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第2章:飛び立て!てつお
第9話「ゲプ。」
しおりを挟む朝起きると防御壁の周りに大量の魔物がいた。
そいつらをツヨシとレイジとタキオくんに半日かけて倒してもらった。
それによって彼らのレベルがかなり上がった。
歩いた。首都、タイオーに着いた。
女神様やタキオくんが俺をじっと見つめている。
道中ずっとだ。
何か言わなければ。
「……とにかく着いたからセーフだ!」
「そんなワケあるかーッ!見なさいタキオくんを!可哀想にこんなに疲れちゃって!」
「まあ確かに頑張ってもらったさ。でもね……“マナイバ”!」
名前:タキオ・ノア
職業:冒険者
レベル:15
HP:1850
MP:2800
攻撃力:590
防御力:620
素早さ:570
魔力:1020
魔法耐性:1060
スキル:
【マナイバ:レベル36】
【炎熱魔法:レベル8】
【氷結魔法:レベル5】
【電撃魔法:レベル7】
【回復魔法:レベル5】
【支援魔法:レベル6】
【剣術:レベル2】
【逃走:レベル15】
【究極魔法:レベル0】
「……な?目覚ましい成長を遂げたんだぜタキオくんは!」
「そ、そう、ですね、や、やっ、やったぁ」
「あぁっ!無理して喋らなくていいのよ!……スパルタが過ぎるわよ!」
「こうして見るとMPと魔力の伸びが素晴らしいな、タキオくんは良い魔法使いになれるよ」
「がん、ばり……ま、す」
「ああっ、しっかりしてタキオ!」
大丈夫だ。昨日までの彼ならとっくに倒れてるはず。
それにしてもあの剣と盾はかなりの優れもののようだ。
明らかにタキオくんでは出せない力を発揮している。
装備品がステータスに与える影響も調べとかないとなぁ。
「とにかく!ここ、タイオーでやることは簡単!魔王軍の情報を聞くこと!親衛隊隊長“ハヤ”とやらに手紙を渡して協力してもらうこと!それだけ!簡単だろ?サクッといこう!」
「あのねぇ……!それよりとりあえず今日のところは宿を探すわよ!もうすっかり夕方だし」
「あれ?女神様は表に出たままでいいのか?」
「あ、それね、タキオにはもう話したんだけど、あたしのことは“エマエ”って呼んで。この借り物の子の名前ネ、前も話したかな」
「ああ、何となく覚えてる……いいの?」
「いいの。女神様であることは隠しとくワ。もう時計の中の生活はイヤ。ホントこりごり。あんたと一緒に旅してる絶世の美女妖精ってことでひとつヨロシク」
「……はいはい」
そんなこんなで、絶世の何とか妖精エマエと疲れ果てたボロ雑巾のようなタキオくんと一緒に宿屋を探すことになった。
ぐるりと城壁に囲まれたこの街は、タータケとは比べものにならないそこそこの大都会だ。
城壁の高さは、ちょうど俺の通ってた学校ぐらいある。
そしてその城壁の周りを、魔法で出来た幾何学模様が水色や黄色やピンクに色を変えながら浮かんでいる。
今から入る正面の城壁の外側には川が流れており、そこに城門から橋が架けられている。
これが夜になると上げられてしまい、朝までこの街に入ることも出ることもできなくなるのだ。
この橋を越えると、碁盤の目のような道がいくつか見える。
その左右に、レンガで作られた建物がズラリと並んでいる。
中でも一番目立つのが、屋根が赤と白に塗られた宿屋だ。
その先の様子も気になったが、とにかく今は部屋を取るとしよう。
宿屋“スラファ”と書かれた入り口を開けると、何人かがテーブルでお酒を飲んでいた。
「おう、らっしゃーい」
赤い髪のおっちゃんが迎える。
一階が酒場になっているタイプの宿なようだ。
会釈をしながらそこのカウンターまで行くと、おっちゃんは赤いヒゲを触りながら少し困っていた。
「おん?そいつは妖精かい?えーっと妖精の宿泊代はいくらだったかな……」
種族によって色々と制度が違うんだろうか?
これはこれで面倒くさいかも。
「あ……あったあった条例表……ホイ、人間は一人150カン。妖精は一人650カンね」
「えーーーーっ!?」
女神様……あ、いやエマエの金切りダミ声がこだまする。
「ちょっとちょっと高過ぎよ!こないだはもっと安かったじゃん!」
「こないだ?妖精が泊まったら覚えてると思うけどな……」
「何よ!つい200年ぐらい前は……モガモガ」
変な所が女神様感覚が抜けてないエマエを黙らせて俺が交渉を代わった。
「すんません、他所と勘違いしてますんで。どうにかならないっすかねぇ、手持ちが少ないんですよ」
カノーさんから貰った餞別は1000カンしかない。ここで950カンも使えない。
だいたい何で妖精だけそんなに高いんだろう?
メシ代がほぼかからないからむしろ安くなってもいいのに。
「そんなこと言われてもこっちも商売だからなァ……」
「あ、じゃあこれはどうですか?」
俺は【分解】や【調合】の実験の副産物を並べてみせた。
素材として有用なものが多い。
見る人が見たら何にでもできるはずだ。
「フーン……お菓子に、金属に、宝石、何か変な液体?こんなもん見せられてもなぁ……俺ァ物の価値とかよく分からねえし」
あれ、マジで?結構苦労して分解したものとかあったのに……
いやそもそも宿屋のおっちゃんに鑑定眼を求める方が間違ってたか……
と、俺が途方に暮れていると、酒場のテーブルで盛り上がっている何人かのおっちゃん達が声をかけてきた。
と言うより、怒鳴ってきた。
「オイオイ!意地悪してんじゃねーよ!最近何でもかんでも高ぇぞー!」
「しょーがねーだろ!ここ最近物の流通が悪過ぎるんだよ!何ならお前が払ってやれよ」
「よし!面白ぇ!オイ兄ちゃんよ!オレと飲み比べしねぇか?勝てたら俺が宿代おごってやるぜ!」
マジで!?最高!
ありがとう、幸運の女神よ……エマエのことではなく。
あ、でも待てよ……一応ね。
俺はエマエにこっそり聞いた。
「なぁ、この世界って飲酒は何歳からオッケーなの?」
「15歳よ。だから……こっちの世界では、セーフね」
「よし、なら大丈夫!宿代浮いたぜ」
「マジ?あんた勝てるの?飲んだことないでしょ?」
「なくても絶対に勝てるんだよ」
俺たちがヒソヒソ話してるのが待ちきれないのか、何人かのおっちゃんが俺たちの背中を押して、テーブルまで導いた。
酒と男の臭いでむせ返りそうな席につかされた。
その臭いの元から、おっちゃんが欠けた前歯をギラつかせて話し始めた。
宿屋のおっちゃんと紛らわしいので、このおっちゃんのことを“臭っちゃん”と心の中で呼ぶことにする。
「よっしゃ。ルールは簡単だ。この国で一番強い酒、“コイチー”をこのジョッキいっぱいに注ぐ。そいつを一気に飲み干す!ジョッキを置いた時に酒が残ってたり、零しちまったら負けだ!もちろん潰れりゃ一発負け。どっちかが負けるまで繰り返す!いいな?」
「オッケー。……その酒代は?」
「勝った奴が全てを手に入れる。タダ酒も、宿代もな。負けたらその逆だ。分かりやすくていいだろ」
「よし、分かった。やろう」
マジかよラッキー。
タダで泊まれてよかった。
酒場のおっちゃん連中は、隣のテーブルでニタニタしながら酒を飲んでいる。
平然としている俺が不安でしょうがなかったのか、エマエが耳元で囁いてきた。
「ちょ、ちょ!ちょっとあんた!マジ!?どうやって勝つのよ!?コイツ絶対呑べぇよ!あっちで未成年のあんたが勝てるわけないじゃん……ハッ!あんたまさか?不良少年だったの!?」
「違うよ、一滴も飲んだことないよ。これまでも……これからもね」
「……ハァ?!お酒ナメてんの?一気飲みがどれだけ危険か教えて……ングッ」
「ヒソヒソ話は嫌いなんだよなァ、俺達はよォ」
エマエの口元にはストローがぶち込まれ、“コイチー”とやらを飲まされてしまった。
「はれほれひれはれ……アハッおいちー……オェッ!」
殺虫剤をかけられた蛾のようにヘロヘロと宙を舞って落ちていくエマエに、タキオくんがそっと手を差し伸べる。
タキオくんの両手の上で、エマエは吐きそうになりながらグッタリしている。
手の上に泥酔した妖精を乗せ、泣きそうになりながらタキオくんが俺の顔を覗き込んだ。
「てつおさん……!」
「まあ見てなって」
「兄ちゃんよ、いつまで待たせンだ?」
「すんませんね……じゃあやりましょう」
俺の顔ぐらいの長さの大ジョッキに、エマエをあんな風にした強烈なお酒“コイチー”とやらが八分目まで注がれた。
綺麗に透き通っていて、一見すると完全に水に見える。
「じゃあ行くぞ?イチ、ニノ、サン!で飲み干すんだ」
「了解っす」
宿屋の主人の方のおっちゃんが間に入った。
「……どっちが潰れても店の中じゃ吐くなよ?俺ァ責任とらねぇからな」
「早くしろィ!」
「じゃあ行くぞ……イチ、ニノ、サン!!」
俺と臭っちゃんは素早くジョッキを傾けた。
喉を鳴らしてジョッキを空ける。
ほとんど同時にジョッキをテーブルに叩きつけた。
「クァーーーッ!!っぷゥ……染みるぜ……」
「そうっすね……」
この様子だと、あと三杯もいけば潰れてくれるかな。
タキオくんは青ざめて不安そうに俺たちを見ていた。
その両手の上でエマエは這いつくばってタキオくんの手の平を舐めていた。
酔うとあんな風になるのか。ドン引き。
「イチ、ニノ、サン!!」
ドン!!ジョッキを叩きつける音。
「……ッグゥ!へへ、ドーンと来やがる」
「そっすね」
何回やっても俺の方が潰れることは絶対にない。
昨日しつこくやったことは無駄じゃなかった。
タキオくんも、何かがおかしいと俺を興味深そうに見ている。
エマエはその指にしがみつき、ゴリラのようにウッホウッホ指を揺すっている。
「おいおい、大丈夫かよ?バケツ持ってきといてくれ……イチ、ニノ、サン!!」
ドン!今回は明らかに俺の方が速かった。
「…………ップ!ち、チキショウ……!」
「もうやめます?」
流石にビビったのか、少し取り乱して臭っちゃんは叫んだ。
「う、ウ、うるせェー!もう一杯だ!」
「ぶっ倒れたらつまみ出すからな……イチ、ニノ、サン!!」
ドン!とうとう俺だけが空のジョッキを置くことになった。
「ゴボッ!そ、そんな……そんなワケが……」
真っ赤だった顔を真っ青にして、とうとう臭っちゃんは倒れた。
ジョッキと、残り半分ほどのお酒と、臭っちゃんの太った身体が床に落ちた。
「オイ!大丈夫か!しっかりしろよ!オイ!オイ!」
付き添いのおっちゃん達が駆け寄るが、完全に気を失っている。
さて、こんな時の為に俺はアイテムをいっぱい持っているのだ。
こんな時は、そう!この世界に来て最初に手に入れたアイテム、“薬針球”だ。
解毒剤だが酔い潰れにも効く。
ウサギのうん○のような丸薬を、おっちゃんの口元の泡に滑り込ませた。
「……ハッ!お、俺は……!?」
効き目は抜群で、あっという間に臭っちゃんは目を覚ました。辺りを見回して、自分が負けたことを悟った。
「……完敗だァ。まさかこの俺が飲み比べで負けちまうなんてな……約束だ。宿代は俺が出すぜ」
「酒代もな!全部で3850カンだ!」
「ヒーッ!と、とりあえず宿代だ!ホレ!残りはツケといてくれ!なっ!頼むよ!」
そんなやり取りがある中で、タキオくんが俺の耳元で囁いた。
「……【分解】だね?お酒を分解して水のところだけ飲んだんでしょ」
「正解……よく分かったな、凄いよタキオくん。ジョッキを持った時点でお酒は全部……えーと」
あーと、何だっけ?
確か炭酸ガスとか……酢酸?だっけ?
化学寝てたからなぁ……
「まぁとにかく水だけ残して分解済みなんだ。後はグラスに口をつけながら、水以外をもう一度【分解】する。残った水を飲む!」
分解してできたものを更に【分解】しようとすると消えてなくなってしまう。
実験済みだ。
「凄いやてつおさん!!」
野糞による実験だとは口が裂けても言えないけどね。
人は追い詰められた時にこそ輝くんだよ、タキオくん。
とはいえ、いくら水でも大ジョッキ四杯も飲むとキツい。
お腹はタプンタプンだ。ゲプ。
さて、宿代は浮いた。
しかし、RPGにおける宿とは現実におけるホテルと同じであるだろうか?
いいや断じて違う。
体力の回復や昼と夜の切り替えなど色々な役目があるが、情報を得るという点でも見逃せない機能を持つ。
酒場が一緒になっていれば尚更だ。
「ところで……さっき、流通が悪いって言ってましたよね?魔王軍のせいですか?」
「おん?いやァ別に魔王軍がどうこうしてる訳じゃねぇのよ。最近マゴシカ帝国の奴らが国境で何かやってんのさ」
マゴシカ帝国?魔王軍じゃないのか……面倒くさっ。
魔王が出てんのに国同士でイザコザやってる場合じゃないだろマジで。
「そうなんすか……え?何か魔王のこととか誰も話してない感じですか?」
宿屋の主人はその赤い髪をボリボリ掻いて首を傾げた。
「魔王なァ……五年前にこの街に攻めて来た後は大人しいもんよ。あん時はもうおしまいかと思ったけどな」
タキオくんの顔が曇る。
そうか、あの家のお父さんお母さんが亡くなった戦争の話か。
しかしゴメンなタキオくん、俺達は魔王のことを少しでも知らなきゃダメなんだ。
「その時のこと、もう少し詳しく教えてくださいよ」
「あ?あ、あァ……イヤ~ハハッ。実は俺ァ真っ先に店投げ出して逃げてたからよ。悪ィけど何も知らねぇや」
えーッマジかよ使えねー……
いやいやまぁ戦争だし普通そんなもんか。
「そうさなァ……この店がある宿屋通りを突き当たりまで進んでくとよ、“ガマデン”っていう酒場があるんだ。そこなら話が聞けると思うぜ。あそこのマスターが戦争生き抜いた元兵士なんでな」
おっ!そうそう!いいぞ!
そういうモブキャラっぽい台詞が聞きたかったんだ!
ありがてぇ。
「そうですか……ありがとうございます」
俺がそう言って部屋に戻ろうとしたその時、3850カンの請求書を懐に入れながら臭っちゃんが話しかけてきた。
「オイオイ!"ガマデン”に行くのかい!気ィつけな……あそこァ“メロンジ”って山賊団の溜まり場だぜ。俺ァあの団がどうも気に食わねェんで抜けてきたのよ。あそこは酒の強さだけじゃいけねェぞ」
「……気をつけます」
今度は山賊団か。
どいつもこいつも、魔王が出た時ぐらい仲良くできないんだろうか?
五年前に攻められて大勢死んだんだろ?
五年ってそんなに短いか?
復興が速いのは良いけど懲りる期間が短いのはダメだろ。
まぁ何にせよ、魔王軍以外と戦うなんてことになるのは絶対にダメだ。
百害あって一利なし。マジ本当これ。
普通のRPGなら経験値稼ぎだと思えるけど、この旅じゃそれすら害になる。
マゴシカ帝国と山賊団メロンジか。
気をつけないとな。
「……聞いてたよな?じゃあ早速……」
と言いかけて振り向いた俺の目の前には、ついに胃の中の物をブチまけるエマエと、その手の平の上の惨状をただ青ざめて受け止めることしかできないタキオくんの顔があった。
「……部屋に行こうか。今日はもう寝よう」
仕方がない。“ガマデン”は明日だ。
今日はとにかく、女神様としてではなくエマエとしての初夜を吐瀉物にまみれて迎えた哀れな乙女の介抱に努めよう。
この世界、最初の宿。
忘れられない、忘れたい夜になりそうだ。
二階の部屋への暗い階段を登っていると、綺麗に洗ったタキオくんの手の平の上でエマエが神妙な顔をして言った。
「……吐いたらスッキリしたわ。まだ飲めそうよ、あたし」
「何で飲む方向に話が進んでんだよ」
この女神様の作った世界の住人だ。
懲りる能力が欠けていても仕方ないのかもしれない。
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