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第二章 ~『八咫烏』参入編~

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「行くーーーーーー!」

「ダメーーーーーー!」

 俺が土御門さんのところに行く行くしていた、その時。

 
「――なっ、なんか先生の叫び声がしたんだけど……!」
 

 女の子が医務室に入ってきた。
 一体どうしたのか、妙に顔が赤らんでいる。風邪かな?

「って、あれ? 二人とも服着てる? あれれ……?」

「あぁ真緒マオくんっ、ちょうどよかったわ! この男の子が噂のシオンくんよ!」

 へ、俺ってば噂のシオンくんなんですか? 噂になってるんですか?
 ――おいおい九尾、どうするよ。俺ってば大人気みたいだぞ? なんでだ?

『絶対に良くない噂だと思うんだがなぁ……』

 九尾さんは俺の肩で微妙な顔をしていた。
 うむ、これは嫉妬だな。俺を独占したいんだよな、わかるよ。

「先に言っておくが、俺の一番は九尾なんだ。みんなの想いには応えられそうにない……!」

「ってキミはいきなり何を言ってるの!? ねぇ先生、この子ってば目が死んでるしなんだか――って先生どこ!?」

 気付けば、医務室の先生は消えていた。
 後に取り残されたのは、俺と九尾と謎の女の子のみ。

「たしか真緒くんさんと言ってたか。よろしくお願いします」

「あっ、はい、よろしくお願いしますー……!」

 丁寧に挨拶し合う俺たち。彼女はひくひくと微笑んでいた。
 うん――どうやら仲良くなれそうだなッ! よし!


 ◆ ◇ ◆


「――屋敷内には色んな部屋があってね。すごくおっきな図書館に、劇も出来そうな体育館に、それから何百人も一斉に食べれる広い食堂に。もうとにかくすごいんだよ!」

「ほほー」

 真緒くんさんに導かれながら、屋敷の廊下を歩いていく。
 本当にめちゃくちゃデカい屋敷だ。もう屋敷だけで俺の村の何倍も面積がある上、外に広がる庭園や森林や桜並木まで含めたら、山より広いんじゃないか? すごいぞ。

「俺もいつかはたくさん稼いで、これくらいデカい家を買いたいものだな。九尾を住ませてやるために」

「おぉ、旦那さんみたいな発言、男らしい……!」

『ってシオンのような餓鬼ガキに養われる気はないわッ! あと誰が旦那だっ!?』

 俺の言葉に目を輝かせる真緒くんさん。それから少し寂しげな様子で、「僕も男らしくなりたかったな」と微笑んだ。

 ――ん、 

「えっ、真緒くんさん女性では……?」

 瞳を凝らしてジッと見る。一歩引かれたので寄って見る。

 まず顔。女の子だ。俺と同い年かそれくらいの少女だ。目がとってもパッチリしている。あと泣きボクロある。はい顔:女の子
 次、服装。――女の子だ。
 日本の服ではない。たしか行商人が一度売り込みに来てた、“ちゃいなたうん”というところで流行ってるらしい服だ。
 白くて布地がテカテカで、腕も足も出てる。陰陽師の正装らしい黒スーツは、後ろから袖だけ通して肘に引っ掛けてる感じだ。はい上半身:女の子。
 下には黒くて短い“ずぼん”とやらを着てるが、長さはほとんど腿の付け根くらい。
 あとに目に付く装飾は、首に巻かれた黒い布と、白い花の髪飾りくらいで――うん、総評:女の子だ。

「というか、胸あるし」

「うッ!?」

 なにやら固まる真緒くんさん。……どうやら事情がありそうだな。よし。
 
「――どうしたんだ。話、聞くぞ?」
 
 真摯な声で、聞いてみる。
 俺には人付き合いの経験がないからな。雰囲気で察するなんて真似は出来ない。
 だから直接聞くしかないんだ。

「えっ……い、いや、すごく変な話だから、いいよ」

 返答は拒否だ。そのまま通路を過ぎ去ろうとする。
 ふむ、拒否されたなら仕方ない。この話は終わり――にしようと思ったところで。

「それに僕のことなんて、どうせみんなの噂話で聞けるから……」

「知らん」

 壁に手をつき、引き留める。彼女がびくっと肩を震わせた。
 
「俺は、お前の口から聞きたいんだよ」
 
 噂話で聞く伝聞、というのが大嫌いだからだ。
 かつて……俺が村人たちに歯向かっていた、五歳ごろの頃。
 村の子供が畑の野菜をこっそりと盗んだ時、誰かが『シオンが盗んだ』と噂しだして、一気に村中に広がった。
 そして折檻された日は、本当に悔しかったな。
 俺は畑の世話をするばかりで、食べさせてすら貰ってないのに。子供が泥棒していると見つけて報告したのは、俺なのに。

「ちょっ、シオンくん……?」

「顔も知らない連中の話など、俺にとってはどうでもいい。俺は、俺のことを優しく案内してくれた、お前自身の言葉を信じたいんだ」

 ――少しだけ怒りという感情を思い出し、声に熱が帯びてしまっていた。
 しまったな、これでは彼女を怖がらせてしまう。

 ……そう思ったが、なぜか真緒は「そ、そこまで、言うなら……!」と伏し目がちに切り出してくれた。

「あのね……思い出したくもないんだけど、さ。……実は、『フランケン』という妖魔に、人体実験を受けてさ」

「ああ」

「それで、脳を取り出されて――今は、カラダだけが女の子なんだよ……!」

 そうなのか。

「あははっ……信じられないよね。でも本当なんだ。脳だけを、別の子に入れられちゃってさ……! ぶっちゃけ気持ち悪いよね……!」

 そうなのか。

「まるで継ぎ接ぎ死体だよ。動いてるのがおかしい、化け物だよ。気持ち悪いよ。みんなが嫌な目で見てきても仕方ないよ……ははっ……」

 笑いながら視線が下がる。まるで自分を罵り、嘲っているように。

「それに中身が男なら、着飾るなって話だよね。男装して、顔に傷でも付ければいいよね。でも……この服装すがたは、この身体は――妹のッ」

「真緒」

 肩に手を置き、その名前を呼ぶ。
 ……会話は一人でするものじゃない。そろそろ、俺の気持ちも喋らせろ。

「俺は、お前に何も思わない。気持ち悪くなんてないし、化け物だなんて誰が思うか」

「え……」

 当然のことだろう。

「というか気持ち悪いってなんだ? 化け物ってなんだ? お前は綺麗だし、いい匂いだし、声も明るいし、作り笑いも出来ない俺に愛想よく接してくれていた。気を悪くする要素がないだろ。継ぎ接ぎ死体じゃ断じてない、ただの優しい、人間だろ」

「っ……!」

 視線をそらさず、そう言った。
 ――真緒は驚いているようだが、俺のほうこそお前の現状に驚きだよ。

「なぁ真緒。嫌な目で見られるとも言ったが、どうしてだ? お前は人に嫌なことをしたのか?」

「えっ……して、ないけど」

「だったらお前は、悪くない」

 顎を持ちあげ、俺の瞳を見つめさせる。
 コイツが伏し目がちになる必要はない。悪くなければ堂々と前を見ればいいんだ。
 
「お前が誰かを気持ち悪がり、化け物と呼び、嫌な目で見たのなら仕方ない。“やられたらやり返せ”、だからな。――でも、違うんだろう?」

 静かに真緒に問いかける。
 俺は声が小さいから、ちゃんと聞こえるように顔を近づけて。

「お前は、普通に生きていただけなんだろう? 誰も、傷付けてないんだろう?」

「ッ……うん……」

「だったらお前は、悪くないだろ。お前の周りが悪いだけだろ」

「っ……!」

 真緒は、医務室で立ち尽くす俺に屋敷の案内を願い出てくれた。
 誰に言われたわけでなく、自分の意志で言ってくれたのだ。
 嬉しかった。真緒からは無償の親切を貰った。だからこそ、

「俺はお前の、味方だよ」

「っっ……――!」

 言い切った瞬間、真緒は両手で顔を抑えた。

 表情は分からない。人付き合いの経験がないから、顔を隠されたらどうしようもない。
 ……鼻を啜る音が、はたして風邪のせいなのかどうかも、俺にはまったく分からなかった。

 そして。


「――わ、わぁ……。キミ、すごいね……!」


 廊下の曲がり角から、清明さんがひょっこりと顔を出したのだった。
 とりあえず挨拶してみよう。

「こんにちは」

「ど、どうもですシオンさん……!」

 なぜか敬語を使われてしまった。なんでだ。

 
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