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第二章 ~『八咫烏』参入編~

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「――やってくれたな、安倍 清明あべのせいめい

 老人の声が、厳めしく響く。
 それはシオンが拘束を受けているのと同時刻の事。『八咫烏』本部内に位置する豪奢な屋敷の一室にて、清明はある男と向かい合っていた。

「何かご不満でも、土御門つちみかど統括陰陽師」

 ――土御門 雨尾あまお
 統括陰陽師と呼ばれる『八咫烏』の長であり、御年になる者だ。
 座椅子に深く腰を下ろし、机越しに清明を睨む。

「不満も糞もあるか。儂は常々言っておる筈だぞ? 『陰陽魚』を与える者は、しかりとえらべと」

「選んでいるでしょうが。少し前に拾ってきた真緒マオくんは強いし、今回のシオンくんはそれを上回るような……」

「血筋も択べと言っておるのだッ!」

 木材が砕ける音がこだます。
 土御門が拳を叩きつけた瞬間、漆の机が粉々になったのだ。
 それを見て土御門は舌打ちをした。

「加減を過ったか。……兎に角、清明よ。確かに才能は大切だ。即戦力は多いに越したことは無い。だがなぁ、組織の未来も考えたらどうだ?」

「未来を?」

「あぁ」

 気迫を落ち着け、土御門は続ける。

「組織運営には、『カネ』が要る。金がなければどんな組織も立ち行かん。そして、我らに金を与えてくださるのは政府要人の方々だ。彼らの機嫌も伺わねばならん。ゆえに、なァ?」

「ゆえに、彼らに近しい良家の者に、力を与えろと?」

「そうだ」

 土御門は憮然と頷いた。それでいい、判っているじゃないかと。

「老人ならば誰でも判る話よ。――息子や孫が強くて特別だというのは、とてもとても気分が良い。そして、その者が属する組織には、やはり金を落としたくなる。つまりはそういうことよ」

「正論ですね」

 彼の主張を清明は決して否定しない。
 たしかに、金は必要だ。妖魔退治という一銭の価値もない戦いを支えるには、権力者からの支援が必要となる。ゆえに縁故採用じみた工作も必要。それはわかる。清明も頷く。

 しかし。

「で、土御門統括。その良家の者らを採用したとして、妖魔と戦わせていいのですかね?」

「……まぁ、働かせんわけにはいかんな。だが、基本的には要人警護に回ってもらう」

「ところで統括が壊した机、ずいぶんと良い物ですね?」

「何が言いたい」

「最近はまたおめかけ様を増やしたとか。まったく好かれやすいことで……」

「何が言いたいッ!」

 再び響く老人の怒号。それは空気を激震させるような異常なモノであり、部屋中の高級品の数々に罅が入った。
 されど清明は全く動じず、無言で部屋を立ち去らんとする。

「っ、おい清明ッ!?」

「あーすみませんが聞こえません。今ので鼓膜が破れちゃったので、医務室に向かわせていただきます」

「はぁ!? 貴様っ戯れ言を!」

「いやー流石は『身体強化』の能力の極致。肉体が強すぎて三百年も生きてる方は、すごいですな~」

 がなる叫びもどこ吹く風。清明はお辞儀まですると、「じゃっ」と部屋を後にした。

「ッ――おい清明ッ! 貴様が名を上げた真緒といいシオンという餓鬼といいッ、どちらも妖気を帯びた者と聞くッ! 今後もそんな妖魔モドキばかり集めようものならっ、貴様の信用も地に堕ちるぞッ!」

 ――背中に響くは恫喝のみ。後は追われない。追ってこない。清明の予想通りである。
 どうせあの筋肉老人は、“清明と本気で戦った際、いくらの損害額が出るか”を気にして、どれだけ遊んでも暴力には出ないだろう。
 そう考えて皮肉を飛ばしまくったら、実際にそうだったようで笑ってしまう。

「はぁ~」

 少し笑って、溜め息を一つ。
 そして――庭園の見える渡り廊下を歩きながら、ぽつりと。

 
「生き過ぎれば、魂も腐るか」

 
 そろそろ、と。清明は冷たく呟いたのだった。



 ◆ ◇ ◆



「――身体機能に異常なし。少し肉付きは足りないけれど、特に病気はなさそうね」

 そう話すのは、医務室の綺麗なお姉さんだ。聴診器なるものをペタペタと俺に当てながら、何やら紙に書いていく。

「健康診断なんて初めて受けました。色々するんですね」

「……うん、まぁそうね」

 なぜか微妙な顔をするお姉さん。

 いやぁ、俺は今すごく充実感に溢れてますよ。なにせ健康診断をするって言われて連れて行かれた先が真っ暗な部屋で、ポリグラフせいライアーデテクトとかいう謎のカッコイイ機械を頭に付けられたんだ。
 それから壁から出る色んな声に『人間か?』『名前はなんだ?』『人間を喰いたくなったことは?』とか色々なことを聞かれて、次は色々な食べ物を食べさせてくれて『どんな味だ? 人間ならば、正確に答えろ』って言われて、それでお姉さんのところに回されたわけだ。
 ふふふ、笑っちゃうね。俺に種族とか名前とか好みとか聞いた上に食べ物くれるとか、壁の人たちってば俺のこと好きすぎだろ。ふへ。

「機械はカッコよかったし、知らない人たちとたくさん話せたし、美味しいものもいっぱいくれて……。この組織って、いいところですね」

 俺はすっかり『八咫烏』が大好きになっちゃいましたよ。
 この組織の一番偉い人ってどんな人だろ? きっと優しい人なんだろうなぁ。今度お礼しに会いに行こうかな。
 よし決めた、いくぞ。

「すみません、この組織の長は誰ですか?」

「えっ、土御門統括だけど……」

「お礼に行きます。ではさらば」

「ってちょっとーーー!?」

 なぜか必死に止められてしまった。
 アナタと会ったら絶対揉め事になると、すごく必死に言われてしまった。

 いやいやいや、そんなわけがないだろう。
 だってこの組織の長は優しいんだぜ? そして俺も善良なんだぜ?
 仲良くなること不可避では? よし。

「行く」

「だめーーーっ!」

 お姉さんが騒いだことで、落ちてしまう手元の紙。
 そこには『四条 シオン 常識性:極低』と書かれていた。

 ――まぁ俺、字が読めないんですけどね。

 多分褒められてるんだろう、よし!

 
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