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第一章 ~旅立ち編~

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「月が綺麗だな」

 ――全てが終わった後のこと。
 俺は夜空を見上げながら、村はずれの丘を登っていた。

 過ぎ去る夜風が気持ちいい。父の遺した白い首巻がなびく様は、まるで箒星のようだ。
 目に入る全てが美しい。とても心が満たされている気がした。生きてるって幸せだなぁ、と思った。

 
『あああああああああ、どーしてこうなったー……ッ!』

 
 と、そこで。そんな俺の『心』から声が響いた。

「元気そうだな、九尾。ちなみに俺も元気だぞ」

『知るかボケェ!』

 元気に答えてくれる九尾さん。やっぱり俺とお揃いみたいで嬉しくなった。

「俺たち、不思議なことになったよなぁ」

 ――戦いの後、俺は死んだ。
 九尾の脳天を抉ってからすぐ、その場に倒れ込んだはずだ。

 まぁ当然だな。内臓がいくつも飛び出していたし、そりゃ死ぬさ。

 だけど、死の直前。そんな俺を支えてくれたのは、九尾の“やられたらやり返せ”という言葉だった。

「俺、心臓が止まりながら考えたんだよ。そもそも九尾は俺を食べようとしていただろ? って」

『ひえ……』

 それで、食べた。
 死んだ身体でどうにか九尾の頭蓋を斬り、脳みそをパクパクと食べた。
 その結果が――今だ。

「で、なぜか俺の傷は全快。そのうえ九尾もなぜか死なず、俺の中に住むようになった。まさに最善の結果だな」

『って何が最善だッ!? 我にとっては最悪の結果だ! 貴様が大人しく食われればよかったんだァ~ッ!』

「ん? やり返せと言ったのはお前だろ? 俺は大人しく死ぬ気だったのに」

『うぐッ!?』

 聞き返したらなぜか黙り込んでしまう九尾さん。騒いだり黙ったり、とっても愉快な性格だ。一緒に住めて嬉しいなぁって思った。

「この状況、狐の嫁入りってやつか」

『いや違うだろ!? あと我はオスだッ!』

 そうして仲良くお喋りしながら、やがて丘の頂上に着いた。
 そこから下を見渡すと――俺の村が、燃えていた。

 
「綺麗だな」

 
 やったのは俺だ。みんなが寝静まっている間に、全ての家に火をつけた。
 貴重な油も村長の屋敷からたっぷり持ち出し、小さな村を囲うように全部燃やした。

『フンッ、ずいぶんと大胆な復讐劇だ。やはり村の連中に恨みがあったか』

「いや、別に恨んでなんかいないぞ?」

『なぬ!?』

 九尾の言葉が分からない。なぜ、俺が村の仲間たちを恨まないといけないんだ?

「たしかに、俺は父を殺されたうえ労働を強いられてきた。だけどこれまで残飯をくれて、育ててくれたのは事実だ」

 感謝の気持ちが大切だと思う。
 誰かと生活していれば、ふとした言動で傷付けられてしまうことがあるだろう。
 そういう時、大切なのは“相手にこれまでしてもらったいこと”を、思い出すことなんじゃないだろうか?
 そこから浮かぶ感謝の気持ちを以って、相手の罪を許してあげれる寛容さが、人には必要なんじゃないか。

「俺はみんなを、家族のように思っているよ。そんな俺がどうしてみんなを恨めるんだ……」

『は……? な、ならば、どうして火を……?』

 決まってるだろ。

「九尾。お前に、“やられたらやり返せ”と教わったからだ。村のみんなを家族としたら、俺にとってお前は『神』だ。お前が俺に望むのならば――家族も、世界の総ても焼けるぞ?」

『ひえッッッ!?』

 改めて九尾には感謝だよ。
 お前が俺に“生きろ”と言ってくれた時のよろこびは、永遠の胸の宝物だよ。
 この感情、お前の存在と一緒に、未来永劫、俺の中に閉じ込めていくからな……!

 そんな素敵なコトを考えながら、村が燃えていく様を見届ける。
 

「――たッ、助けてくれぇえええ!!!」
「――アァァァァッ、熱いィイイーーーッ!?」
「――誰がこんなことをーーーーーッ!?」
 

 炎の中から響く絶叫。多くの人影が家から飛び出し、そして紅蓮に消えていく。
 
 まぁ、運が良ければ助かるだろう。
 地面にすらも油を撒いて村中を火の海に変えたが、それでもどうにか走り抜ければ、命だけは失わずに済むかもしれない。
 俺もみんなには死んでほしくないからな。俺はあくまでやり返したいだけで、殺したいなんて思ってないんだ。いつかみんなで笑い合える日を願っているよ。

 ただ――村長はもう、駄目そうだけどな。


「――なッ、馬鹿なァーーー!? どうして儂がッ、こんな目にィーーーーッッッ!?」

 
 次の瞬間、村長の屋敷からひときわ大きな悲鳴が響いた。あれが断末魔というやつか。

「逃げられなかったんだな、村長」

 彼の屋敷は大きいからな。俺に与えてくれた小さな牢の、百倍以上はあるだろう。
 あれじゃあ燃える家から飛び出すことも大変だ。お金持ちもいいことばかりじゃないんだなぁと、俺は思った。

「……さて九尾。これで俺は根無し草だ。これからどうしようか?」

『死ねと言ったら?』

「死ぬが?」

『ッッ、ってやめろトンチキが! 貴様が死んだら我も死ぬだろうがッ!?』

「おー」

 そういえばそうかもだな。じゃあ、死ぬのはナシだ。
 これからの生き方その壱、【九尾のためにも出来るだけ生きる】っと。

『ハァまったく。……では、こうしよう。貴様が我にしたように、他の妖魔共の脳幹の一部を喰らって回れ』

「ん、妖魔?」

 首を捻る俺に、九尾の妖狐は『我のような存在だ』と答える。

『人間共の恐れを媒介に産まれた生命、それが妖魔だ。――我らも貴様ら人間と同じく、脳に意識を宿しておる。そして、我らの存在を構成する妖力も、脳にたっぷり詰まっているわけだ』

 ほほう。その妖力とやらを喰らって回って集めろと。

「で、そうしたらどうなるんだ? 脳を喰らって、妖力とやらを集めたら」

『決まっておろう』

 ニヤリ、と。九尾が俺の中で笑った気がした。

『我が肉体の再構成よ……! 貴様の身体を突き破り、繭から這い出る蝶のごとく復活してやるわ……ッ!』

 なるほど……!
 妖魔とやらが妖力で構成されているなら、ソレをたっぷり集めれば、また肉体を持つことが出来るのか。
 うん、わかった。

「いいぞ、お前の意見に従おう」

 これからの生き方その弐、【妖魔を斬って食べていこう】だ。
 よーし。やること決まるとやる気が出るなー!
 俺も明るい人間になったものだ。

「頑張るからな、九尾!」

『お、おう。……って貴様、話聞いてたか? 我が再び受肉したら、我を取り込んでる貴様は死ぬかもなのだぞ?』

「まぁそうだな」

 で、だから?

「言っただろう、九尾。俺にとってお前は神だ。俺の人生の全てなんだ。だから俺の命も身体も、喜んでお前に捧げるぞ……?」

『ひぅー……っ!?』

 ――こうして俺は夜が明けるまで、九尾に想いを伝え続けたのだった。
 
 よし、仲良くなれたな!

 
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