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第四章 ~陰陽師の日々~
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しおりを挟む今回の一件について、誰も罰する必要はない。
そんな清明さんの言葉に、立花神が戸惑いながら顔を上げた。
「ちょっ、清明サン何言うとるんや!? ワイは暴力沙汰をっ!」
「おや、キミは最初、『教育してやる』と言ってシオンくんを連れ出したんじゃないのかい?」
「せ、せやけど」
「それなら今回の一件は、ちょっと過激な戦闘訓練だったってだけだ。それなら問題ないだろう?」
そう言う清明さんに、今度は天草さんが「大ありですよッ!」と声を上げた。
「馬鹿を言うんじゃありませんよ清明。チャチな喧嘩ならその言い訳も通りますが、彼らは今回、術式巫装まで使用したんですよ?」
「そうだね」
「であればわかっているでしょう!? 巫装を使っての私闘は重罪! 戦闘訓練に使う場合でも、一等陰陽師以上の者が、責任者として事前に申し出を行わなければ……!」
「してると言ったら?」
「はっ、はぁッ!?」
その一言に、天草さんは大口を開けた。
「なっ……してるって……!?」
「いやぁ、シオンくんのおかげだよ。――偶然ぶらぶらしてたらさ、廊下をぞろぞろ歩く大集団を見かけたわけ。で、最後尾の子にナンゾコレーって聞いてみたら、『シオンってヤツが、恋人を罵った立花先輩と喧嘩かますらしいですよ! 男ですよねぇ!』って教えてくれてさー」
「――恋人ッッッ!?」
お、今度は真緒が声を上げたぞ。天草さんといい元気だな。
ちなみに蘆屋もそんな真緒を見てニヤニヤしていた。「はにー」ってなんだかわからないけど、みんな笑顔だからいいことだ。
「それで事態を察して、清明名義で実戦訓練の届け出を出してたってわけだ。わかったかね天草さん?」
「えぇぇぇぇぇ……」
得意げに笑う清明さんに、天草さんは肩を落とした。
「そ、それじゃあ、事態を聞いて駆けつけた私の立場は……」
「あっはっはっ! 早とちりしただけのイイ人になっちゃうねー!」
「クソがァーッ!?」
清明さんの脛に蹴りをかます天草さん。だが清明さんはひょいッと避けてしまう。
……かくして、天草さんは大きな溜め息を吐き、「あぁ胃が痛い……」とお腹をさするのだった。
「それなら最初から言ってくださいよぉ……。というか清明、よく届け出が即座に処理されましたね? 事務方も忙しいはずですが……」
「そこはまぁコネでね。色々と目的があって、事務方とは仲良くしてるんだよ」
「目的ですか……? ――いや、探るのはやめておきましょう。アナタに関わると、胃痛の種が増えるだけだ……」
天草さんは「では清明、また例の会議で……」と言い、よぼよぼと医務室から出ていくのだった。
あの人のほうが医務室のお世話になったほうがよさそうだな……。あと会議ってなんだろ?
「――さて。そんなわけで事態解決だ! ただ、立花くん?」
「……うす」
「キミら『天狗院』組の『呪い人』への嫌がらせは、マジで問題になりかけてた。僕は別に先生でも善人でもないから放置してたけど、こうなった以上は注意しておくよ。もう二度とやらないね?」
「はい、よくわかってますわ。……かわええ義弟たちには、ワイのせいで痛い思いさせてもうたからな……」
ちらりと、立花神は壁のほうを見る。
薄壁一枚隔てた向こう。寝台が並んだ隣の部屋には、気絶した高橋さんたちが寝かされていた。
「よしよし。考えなしに悪意を撒けば、いつか自分の大切な人たちまで傷付けると学べたようだね。…………うん、キミは本当にギッリギリだったよ。シオンくんは“やられたらやり返す”主義の極致だから、嘘でも『殺す』とか言ってたら……」
「うげっ!? かっ、考えたくないっすわぁ……!」
顔を青くする立花神先輩。全身ボロカスだし、体調が悪くなってしまったようだ。
そこで優しい俺は、仲直りの意味も込めてスッと手を差し出した。
「立てるか、神よ? これからは仲良くしていこう」
「お、おぉう……! ちなみにその、神とかいうふざけた呼び方は――あぁいや、もう別にええわぁ……!」
「そうか」
こうして俺は、新しい友人を得たのだった。解決!
◆ ◇ ◆
――深夜零時。
妖魔伏滅機関『八咫烏』内の一室に、十三名の者たちが座していた。
黒き正装に身を通した集団。
彼らこそ、『特等陰陽師』。妖魔の群れより人々を護る、裏世界の最大戦力者たちである。
「では皆さん、お時間だ」
その中の一人――中央に腰かけた長身の青年、清明が場を取り仕切る。
「国家を守護せし特等陰陽師の方々。今回の『特號会議』にお集まりいただき、まことに感謝を。本日の議長は私、安倍清明が務めさせていただきます」
気取った様子で礼を執る清明。そんな彼に対し、参加者たちは厭らしげな目を向けた。
「って、わーお。もしや僕って人望ないー?」
『……』
否定の言葉は、出なかった。
なお、集まった者たちは本気で彼を嫌っているわけではない(※一部除く)。
“清明という適当な男に場を仕切られる気に入らなさ”。それはせいぜい、瞳に宿った嫌悪感の内の三割程度である。
そして、大部分の七割はというと……。
「――土御門殿はどこだ。特號会議の議長役は、統括陰陽師である彼が務めるものだろうが」
忌々しげな声を響かせたのは、傷跡にまみれた赤髪の女だった。
彼女こそ特等陰陽師“第四席”『サヤエ・中原』。全十三名の特等陰陽師のうち、実力上位陣に数えられる女傑である。
そんなサヤエの問いかけに、清明は苦笑した。
「土御門統括なら、政治パーティーに参加中だよ。会議までには戻ると言ってたが、どうやら楽しくて抜け出せないそうで」
「は? 政治パーティー? もう夜更けだぞ? 早寝なジジイ共の集まりが、こんな時間までなぜ――……って、まさか」
「ああ、国民に知られるのはどうしても避けたい内容らしくてね。噂では、幼い少年たちに、侍女の真似事を――」
「ふざけるなッ!」
サヤエは強く机を叩いた。傷付いた美貌を激情に歪ませる。
「政治付き合いは否定せん……。古来より陰陽師の活躍には、支援してくださる権威者たちとの関係構築が必要不可欠だったからな。だがなッ、ソレにうつつを抜かして本職を疎かにしたあげく、下劣な淫崔に耽っているだと!? 馬鹿にしてるのかッ!」
吼え叫ぶサヤエ。そんな彼女に他の特等たちも頷く。
「――あっしもサヤエ姐さんに同意だねェ。こちとら遠方から出てきてるッてのに、そいつぁーちょっとないんじゃねェかい?」
次に口を開いたのは、スーツの上に遊女の着物を羽織った傾奇者・特等陰陽師“第六席”『平心世春』だった。
その髪は奇抜すぎる緑色。ただし、これは染めているわけではなく、己が『霊力』の色に変異した結果である。
「もう二十年ばかし陰陽師をやってきたがよ、土御門の旦那の乱行は酷くなるばかりだ。やれやれどうしたもんかねェ……」
緑の前髪を弄ぶ平。
髪色の変化はよほど陰陽師として適性の高い者か、あるいは長年戦い続けてきた者に起こるとされている。
その基準でいえば、平は後者だ。遊び人のような風情をしたこの男だが、妖魔伏滅機関『八咫烏』京都支部の陰陽師として、古都の平和を守り続けてきた実績がある。
そんな彼が京都の守りに穴を開けてまで会議にやってきた挙句、議長たる男はふざけた理由で不在だというのだ。その心中は計り知れない。
「――拙僧、怒りを感じますれば――」
「――これならウチで寝てたかったかも~――」
「――俺なんて薩摩から出てきたんじゃが、こんたどげん了見じゃ……?――」
サヤエ・平に続いて口々に不満を漏らす特等たち。
一部の者は殺気すらも放つ中、清明は軽く手を叩いた。
「みんな、気持ちは分かるがここまでだ。土御門統括の件は一旦忘れて、そろそろ会議に入ろうじゃないか?」
彼の言葉に、全員が渋々押し黙る。
かくして、会議室に静寂が訪れたところで――特等陰陽師“第一席”『安倍清明』は議題を掲げる。
「本日の議題は他でもない。――妖魔による人類支配、そんな最悪の“天下統一”を目指す組織『天浄楽土』の攻略法だ」
――さぁ、そろそろ本気で潰し合おうぜ、と。
国家最強の陰陽師は、その美貌に好戦的な笑みを浮かべるのだった。
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