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第四章 ~陰陽師の日々~
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しおりを挟む――戦った。戦った。戦い続けてきた。
戦場を駆けること幾星霜。
愛する祖国を守るために、大切な領民たちを守るために、身命を賭して戦った。
神の名の下に、悪しき侵略者共と戦い続けた。
そして――
「悪逆無道の串刺し公。それが、吾の最終評価か……」
闇に包まれた霊堂にて。長き黒髪の美丈夫は、自嘲げに過去を振り返った。
彼こそは、妖魔ヴラド・ツェペシュ。
祖国・ワラキア公国のために戦い続けた君主であり、最後は民衆からも恐れ見限られた悲劇の王である。
「地位も名声も全て亡くした。そして今や、ヒトの身体すら失ってしまった。ならば――」
瞬間、闇の霊堂に無数の蝋燭が灯る。
赤き炎に焼けていく黒。露わとなる霊堂内の全容。ヴラドの眼前に、十三階段が映り込む。
果たしてその階段の先には――天幕の中よりヴラドを見下ろす、人影があった。
「――吾にはもはや、唯一残った“暴力の才”を極めるしか道がない。
ゆえに吾と戦い、糧となるがいい――『天浄楽土』が首領殿よッ!」
叫びと共に、ヴラドの手元に鋼の大剣が現れる。彼はそれを構えると、十三階段を一気に駆け上がった――!
「ウォオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!」
その闘志に、その情念。常人ならば対峙しただけで魂を縮み上がらせる気迫を前に、天幕の中の人物は、
『――悦い』
刹那、呟きと同時に不可視の波動が放たれる。
空間すら軋らせるような衝撃。その強さには鍛え上げられたヴラドですらも耐え切れず、霊堂の床へと一気に吹き飛ばされた。
「チィッ……!」
苦痛に呻くヴラドだが、燃える闘志に澱みなし。
一撃で根を上げるほど柔ではない。何より今の彼には、強敵を屠り、“強くなる”ことしか希望がないのだ。ゆえに簡単に諦めるものか。
そんなヴラドに、階上の存在は『実に悦い』と呟いた。
『嗚呼、兵よ。儂は、お前のような強者にこそ幸せになってほしい。どうか笑顔でいてくれと願う。そのためにこの『天浄楽土』は――世界の支配を、夢見ているのだから……!』
才ある妖魔を集め、競わせ、強くして。そして“世界の覇権”を共に握らんと志す。
すなわち、妖魔による星の掌握。それこそが『天浄楽土』の最終目標だった。
そんな首領の言葉と理想を、しかしヴラドは「くだらん」と吐き捨てる。
「吾にとっては、そんな稚児じみた夢などどうでもいい。此処に来たのは強き者と競り合えると聞いたからだ」
大剣を構えなおすヴラド。その全身へと妖気を滾らせ、再び首領に斬りかからんとする。
『呵々ッ、稚児じみたとは言ってくれる! だがまぁ――歴史の敗者、“第七幹部『負将』ヴラド”よ。お前の“上”の連中は、割とそんな奴らばかりだぞ?』
「ッ!?」
次瞬、ヴラドは咄嗟に飛び退いた。
すると直後、彼の立っていた場所が溶け、腐り、最後は巨大な拳型に爆散する――!
「ぐぅッ――!?」
大剣を盾に余波を耐えるヴラド。
そんな彼の前に、三つの影が現れる……!
「――首領を襲っちゃ駄目デスよォ。私の大切な後援者なのですカラ♪」
「――気に入らん若造だ。挑むにしても、順番があろう」
「――爺さんに同意だねぇ。先に俺らと遊ぼうや?」
血塗れた白衣の麗人が、黒き狩衣の老人が、四碗四眼の歌舞伎衣装の青年が、闇の霊堂に君臨する。
姿を現した彼らに対し、『天浄楽土』が首領の男は大いに笑った。
『おいおい。控えていたならもっと早くに助けろよ。儂は首領で、おぬしら幹部ぞ? 共に世界を征服しようと誓ったではないか?』
そんな首領の砕けた言葉に、今度は三体の幹部が笑って見せた。
「いやァ、自分は実験さえできればいいので~。貴方が死んだら去るだけですし、世界征服もどうでもいいですしィ~」
「我輩も同じく。再びこの世に顕れたからには、晴明の子孫を絶やすのみよ」
「俺ぁ喧嘩できればオッケーなんで! つか首領、あとで俺と殺し合わね?」
どうでもいい、それに同上、さらには首領の命を狙ってくる始末。
そのような幹部たちの返答に、天幕の中の存在は『……どうだよヴラド』と苦笑した。
『皆、好き勝手な目的を掲げているだろう。――いいのだよ、これで。妖魔として生まれ変わり、人外の異能を得たからには、好きなだけ夢を見ればいいではないか。何故なら今の我々には、稚児の頃に見た夢想を叶えられるだけの力があるのだから』
だからこその世界征服。
かつて、天下統一という名の『日本征服』を夢見ていた武将は、さらに巨大な夢想を引っ提げ、着々と練兵を進めていた。
『ゆえにヴラドよ。儂はお前の理想を笑わん。“強くなりたい”、実に結構。いい夢だ。――まぁ正直に言えば、“そちらの夢のほうが稚児じみてないか?”と思わなくもないがな』
「なんだとッ!?」
ヴラドのこめかみに青筋が走る。そして斬りかからんとする彼の前に、三体の幹部が立ちはだかった。
『ほォれヴラドよ。儂の夢を嗤ったように、お前の夢も嗤ってやったぞ? これで殺る気が更に出たよなァ?』
まさに、大人を揶揄う稚児のような挑発。だからこそブラドの心を酷くざわつかせた。
もはや何もない、だから強くなるしかないという虚無の心に、“コイツを殺したい”という情動が沸き上がる。
「――いいだろう。貴様の首を斬り落とし、亡骸を磔刑にしてくれるわ」
『応やってみよ。――だがその前に、“第四幹部『冥医』フランケン”、“第三幹部『廃僧』蘆屋”、“第二幹部『壊人』宿儺”。まずはここにいる奴らを葬ってみよッ!』
「上等だァッ!」
そして始まる、条理を超えた大血戦。闇の霊堂に人外共が舞い踊る。
その光景を見下ろしながら、『天浄楽土』の首領は笑い続けるのだった。
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