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第三章 ~横浜編~

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「変化なし。やはり偽物か」

 ――鬼の群れを討滅した後のこと。清明は山岳地帯の一角にある、削れた大岩を見ていた。
 その名も『殺生石』。伝承において、陰陽師と鎌倉の侍たちに討たれた『九尾の妖狐』が、姿を変えたという存在だ。ここ以外にも日本中の複数個所にあり、全て九尾の魂魄が砕け散った結果なのだという。

 もちろん、その話は眉唾であるが。

「じゃなきゃ、地元民の観光名所になるわけがないしねぇ」

 無駄足だったかと清明は肩を竦めた。
 ほぼ最初から分かっていたことだ。なにせ妖魔討滅機関『八咫烏ヤタガラス』もとっくの昔に殺生石を調査し、妖気の欠片も出ないただの大岩だと認定していた。
 それでも清明が足を運んだのは、本物の『九尾の妖狐』が封印から解き放たれたからなのだが……。

 
「……うん、どう見ても変化なし。九尾のところに全部の石がすっ飛んでって変形合体する様子もなし。はぁ残念」

 
 そうなったら何だか面白そうだったのに……と、清明は妙なことを考えながら残念がった。この男が『八咫烏』内で変人扱いされている由縁である。
 ともかく、これで清明の推測は確立された。

「――偽情報ダミーか。おそらくは『九尾の妖狐』の本当の封印場所を判らなくさせるため、撒かれたモノだな」

 顎に手をやり考える。
 ……そもそも、おかしかったのだ。平安京を滅ぼしかけた『九尾の妖狐』、その封印の地の情報がどういう訳か失伝するなど。
 いくら火事も人死にも多かった大昔といえど、九尾の情報が書かれた書類や伝え聞いた者が偶然一度に全て滅するなんて、自然じゃない。
 だが、もしもそんなことが起きたとすれば。それにより失伝したとすれば。

 
「……どんな手を使っても、『九尾を守りたがっている者』がいるな」

 
 それが、清明の出した答えだった。
 日本中どころか中国大陸にもあるという九尾の痕跡も、全て本物を守るための細工フェイクだと推測する。

「意図は知らない。九尾で何かしたかったのか、とか。そこまでは流石に判らない。ただ」

 ただ……清明は先ほど討った赤鬼の邪悪さを振り返り、次に四条シオンと戯れる九尾の様子を思い出した。
 今や妖精のような人形大の少女となり、日常を楽しんでいる九尾の姿を。

「そう……大妖魔と呼ぶには、アレはあまりにも。妖魔である以上、生命維持に人は喰ってきたのだろうが、無駄に暴れる気質じゃあない」

 シオンに聞けば、九尾に『生き足掻け』と言われたからこそ再起することを決めたのだという。
 その発言が偶然出たものなのかは不明だ。だが、かの妖魔が心折れた少年を生に導いたのは確かだった。

「もしも、シオンくんのように。例の守護者が、とすれば……」

 放っておいてもいいかなぁと思う反面、メンドクサイことになりそうだとも思う。
 別にシオンのように食事を貢ぐ程度ならいい。だが、例の者は九尾の封印場所を守るために、大陸規模の情報操作までやってのけたのだ。少し愛が本気ガチすぎるだろうと清明は苦笑する。

「厄介ファンがいるなぁ九尾。……ま、日常の様子を見て、なんとなく復活を黙認しちゃった僕も言えないか」

 清明は山を下り始める。
 ひとまずこの件に悪意がなさそうなのはわかった。ゆえに一旦放置して、裏で暴れている妖魔集団への対処や自分の『計画』に注力しようと考える。

「……僕の計画が実現すれば、組織によって九尾が処刑されることもなくなるだろう。それどころか日本中から存在が認められるかもしれない。シオンくんも喜んでくれそうだ」


 清明は朗らかに微笑みながら、人妖コンビのことを考える。
 さて、あの二人は今ごろ何をしているか。何も起きていないといいが――と、安倍晴明あべのせいめいの子孫は、夜空を見ながら思うのだった。


 ◆ ◇ ◆


 そして。

「おいッ――九尾!? 九尾ッ!」

『うぅ……』

 深夜二時過ぎ。妖魔はこれくらいの時刻に動くのだと教えられ、仲間たちと調査するため起床を決めていた時間だ。
 そして……寝坊することなく起きた俺が見たのは、顔を青くして呻く九尾の姿だった。

「おい九尾、一体何が……!?」

『あぁ……しまった、わ……。妖力が、ちと、足りなくなってな……』

「妖力が……?」

 たしか、妖魔の身体を構成するモノだったか。
 それを掻き集めて復活するのが九尾の目標だった。

『妖力とは、人間にとって血のようなモノ……。そして、血液が体内で日々作られるように、妖魔の体内でも……妖力は一定量生成され続ける……』

 だがまぁ、と。九尾は気まずげに俺を見つめた。

『我は今や、貴様に取り込まれた存在だからなぁ……。魂は貴様に宿っておっても、身体がなければ……最低限も妖力が湧かぬようだ……』

「そんな……っ!」

 つまり、今こうしている間にも九尾は死に向かっているのか……!

『まぁ、薄々気づいてはいたがな……。妙に眠くなっていくし……ははっ、人間で言えば貧血かコレは……?』

「笑ってる場合かッ! ――勘付いていたなら、俺に言えばよかったろうが。自分の現状を明かし……そして、『さっさと妖魔を食い荒らせ』とッ!」

 そうすれば俺は暴れ散らしただろう。
 美味しい物を食べて、陰陽師クラミツハと喧嘩して戦友になって、組織『八咫烏』に入って良くしてもらって、仲間マオと仲良くなって日常を重ねてなんとなく楽しくなって生きたくなって、九尾復活を本格的に目指すのもまぁ『不死化実験』とやらの成果を奪ってからで九尾も俺も生きれる未来が掴めたらいいなぁ――なんて。
 そんな行動と思考を行わなくて済んだ。旅立った瞬間に暴れて喰らって、九尾を生かすために死んでやったのに。
 それなのに。

「お前、なんで黙ってたんだよ……。おかげで、俺は、無駄な時間を……」

『無駄じゃない』

 
 強く、一言。九尾は俺に断言した。

 
『無駄じゃないぞ……シオンよ。我も昔、あきらという友がいたのだが……アレと過ごした時間は、まぁ楽しかったぞ。それを思うとなぁ……日常も友情も知らない者を道具にするのは、なんとなく……気が引けてな……』

「九尾……」

 そう、か。空っぽだった俺に、気兼ねなく平和な時間を楽しませるために。
 そのためにお前は、死に向かっていく状態を隠していたのか。

『……すまん、シオン。もう少し頑張れると思ったが……ちと、限界だ』

「そうか」

『あと、あとなぁ……自分で我慢しておいてなんだが……カッコ悪いこと、この上ないが……死ぬのが、怖くなってきた……!』

「そうか」

 そうなのか。

『日が昇るまでは、どうにか持ちそうだ……。だからなぁ、シオンよ……!』

 両目に涙をいっぱいに溜め、九尾は俺に懇願する。

『我のために――妖魔を斬って、喰い殺してくれ……!』

「まかせろ」

 俺は即座に立ち上がった。
 寝間着を脱ぎ捨て、スーツを纏い、腰に二刀の刃を差す。
 そしてマフラーと黒紋羽織を身に付け……最後に九尾を抱き上げて、羽織の内袋に入れた。

 真緒マオが裁縫してくれた、九尾を入れるための場所だ。俺と同じく九尾を想ってくれるアイツには感謝してもしきれない。

「すまんが九尾、連れて行くぞ」

 ――『八咫烏』を出る際、清明さんに言われた。
 九尾の魂と仮の身体の人形は、魂魄の線で繋がった状態。
 損壊するか、あまりにも距離が離れすぎた時、接続が切れて魂魄に衝撃ダメージを負うかもしれないと。

 今の九尾には耐えられない。ゆえに置いて行くわけにいかない。
 たとえ、向かう先が戦場でも。

『ふはっ、気にするな……。どうせ我は、貴様に宿っている状態。貴様が死ねば共に死ぬのだからな……!』

「そうだな。おかげで気合いが入りそうだ」

 村にいた時は、自分の命なんてどうでもよかった。
 だが、今の俺は九尾こいつの命運も背負っているのだ。
 それが重くて……同時にとても、熱くなる。

「じゃあ、斬りに行こうか」

 どうか九尾よ。俺の斬殺を、すぐ側で見届けてくれ。
 そして、理解するがいい。

 ――俺の至上の才能すべては、お前のためにるのだと……!


 
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