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第一章 ~旅立ち編~
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しおりを挟む「『九尾が自由に生きれる身体』、だと……?」
「あぁそうさ」
ソレを提供できるという平賀さん。
ふむふむなるほど。
「乗った」
『ってうぉい!?』
俺が頷いた瞬間、九尾が騒いだ。
お、どうしたんだ親友? 身体が手に入ると知って興奮したか? え、違う?
『いいかシオンっ!? 我が使ったような妖魔の異能『妖術』は、何も火を噴くモノばかりではない。中には概念に干渉するモノや、相手の返答によって発動するモノもあるのだ。ゆえに妖魔の提案に乗ること自体が危険で…………って、おい平賀とやら!? 何をニヤニヤしておる!』
「いやぁ。妖魔業界じゃ九尾くんは恐ろしい存在とされてきたのに、そこの人間くんのことが心配なんだなぁって」
『って違うわァッ!?』
コイツが死んだら我も死ぬから注意してるのだーッと喚く九尾さん。
ああ、理由はどうあれ俺を気遣ってくれて嬉しいよ。
「ふふ、仲がよさそうで微笑ましいねぇ。では、そんな二人にコチラを送ろう。――妖術解放【風來瑠璃城・開】」
手を打ち合わせる平賀。そして彼女が両手を開くと、その間の空間が溶けるように裂けた。
『ギャーッ、妖術使ってきた!? おいシオンこいつを殺せ!』
「わかった殺す」
「って待て待て待ちたまえ! これはあくまで、遠くから物を呼び出すだけの平和な術だよ。ほらこんな風に……っと」
裂けた空間の中で、影のような手が蠢き回る。
やがてその中の一本が、何かを持って這い出てきた。
これは……人形?
「妖魔平賀の傑作が一つ、『妖式・生体からくり機巧姫』さ」
伸ばされた影から人形を受け取る。
両掌に座らせられる程度の、幼児の体型をした人形だった。
「おぉ……」
これまた平賀さんと同じく人外の美貌だ。
白銀の髪に、柔らかすぎる白磁の肌。纏っている薄衣のような服も白く、まるで周囲の雑多な景色から浮いているようだ。
すごいなコレ。平賀さんが設計したのか?
「ふっふっふ……! デザインはオランダ人形をベースとしたモノでね。さらに衣装には海外の花嫁たちが着るようなウェディングドレスをワンピース風に仕立てあげて……ッ!」
「でざ……おら……うぇ?」
急に早口になる平賀さん。いつぞやの清明さんのように、謎の言語で捲くし立ててくる。
『なぁ貴様ら。これ、女児の人形なんだが? 我、雄なんだが?』
「それで平賀さん、九尾をコレに宿すにはどうすればいいんだ?」
「あぁ、人形の口に血を飲ませれば完了さ」
『なぁ我ってば雄なんだがぁーッ!? 雄ギツネなんだがぁー!?』
さっそく親指の先を噛み切り、人形の唇に含ませてみる。
おお、まるで本物の人間の口の中みたいだ。歯も舌もあるし、唾液で湿ってもいる。
『っておいシオンッ待て待て待て待てッ!?』
その口内に、血を流し続けると……、
『――って、むぐぅッ!?』
九尾の声が心から途切れ、代わりに人形の口から声が響いた……!
小さな手足をばたつかせ、俺の指をヴぇぇっと吐き出す。
『なっ……なっ、なんじゃこりゃぁあああッ!? 我の意識が、こんなチンチクリン人形に宿っとるーっ!? あ、なんか声も可愛くなってるッ!?』
ひとりでに騒ぎ出す白人形。開かれた瞳は、九尾と同じ綺麗な血色に染まっていた。
どうやら本当に九尾の意識が宿ったようだな。うむ。
「よかったな、これで鰻が食べれるぞ九尾!」
『ってよくないわーッ!? いやまぁたしかに美味そうだなぁとは思ってたが、身体の見た目が気に食わないんだがーッ!?』
あ、やっぱり食べたかったのか、鰻。
よし、これからは毎日おいしいものを食べさせてやるからな……!
「――動きは良好。発声も良し。指をえずきながら吐いたあたり、神経反射も出来ているねぇ。流石は私の作品だ」
うんうんと満足げに頷く平賀さん。この人にはとてもお世話になってしまった。
「さてシオンくん。九尾に身体は与えたが、ソレはあくまでも依り代。意識の出力先をずらしただけであり、魂魄は変わらずキミの中に存在している。ゆえにキミが死んだら共斃れするのは変わりないから、注意したまえよ」
「そうなのか」
それは気を付けなきゃなぁと思いつつ、俺は同時に嬉しくなった。
「よかったよ。九尾を自由にしたい気持ちもあるが、俺の中に永遠に閉じ込めたい気持ちもあったから……」
『って気持ち悪ぅ!? きさま我のこと大好きすぎだろッ!?』
「照れるぜ」
気持ち悪いということは胸焼けしてしまったということ。
つまり、俺の想いを全て受け取ってくれたということだ。
あぁ九尾……もうお前との仲は良くなりすぎて怖いくらいだな……。
友好の証に頬ずりしてみたら、『ギャーッ!?』と叫ばれた。歓喜かな?
「あっはっは、さっそく私の与えた商品を楽しんでくれているようだ。喜ぶお客様の姿こそ、職人にとっては何よりの報酬だよ」
平賀さんも俺たちの様子に嬉しそうだ。
――だが、ふと。彼女の二色の瞳が細められた。
「ところで……シオンくん。キミが街に来た時、なぜ銃を持った悪漢に絡まれたか知っているかい?」
「なに?」
どうしてそのことを……と問い返す前に、平賀は続ける。
「それはね、刀という伝統の武器の使い手を、最新の武器で怖がらせたくなったからだよ。彼は私が与えた銃で、そんな行為を繰り返していたらしい。あぁ――正直腹が立つよねェ?」
「平賀?」
彼女の様子がなんだかおかしい。理知的だった雰囲気が、徐々に鳴りを潜めていく。
「そりゃぁ武器の用途は暴力だよ? 戦争で役立ち、お国に利益を与えてくれたら本望だ。だけどね、だけどそこらの若い侍を一人脅して満足して、刀職人たちの誇りを穢して悦に浸って何になるっていうんだい? 腹立つよねぇ腹立つよなぁ? そもそも武器は借り物の商品であって、自分の自力じゃないだろうがと。いっそブッぱなし回って死体の山で詰み上げるンなら男らしいがよ半端な悪事で済ませてんじゃねェよソレじゃァ広告効果も低い上に悪評が勝っちまうだろ突き抜けろやクソが商人様の役に立てやと……」
崩れていく口調。消え去っていく少女らしさ。
よくわからないがあの男は、平賀の琴線に触れてしまったらしい。
そして。
「それでつい――殺っちゃった」
冷たい表情で、指を鳴らした。
すると再び亜空間が開き……そこから、先ほどの男のバラバラ死体が吐き出された。
「こいつは、さっきの……」
「あぁ、ごめんねシオンくん。どうにも妖魔になってからおかしいんだ。キミみたいな良いお客さんとは違って、気に入らない客層は、ブチ殺すようになっちゃって、さ……」
平賀は身を翻すと、俺に背を向けて去ろうとする。
――そこで気が付いた。
いつの間にやら屋台の店主がいなくなり、それどころか辺り一帯からも人の気配がなくなっていることに。
視界の端に、地に張り付けられた『札』が目に付いた。
「そのおかげで、正義の集団に目を付けられてしまってねェ。――人形の対価として、悪いけど足止めをお願いするよ」
そして、砂を踏みしめる二つの音。
気付けば俺たちのことを睨みつける、二人の男が立っていた。
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