28 / 42
第四章 ~陰陽師の日々~
28
しおりを挟む「――陰陽師様がた。この先の村は既に、手遅れでござる」
東京より走ること数時間。妖魔が出たという埼玉付近の山村近くにきた俺たちを、『鴉天狗』はそう言って出迎えた。
「鴉天狗。手遅れ、とは?」
「文字通り、住民は全て食い荒らされ、もう救う手はないということでござるよ」
……そうか、全滅状態か。
思えば鮮血妖魔・エリザベートの時も、駆けつけた時には死に立ての死体がいくつも並んでいたな。
どうやら陰陽師とは常に後手を踏む職業らしい。そう考える俺の腰に、長谷川さんが小さな手を添える。
「シオンくん、妖魔というのは丑三つ時に急に『発生』するものだ。ゆえに全国に散らばっている鴉天狗衆がどれだけ早く察知しようと、我らが駆けつける前に犠牲者が出ているのが常だよ」
「長谷川さん」
冷静な口調で語る長谷川さん。――しかし、その顔は青ざめて涙目で、腰に当てられた手はプルプル震えていた。
「そっ、そんな恐ろしい妖魔と戦わなきゃいけないとかっ、本当にふざけてるよね陰陽師……ッ! おじさんはもう辞めたいんだが、妻子がいるから逃げられなくてね……っ!」
「そうなのか」
すごい切実な事情で戦っていた。見た目は子供なのに大人だなぁって思った。
「シオン殿に長谷川殿。妖魔は現在、『退魔札』を山村付近に撒いて拘束中でござる」
懐より一枚の札を取り出す鴉天狗。これまでに見た『封鎖札』や『通信札』と比べると、刻まれた紋様が攻撃的に見える。
「人魂に干渉して“退避の情”を抱かせる『封鎖札』とは違い、これは妖魂に干渉し、損傷を与える陰陽札。取り囲むように撒けば敵をその場に食い止めれるでござる」
「なるほど」
術式巫装だけが妖魔に抗う手じゃないのか。陰陽師側も後手に回りつつ、頑張っているらしい。
「もはや救い手はなし。必要なのは、妖魔共を断罪する殺し手のみにござる。ゆえにお二方、どうかご健闘を」
礼を執る鴉天狗に、俺と長谷川さんは頷いたのだった。
◆ ◇ ◆
「見えた」
木々の中を歩くこと数分。夕暮れに照らされた山村が目に入った。
村の様子は、もう駄目だ。
もはや悲鳴すらも聞こえず、民家の壁や地面には人の血痕がブチ撒けられていた。
そして、人影の代わりに蠢く妖影。
村民なき村のあちこちを、『大蛇の顔をした人間』が彷徨っていた。
「あれは……妖魔なのか?」
「あぁ。“蛇の妖魔”といったところか。典型的な『象徴型妖魔』だね」
「『象徴型妖魔』?」
首を捻る俺に、長谷川さんが頷く。
「妖魔の種類の一つだよ。キミが戦ったという“エリザバート・バートリー”、ああした伝説の人物への恐怖から生まれた妖魔を『英霊型妖魔』という。それは知っているかな?」
「ああ」
「そうかい。そんな風に、妖魔も何を“恐怖の根源”とするかで種別が分かれてね。鬼や妖怪のような、伝記上の化け物への恐怖から生まれた妖魔を『寓話型妖魔』といい、そしてあの蛇頭どものように、特定の動物や現象に対する恐怖から生まれた妖魔を、『象徴型妖魔』という」
なるほど。
良くも悪くも有名な人間から生まれたなら、『英霊型妖魔』。
怪談話に出てくる化け物から生まれたなら、『寓話型妖魔』。
動物や現象等への恐怖心から生まれたなら、『象徴型妖魔』。
そんな風に分かれてるんだな。ちなみに九尾はどれなんだ?
『んあ? 我は象徴型というヤツだな。元は“狐の妖魔”だったが、人間共を追っ払ってたら恐怖が集まって尾が九本になったぞ』
「そうなのか」
羽織から顔を覗かせる九尾さん。それを見た長谷川さんが「ひえっ!?」と声を上げた。
「そ、その子が大妖魔の九尾かい……!? か、噛んだりしてこないかい!?」
『我をそこらの野良犬と一緒にするなっ!』
「ひッえぇええッ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げる長谷川さん。
――それを耳にした蛇の妖魔共が、一斉にこちらを向いてきた。
筋肉質な男の身体に蛇の頭を生やした奇怪な姿で、ぞろぞろとにじり寄ってくる。
『ミツ、ケタ。ニンゲン……!』
『マダ、イタッ! シカモ、コドモ!』
『オンナノ子供ッ、ウマソウッ!』
どうやら知性があるらしい。
片言ながらも人語を介す妖魔共。女児と認定した長谷川さん(※三十六歳、妻子持ち)を見つめ、目を情欲に血走らせる。
「ひぃいいいッ!? おいシオンくんっ、キミ女の子だと思われてるぞ!?」
「いや長谷川さんがだろ」
「ンなわけあるかッ、おじさんだぞ!? それよりもシオンくん、来るぞ――!」
雪崩れ込むように妖魔共が押し寄せる。
それに対して俺は刃を抜き、長谷川さんは懐から鞭を出した。
そして蛇頭の群れへと叫ぶ。
「巫装展開――【黒刃々斬】!」
走る閃光。具現するは黒鋼。
逆手に持った両刀が闇色に染まり、右目を仮面が包み込む。
さらに長谷川さんもまた、術式巫装を展開する。
「巫装展開――【蜴斬鞭】!」
鞭が光に包まれる。白き閃光の中で形状が変わり、一瞬の後には小刃をいくつも生やした尾骨の如き姿へとなっていた。
最後に右目を隠すように、長谷川さんの顔に蜥蜴を思わせるような仮面が具現する。
「おじさんは中距離型だっ! ぜ、前衛はシオンくんに任せてもいいかな!? 怖いし!」
「ああ」
要望に応えて真っ直ぐに突っ込む。
そんな俺を見て――女児を喰いたい蛇の妖魔共は、怒った表情をした。
そして、
『食事ノ邪魔ヲ、スルナッ! 貴様、コロスッ!』
「あっ」
――俺はこいつらを、絶対に殺すと思った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
おぼろ月
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
「いずれ誰かに、身体をそうされるなら、初めては、貴方が良い。…教えて。男の人のすることを」貧しい武家に生まれた月子は、志を持って働く父と、病の母と弟妹の暮らしのために、身体を売る決意をした。
日照雨の主人公 逸の姉 月子の物語。
(ムーンライトノベルズ投稿版 https://novel18.syosetu.com/n3625s/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる