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第四章 ~陰陽師の日々~
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しおりを挟む「「――巫装展開ッ!――」」
戦闘開始と同時、俺と神は同時に吼えた。
「狂い裂け、術式巫装【黒刃々斬】――!」
詠唱に応え具現する力。
俺の両刀が黒刃に染まり、顔の右側に黒蟷螂の面が現れる。
それに対し、
「乱れ跳べ、術式巫装【死乎尽】――!」
立花神の投げたナイフが、八本全て水色に染まった。さらに彼の右目を覆うように魚のような意匠の面が現れるや、怪異は起きた。
「踊れェッ!」
俺に向かってきていたナイフの群れ。次の瞬間にも斬り落とさんとしていたソレらが、空中を泳ぎ始めたのだ――!
「なに?」
振るった刃が空を切る。まさに生きているかのごとく、ナイフ自体が俺の攻撃を避けたのだ。さらには俺をその場に縛り付けるように、周囲を高速で遊泳し始めた。
これは、まさか。
「自律行動。蘆屋と同じ能力の巫装か……!」
「正解やッ! だがッ、あの未熟なボンボンとは一味違うでぇッ!?」
立花神の両手に再びいくつもナイフが現る。
ただのナイフじゃない。それらも全て、水色に染まり巫装化していたのだ。
「ワイは一度に、百本以上のナイフを巫装化できるッ! そこらの陰陽師とは手数が違うねんッ!」
こんな風になぁッ――と、立花神は頭上に向かって次々とナイフを投げた。八本、十六本、三十二本と無数に放たれる刃の群れ。
それら全てが、放物線を描きながら俺の周囲に殺到する。
こちらに向かって切っ先を向けながら、魚群のごとく渦を巻いた。
「捕らえたでぇ、『呪い人』。これでもう逃げられへん」
渦の外より神が俺を睨みつけてくる。
それにしてもまた『呪い人』と呼んできたか。妖魔と融合して生きている俺のことが、本当に気に食わないようだ。
「……ワイはかつてな、しがない漁村に住んどった。貧しいトコやけどエエ場所やったわ。みんな笑顔で暮らしてた。だけど、ある日なァ……」
刃の魚群が加速する。轟ッと風切る音を響かせ、荒く激しく乱れ舞う。
「優しいオトンが、浜辺でガキを拾ってきた。酷く弱って死にかけやったが、村人総出で介抱し、金を集めて高価な薬も買い与えてやった。すると元気になったガキは、ワイらに笑顔を向けるとなァァ……!」
魚群の速度がついに音を遅らせ始める。もはや常人では捉えられないだろう域に達する。
「ワイらを襲いッ、喰い始めおったッ! オトンもオカンも兄弟もみんなもッ、人間とは思えん速度でそのガキに襲われて死んでった! ――あとで知ったが、そんガキは『九頭竜』ッつー妖魔に魅入られた『呪い人』だったんやッ!!!」
俺に向かって彼は叫んだ。糸目の奥より、憎悪に染まった瞳をぎらつかせる。
「せやからワイは妖魔が憎い。ソレに呪われたオンシみたいなヤツも、嫌いで嫌いで仕方ない。つーわけでシオン、殺しはせんから……せめてボロッカスの落伍者になれやァァーーーーーッ!」
かくしてついに、刃の魚群が全方位から殺到する。
多大な憎悪が込められた攻撃。一本一本が猛高速の上に、完全に統制が取れた動きだ。どう刃を振るっても全ては斬れず、数本以上は刺されてしまうだろう。これが詰みというやつか。
――だが。
「斬る」
瞬間一閃。二刀を振るい、全てのナイフを斬り散らした。
「なっ――はぁあッ!?」
鋼の欠片が雨のように降る中、立花神は「うっ、嘘やァッ!?」と喚き散らした。
「そんなっ……どれだけカタナを早く振ろうが、あれら全部を斬れるわけが……!」
「あぁそうだな。だから一部を斬り砕いて、その破片を飛ばしたんだよ」
簡単なことだ。
俺の巫装能力は『超視力』の発現。どれだけナイフが加速しようが、動きや位置を捉えることは出来る。
ならば刃が届く限りのナイフのみを斬殺し、その破片が他のナイフにも当たるよう、振るい抜く瞬間に刃の角度と手のブレ具合を調整すればいい。
――そう語ったところで、立花神はもう一度「はぁぁぁ……!?」と呻いた。
「そ、そんな意味わからん真似が、できるわけがァ……!」
「まぁ、刃を握った最初の頃は出来なかっただろうな。だが」
視線を落とし、揺れる羽織の内袋を見る。
そこには俺の可愛い九尾が、『な、なんかご飯食べてお昼寝してたら、殺し合いになってるんだが……!?』とプルプル震えていた。
うーん可愛い好き。これからも一緒にたくさん食べて寝て幸せな生活をしようね? 永遠に。
「俺は大切な九尾を救うために、元『天浄楽土』の幹部妖魔に全力で挑んだ。あの戦いで、俺はずいぶん強くなったからな。“最強を目指す”という新たな夢も、伊達や酔狂で掲げたわけじゃない」
「ッ……この、気に食わん『呪い人』がァ……!」
中身のない罵倒を吐くだけで、もはや立花神に次の手はないようだ。
さて、それならば。
「俺のことを、ボロッカスにすると言ってたな? ならば“やられたらやり返せ”だ。お前を今からボロッカスにするから、覚悟しろ?」
「ぐぅ……ッ!?」
そうして立花神に歩み寄った時だ。
――ふいに、神を守るように数人の人だかりが出来た。
「もっ、もう勝負はついたッス! これ以上アニキに近づくんなら、自分らが相手になるッスよ!?」
そう叫んできた小さいヤツ。男勝りな女の子に見えるが――まぁ長谷川さんの例があるので、たぶんこう見えて女の子勝りなオッサンとかだろう。俺は常に学ぶ男なんだ。
さらにはそのオッサン(推定)に同調し、何人かの者たちも「立花のアニキに近づくな!」と吼えてきた。
「オッ、オンシら!?」
「アニキは下がっててください。――割り込んですんませんね、シオンさん。自分は高橋銀ってもんッス」
丁寧に頭を下げてくる高橋さん(年下に見えるがきっとオッサン)。
だが頭を上げると、俺を鋭く睨んできた。
「ここにいる自分らは、立花のアニキと同じく、妖魔絡みの事件で親を亡くした『天狗院』の孤児らッす。そんな自分らにとっても……シオンさん、正直アンタは気に食わないッす!」
そう言うと、高橋さんを始めとした面々は各々武器を抜いてきた。
「だから、ホントにこれ以上近づくんなら、自分らも考えが……!」
「――へぇぇぇ。キミたちってば、シオンのことを、寄ってたかって、ボコろうってんだ?」
その瞬間、背後より酷く柔らかな声が響いた。
振り向くと、そこには綺麗な笑顔を浮かべる真緒が。
「シオンが気に食わないってことは、同じ『呪い人』であるボクのことも、気に食わないってことだよねぇ? ボコりたいってことだよねぇ? 答えろよ」
「あっ、いや、それは、まぁ……!?」
高橋がなぜか震えながら頷いた時だ。真緒はずんずんと高橋一派に近づいていった。足取りに迷いがないっすね。
「ちょッ、だからこれ以上アニキに近づくとッ!」
「いいよ、やろうよ。全員この場で殺してやるよ」
「殺ッ!? えッ、口わるっ!?」
戸惑う高橋らをよそに、真緒は「まぁ冗談だけど」と言いながら、袖口から二丁拳銃を取り出した。
「『天狗院』組。お前たちには特に気を遣ってきたんだよね。陰口を言われても耐えてきたし、そこの立花に“見てて吐き気がする”だの好き勝手言われた時も、お前らは妖魔絡みの事件で親を亡くした奴らだから、何も言わないようにしてたよ。けど」
拳銃を手に真緒が構える。雑談の中で真緒が教えてくれた――『八極拳』という破壊の型だ。
「シオンが好き勝手に言い返してくれているのを見たらさ、僕も縮こまってるのが馬鹿らしくなってね。だから――大切な朋友に武器を向けたお前らを、遠慮なくボロッカスにしてやるよ……!」
「うっ……!?」
真緒の前に呻く高橋一派。さらにはそこに、「おォーおォー男らしいなぁ真緒ちゃんよォ」と軽妙な声が響いた。
そちらを見れば、そこには拳を鳴らしながら歩み寄る蘆屋の姿が。
まだあちこちには包帯が巻かれているが、足取りはしっかりとしたものだ。
「蘆屋、元気になったのか。よかったな」
「ッ、うるせぇよトンチキ侍。テメェに言われても嬉しくないッつの!」
「むむ」
そっぽを向く蘆屋くん。
トンチキ侍と呼ばれた上、嬉しくないと言われてしまった。
うーん、あと47万5240秒。
「ふん……ともかくオメェら、今から『天狗院』組と喧嘩おっぱじめようとしてたんだろ? おもしれぇからオレも混ぜろよ」
「いいぞ」
俺は素直にうなずいた。
やられたらやり返せ、だからな。向こうが大人数になったなら、こっちも仲間と一緒に戦うべきだ。
「ちょッ、シオンさん!? 自分らは、アニキに近づかなきゃぁ手を出す気は……!」
「俺は近づいて手を出すぞ? だってそいつは俺を“ボロカスにする”と言ったんだ。じゃあやり返すぞ。お前らがどれだけ抵抗しようが、地の果てまで立花を追いかけてボロカスにするぞ……!」
「ひっ!?」
そうして真緒と蘆屋と共に、高橋一派に近づいた時だ。
――彼らのことを守るように、立花神が前に出てきた。
「アニキッ!?」
「大きなお世話やねんオンシらは。……これは、ワイとシオンの喧嘩や。だったら他は引っ込んでろや」
彼らのことを手で追い払う立花神。だが、高橋らは「嫌っす!」と言って、こちらと同じく横並びに前に出てきた。
「自分たちも、『呪い人』のことは気に食わなかったんで……! ――だからこの際、もう陰口はやめて、正面堂々ボコってやるっスよ! 覚悟決めたッス!」
「高橋……」
神は彼らと目を合わせると、フッと笑って共にこちらを睨んできた。
「やる気が戻ったか、立花神?」
「何やその呼び方は!? ――あぁ、ワイ一人なら負けムードやったが、こっちにゃワイを信じてくれる義弟共がぎょうさんおるでなぁ。コイツらと一緒なら、負けへんわ!」
立花は砕け飛んだナイフの破片を拾うと、そこに巫装の力を宿した。
そして俺たちと対峙する。
「ほな」
「ああ」
そして、全員で武器を構え合い――、
「「お前たちを潰すッ!」」
機関『八咫烏』の裏庭にて。俺たちは大乱闘を始めたのだった――!
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