷う必要もあるまいて」
そうぼやく土御門だが、現状、東京本部の戦力は他の支部より相当厚かった。
特等陰陽師の配置すらない支部もある中、『特等最強』安倍晴明と『特等三席』天草什造という二枚札を握っている。
その上、陰陽師の数も三等から準特等まで数多く配置されているのだが、土御門からすれば“まだまだ”だ。
その程度の戦力では、いざという時に官僚方や皇族方、そしてそれ以上に大切な儂が危ないだろう。ゆえにもっと戦力を集めろ――と提案してきたのに、特等陰陽師共は全会一致で却下する始末。
ああ気に入らない腹が立つ。土御門が『特號会議』を欠席して少年侍女調教の会を優先したのも、その腹いせの意味でもあった。
されど、今はもう上機嫌だ。あの特等共の鼻を明かせたと、洋椅子にもたれながらほくそ笑む。
「ククッ、大妖魔衆『天浄楽土』とやらには感謝だな。貴様らの不穏な動きにより、特等たちはいよいよ儂の名案の価値に気付いたようだ」
正直に言えば、土御門には『天浄楽土』とやらの脅威がよくわからなかった。
具体的な保有戦力が掴めないのは確かに不気味だ。しかし、大規模な被害はまだ何も出せていない連中だろうに。
褒めるところがあるとすれば、刹那的な妖魔の集まりの分際で、十五年も壊滅せず頑張っているところか。
されど結成年数でいえば、妖魔伏滅機関『八咫烏』は八百年以上。その年月で培った力を用いれば、妖魔衆など鎧袖一触に倒せるだろうと思っていた。
「そのうち滅びるだろう小物共に臆するところが、まだまだ幼稚というものよなぁ。さて、官僚方に今回の決定の報告を――」
その時だった。執務室の扉が無遠慮に開け放たれ、緑髪の男が姿を見せた。
「ッ、おぬし平……!?」
「よォ土御門の旦那。まさか三日も帰らないとは思いませんでしたぜ」
――特等陰陽師“第六席”『平心世春』。
スーツの上に遊女の着物を羽織った傾奇者であり、二十年以上も京都の平和を護り続けた古強者である。
そんな彼の許可なき入室に、土御門は眉根を顰めた。
「なんだ貴様ッ、儂に対して礼儀もなく! 一体何の用なのだ!?」
「煩ぇな、察しろや糞爺」
「なっ!?」
……土御門の知る限りにおいて、平という男は淡泊とした人物である。
清明のように人を小馬鹿にして笑わなければ、天草のように頼り甲斐なく右往左往することもない。
京都人らしく常に悠然とした、悪く言えば気の抜けた男だった。
「糞爺だと……貴様、なにを……!?」
そんな平から放たれた突然の暴言。それには思わず怒号よりも先に、戸惑いの言葉が出てしまう。
「察しろッつってんだろうが老害が。――あっしはねぇ、例の『首都防衛計画』には反対だッつってんですよ」
「なんだと……?」
困惑覚めやらぬ土御門に、彼は続ける。
「『特號会議』で出た提案は、八割以上の特等が“是”と決めりゃァ決定される。で、あっしは例の計画に“否”と唱えた二割側ってわけですよ。京都の守りを薄めるなんざ御免だねェ」
「む……なるほど、そういうことか」
それでこの男は乗り込んできたわけか。土御門はようやく状況を察した。
「そう言われてもなぁ平よ。『特號会議』での決定は絶対。いくら儂が統括とはいえ、その規則は破れないのだよ?」
尤もらしく言う土御門だが、本心は“せっかくの決定を覆すか莫迦め”である。
今回の案は自分が推し進めて締結されたモノだと知らしめれば、御大臣方からの評価は鰻登りだろう。その好機を手放すような土御門ではない。
「ゆえに平よ。ここは大人として、涙を呑んでだなぁ……?」
「へぇぇ――その発言、京都のお歴々はどう思うかねぇ?」
「むッ!?」
男の言葉に、老獪の表情が固まった。
「旦那よ。何も権力者ってのは東京にだけ居るもんじゃねぇ。特に古き首都・京都には、政界の元大物らもごまんとおわすだろ」
「それは……」
もちろん、土御門とてソレは知っている。
今や天皇陛下も御身を移し、日本の中心は完全に東京となったが、それでも京都は重要な場所だ。名家の多くは今なおあの地に根を下ろしている。
「まぁ明治維新がありやしたからねェ。皇族サマも引っ越しちまった今や、京都に残ってんのは政争に負けた連中か隠居爺ばっかだ。だとしても……はてさて、切り捨てていいものか?」
「っ……」
顎に手を当てて土御門は考える。
たしかに、東京で現職を張っている面々に比べれば、京都の者らは出涸らしのようなもの。
されど無視していいかと問われれば――。
「……承知したぞ、平よ。おぬしだけは京都に戻ってよい」
「そらぁよかった。噛み付いた甲斐があるってもんでさァ」
「フンッ……!」
言い包められたようでまったく面白くない。
ゆえに土御門は、報告書に目をやりながら「あぁそういえば」と嘲るような声音で言った。
「おぉおぉ……見返してみれば今回の『首都防衛計画』、あの清明のヤツは肯定派に回っているようではないか。だというのに、おぬしは反対派かぁ」
「……それがどうしたってンですか?」
――平の雰囲気に、わずかな苛立ちが混ざった。
それを聞いて土御門はほくそ笑む。手ごたえありだ。これは苛め甲斐がありそうだと。
「いやなぁ、おぬしは昔から清明のコトを買っていたではないか。ヤツのことを天才だとほめそやし、常にアレの意見に賛成してきたよなぁ?」
「そうですねぇ……」
「そうともそうとも。だというのに、なァ?」
嫌味な視線を送る土御門。気に食わない清明に従うこの男に対しては、あまりいい感情を抱いてなかったのだ。
それゆえ思わず舌が回る。
「時間の流れは悲しいのォ。蜜月の仲も裂けてしまう、ということか?」
「……うるせぇお人ですねェ、クソが……」
平は静かに悪態を吐くと、ニヤつく土御門に背を向けた。
そして、溜め息まじりに一言。
「正直言ってね、清明の旦那には――完全に失望しましたよ」
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