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第3章:てつおVSチトセ!

第17話「お前はこの手で」

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空に浮かぶ氷がある。
ちょうど街の中央の空を中心として、王宮の西の塔へ向かってまっすぐ伸びている。
この氷漬けのアメーバ状のコンパスは、街中の人間に魔女チトセの居場所を伝えた。
どうやらタキオくんとハヤさんにも伝わったらしい。
王宮に向かう二人を視界の端に一瞬捉え、俺は西の塔へ全速力で飛んだ。
するとそれに感づいたのだろう、大きな白い鳥がもの凄い速さで塔から飛び去ろうとした。
しかしこの鳥は俺の素早さを知らないのだろう。
王宮の城壁を少し逸れた辺りで、俺はこの鳥の前に立ちはだかることができた。
すぐさま【防御魔法】を唱えて、俺を中心とする球状のバリアから逃げられないようにしておく。
全体的には白、首のところは黒、頭頂部は赤……というか鶴だ。
デカい鶴が、羽ばたきもせずに空中に浮かんでいる。

「見つけたぞ……魔女チトセ!しらばっくれても無駄だぞ?そこに浮かぶステータス画面が証拠だ」

どうやらしらばっくれるつもりは最初からなかったらしい。
鶴は翼を水平に広げ、上目遣いで俺を睨んだ。その脚にはエマエが掴まれている。
さっきまで街中に響いていた声が、俺に話し始める。

「……“氷式探知”を使うとはの……思ったよりやるではないか、勇者様よ」

すると鶴は翼を閉じ、魔女チトセの姿が鶴の羽の塊から現れた。



黒く長い髪。少しつり目で切れ長の目。薄く赤い唇。透き通った白い肌。見慣れたセーラー服。
正直言って半分ぐらいは空を舞う羽に隠されて見えなかったが、全く問題はなかった。
チトセのはずの存在が喋り始める。
その声はさっきまでとはまるで違っていた。
だが俺が今までの人生で最も聞いた声だった。

「それで、女神様を助けに来られたのですね?えぇえぇ、いいでしょうお返ししますとも」



ああ、俺がガキの頃から見慣れたその顔!聞き慣れたその声!
空を舞う白い羽の中から現れたのは、どこからどう見ても、俺の幼馴染の東条院麗華とうじょういんれいかだった。

「……れい、か……?」

「初めまして……いえ、お久しぶりと申し上げましょうかの?」

何を言われてるのか分からない。
これは夢なんだろうか?
俺がここに来てからのこと、全部。
だってここは異世界なはずで、俺はこの目の前の麗華のために魔王を倒すはずで、だからここに麗華がいるはずがなくて、じゃなかったら俺はもう戦う意味がなくて……



俺はほっぺたをつねりたかったが、とても身動きができずにいた。
それを察してくれた麗華は、俺に夢かどうか確かめるチャンスをくれた。

「どうなされた勇者様……そら、女神様をお返しいたします……ぞッ!」

そう言い終わると麗華は……いや!魔女チトセは!
麗華がこんなことをするはずがないッ!
魔女チトセは、手中に握っていたエマエを思いっきり地面へ投げつけた。
くそッ!俺の素早さがありながら!!
麗華の姿と声に気を取られていなければ、絶対に見逃すはずがないのにッ!
とにかくエマエは投げられた。賽は投げられたのだ。



俺は一瞬だけ遅れて、猛スピードでエマエを追って急降下した。
だが間に合いそうもない。
このままでは俺の張った【防御魔法】のバリアにエマエが激突してしまう。
そうなれば間違いなくエマエは、トマト缶をひっくり返した時のように弾け飛ぶだろう。
今まで全年齢対象だったこの世界が、突然R-18になってしまう。
そうさせる訳にはいかなかった。もしこれが全部夢でも!
俺は魔女チトセの望み通りに【防御魔法】を解除した。
畜生!せっかく捕らえたと思ったのに!



俺の【防御魔法】でエマエが砕け散る危機は去ったが、当然まだR-18世界になる可能性はあった。
地面に激突するという、極めて自然なパターンのことだ。
下の地面は、王宮の中庭らしい。綺麗に綺麗にレンガが敷き詰められていて、遥か上空から超スピードでぶつかる人のことを考えて設計されてるようには見えなかった。
きっと、砕け散る。
もちろんエマエもだが、俺もだ。
スキル【飛行】には慣れたつもりだ。
でも全速力で、頭から!垂直降下してエマエを庇いながらもう一度飛び上がれるほど使いこなせる自信はない。
全速力で飛ばせばどうやら間に合いそうだ。
ダメだった。それ以外のことを考えてる余裕は一切なかった。

「くそーーーッ!痛くない痛くない痛くない痛くなーーーいッ!」

俺の防御力とHPは90万以上ある。
だけど俺の素早さと攻撃力も90万以上あった。俺自身の全力を、果たして耐えられるのか……
だけど信じるしかなかった。
間一髪でエマエの脚をひっつかんで、抱きかかえるようにして背中を丸めた。

ドッゴアアアアアアアアアッッ!!!



痛……ぇ……ッ!
なまじ超耐久力があったせいで、俺は気絶することもなく痛みをハッキリと感じていた。
結局微妙に間に合わなかったけど、やっておいた【分解】が発動して、レンガがゆっくり砂になっていった。
王宮の中庭は今、全体がアリジゴクの巣のように沈み込んでいた。
その巣の主の俺は中々にグロいことになっていた。
急いで【回復魔法】を唱えているが、HPが多いせいか、気が遠くなるぐらい回復が遅い。
左の肩から先が取れそうになっている。
ハッキリ見たわけじゃないけど、間違いなくヤバい。
腹や背中には、レンガの破片がいくつもめり込んでいる。
だけど見ろ、エマエだけは……どうにか無傷で守ったぞ……
俺と一緒に砂に沈み込んでいくエマエを救い出そうと、俺はどうにか動く右手を上げてエマエを持ち上げた。
動かすだけで肋骨が内臓に食い込んでいくのが分かった。



「流石は勇者様。貴方様なら必ず女神様をお守りくださると、この婆は信じておりましたぞえ」

痛みで震える俺の元に、麗華のスカートと、そこから伸びる美脚が降りてきた。
そこしか見えなかったけど、きっと顔はニタニタと笑っているんだろう。声で分かる。
麗華は靴を脱ぎ足で器用にエマエを掴むと、メキメキと鶴に変わって俺にお辞儀をして飛び去っていった。

「く……そ…………ッ……」

【回復魔法】が遅い!声がロクに出せない!!コイツを追えない!止められない!
くそったれ!チトセは最初からこうするつもりだったのか!俺が命がけでエマエを助けることを読んだ上で!
結果だけ見れば、俺はチトセに叩き落とされて死にかけてるも同然だ。
だけど何より腹立たしいのは、麗華の姿をしていたことだ。
多分魔法か何かなんだろう。鶴の姿が出来たんだから不思議はない。
まだまだ俺の知らない魔法の方が、この世界には多くて当然だ。
それでも俺にあの姿は耐えられなかった。
この世界で勇者として魔王を倒す旅を、根底から嘲笑われたような気分だった。
とにかくハラワタが煮えくり返っていた。
実際それぐらいの怪我をしていたけども。
許さんぞ魔女、チトセ!
お前はこの手で叩きのめしてやる!!
……たとえ麗華の姿をしていても、だ!!



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