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第1章 : 慣れろ!てつお

第6話「誰よりも遠くへ」

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翌朝、“昇天の儀式”とやらが村長さんによって行われた。
まさかこの世界で初めて見る儀式が、お葬式だったとは。
まずは家の中で村長夫人が何かしらを唱える。
詠唱が完了すると遺体は青白い魔法陣に包まれ、祭壇まで運ばれていく。

「これ、かなり歴史のある正式なやり方だわよ……相当な人を弔う時しかやらないやつ」

頭の中に女神様が話しかけてくる。
けど俺は、初めて見る儀式の珍しさとか、タキオくんの件で何だか頭がまとまらなかった。
カノーさん達を先頭にした行列が、ゆっくりと祭壇へ行く。
俺は一番後ろになってしまった。

「この後、祭壇で魔力をありったけ集めて魂を撃ち出すの!つまり!アーヤバイ!」

やたら焦った声が時計を揺らしながらまくし立ててくる。
とうとう頭の中じゃなくて皆に聞こえるぐらいの声で喋り始めた。

小高い丘の祭壇に着くと魔法陣が描かれており、何やら女神様へ捧げるらしい長い長い呪文を村長さんが唱える。

「どーしよ……!こんなこと初めてだから全ッ然分かんない!ねぇどーしよう!」

「何パニクってんだよ……ところでこの儀式、どんなスキルでやってんの?見当もつかないんだけど」

俺もつられて普通の声で喋ってしまった。
すると、前に並んでいた顔中しわくちゃの爺ちゃんが振り返り、ニッコニコしながら説明してくれた。

「これはな、【マナイバ】と【回復魔法】、そして【分解】を組み合わせた高度な技術なんじゃよ。呪具があるとはいえ、あの歳で儀式をこなせる村長は大したもんじゃ。あの様子ならきっと……」

ここまで喋ると、その爺ちゃんは空を指差して言った。

「ちゃ~んと!女神様の元へ、魂が届くじゃろうなぁ」

「え!?」

「そーなのよー!どーしよー!このままだと魂、多分あたしのとこに来ちゃう!」

「マジか!?」

「普通に死んだ魂は世界に溶けてくんだけど!こんな風にちゃんとした儀式されちゃうとあたしのとこに来ちゃうのよ!エーン!どーしよ!今のあたしじゃそんなの処理できない!」

いきなり懐中時計に向かって喋り出した俺をよそに、爺ちゃんは家族と一緒に行列に消えていった。
俺は精一杯声を殺して問いかけた。

「魂って見えるの!?皆の前で!?この懐中時計に!?」

「もーそりゃド派手に飛んでくるワ!アレ正式なヤツだから!花火みたいに空行ってここにドーン!って!」

「俺らタダじゃすまないぞ!?」

「ダメージ食らうアレじゃないから大丈夫よ!……いや大丈夫じゃない!あたしがここにいるってバレちゃう!!」

「俺らタダじゃすまないぞ!?」

列の最後尾でしゃがんで時計と喚き合ってるうちに儀式も終盤に差し掛かり、呪文の詠唱は完了した。
後はこれに参列者全員の魔力を込めることで昇天の儀式は完了するという。
すると、タキオくんが村長さんの方へ歩み出た。



「村長さん、おばあちゃんにお話してもいい?」

「ん?……もちろんいいともさ。おばあちゃんを喜ばせてあげなさい」

するとタキオくんは例のペンダントをかざしながら話し始めた。小高い丘にいるからか、声も響くし仕草がよく見えた。

「おばあちゃん、僕はおばあちゃんに話してあげられる面白いお話がないんだ。だからおばあちゃんとお話したくなかった。だけど、もうおばあちゃんは遠くに行っちゃったんでしょ?」

あどけない声が祭壇の周りに響く。参列者は全員目頭を押さえている。
かく言う俺も相当ヤバかった。
そういえばこの一家のことが気がかりだった。
しかもタキオくんを旅の仲間にしようとか思ってるんだった。
この上儀式の結末まで心配ごとが増えてる。
目頭を押さえざるを得なかった。

「世界中を旅したおばあちゃんがまた出かけるんだから、きっと凄く遠くなんだろうね。村の人たちに聞いても、誰も行ったことがない遠い所だからもう会えないって」

ただ一人目頭を押さえていない人がいた。
カノーさんだけは少し驚いた様子でタキオくんを見つめていた。
けどそこに不安の色は全くなかった。
急に背が伸びたのを驚くような、そんな顔だった。

「だけど僕は誰よりも遠い所に行きたい。どんなに遠くても!どこまでも!だからおばあちゃんにお別れを言いたいんだ」

列の皆がざわつき始める。近くにいた村長さんも、タキオくんを見ていることしかできないといった感じだった。



タキオくんはカノーさんを見て言った。

「お姉ちゃん、僕、旅に出たい!」

こう言ったタキオくんは、小高い丘の逆光を浴びていたせいか、とんでもなく輝いて見えた。
昨日感じたゾワゾワは、これか。
少年から冒険者へ羽化を遂げる、その前触れのエネルギーを感じたんだ。
とりあえず……こ、好都合……!
いや!しかし事態は余計ややこしくなりやがった。
参列者のざわめきが凄いことになった。
聞こえてくる声は「危険過ぎる」「絶対止めなきゃ」のバリエーションだった。
しかし、当のカノーさんは驚いた顔をやめて、微笑んで言った。

「……やっぱりね。前におばあちゃんが言ってたのよ。タキオは世界の果てまで見ることができる目を持ってるって。あたしにも今分かったわ……その目のことなのね」

そう言うとカノーさんは、村長さんに何かをお願いした。
村長さんは潤んだ目で力強く頷くと、杖で地面を叩いて皆を静かにして叫んだ。

「ええか皆のもん!パン屋“オルズ”は今日から“カノー”じゃ!村中で力を合わせて切り盛りしていこうではないか!新たな冒険者タキオが安心して村を出られるようにの!」

村中の「ウオォー!」が小高い丘の祭壇にこだました。
カノーさんは思わぬ事態に少し戸惑っていた。
すると村長さんの杖がピンク色に輝き出し、高まる魔力とテンションに任せて叫んだ。

「そこでじゃ!この幼いタキオの旅路を守る者が必要じゃな!?それを今から決める!!皆の者!掌をかざせェイ!!」

村中の手が突き上げられ、ライブ会場みたいになった。
ややこしくなってきたぞ……とりあえず掌を太陽にかざした。

「ここに!詠唱を終えたオルズの魂がある!皆も知っての通り!後は村中の魔力をこの魂に集めるだけじゃ!もう分かるであろう!」

何て事だ。
仲間が欲しい。
タキオくんを旅させたい。
カノーさんが気がかりだ。
昇天の儀式によって俺の正体がバレてしまう。
タキオくんが旅に出ると宣言した。
いくつもの事態は最ッ高によじれて絡み合い、今ここでまさかの解決策となった。
もう分かっただろう。

「そう!村で一番の魔力を捧げた者に!冒険者タキオの護衛を命ずる!!さあ皆の者!!ありったけ注げェイ!!」

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

村中の魔力が集められ、村長の杖の先に浮かんだオルズさんの魂が膨れ上がる。
それぞれの掌から、稲妻のように魔力が見えた。
この太さが魔力の程度を表しているのだろう。
この稲妻の束を、刷毛につけたペンキのように一つの魔力が塗り潰した。
そう、この俺の魔力だ。



村中の視線を集め、俺は90万の魔力を放ち続ける。
もう俺にはそれは気にならなかった。
村長さんはあまりの魔力量に驚いていたが、ニヤリと笑って叫んだ。

「決まった!オルズの選んだタキオの供は、そこの少年じゃ!」

村長さんは勢いよく俺を指差すと最後の詠唱をした。
この魔力の塊とおばあちゃんの魂を、女神様の元へ送る儀式が完了した。
懐中時計が暴れ回る。けどもう大丈夫だ。

「オルズ・ノアの魂よ!!今、女神様の御許へ旅立つがよい!!」

そう叫ぶと村長さんは杖を空へ振りかざした。
すると魂と魔力の塊は空へ飛び上がり、俺と女神様以外の全員が思いもよらなかった所へ飛んでいった。


そう。当然、俺の懐中時計にこの塊は飛んできた。女神様はここにいるんだから。
女神様には申し訳ないけど、こうするしかない。
列の最後尾を、全員が振り返る。
小高い丘の上から、村長さんが唖然としている。
村中の魔力を、オルズさんの魂をその身に纏い、いや厳密には懐中時計の中の女神様が纏ってるんだけども、まあとにかく俺の身体は神々しく光り輝いていた。
村中の畏敬と唖然の表情を集めながら、俺はタキオくんの元へ歩いていった。

「どういうことだ!?」

「女神様はこの男と一緒にいるのか?」

「ま、まさか予言の書の……!?」

「そうだ!女神様の光とともに……!」

村人たちの言葉はあんまり耳に入ってこなかった。
俺は村人の海を割って歩くモーゼだった。
タキオくんの瞳にはただ俺と俺の纏う光が映っていた。
さて後は、もう女神様じゃ処理しきれないこの魂だ。
俺はタキオくんのペンダントへ、スキル【分解】と【調合】を使っておばあちゃんの魂と魔力をその宝石に宿した。
宝石の色は緑からピンクに変わった。
儀式が【分解】を使っているのなら、【調合】もできるはずとは思ったんだ。
だけど明らかに俺はオルズさんの力を借りたんだと思う。



そしてペンダントをタキオくんに差し出し、俺は叫んだ。

「俺と一緒に行こう!タキオ!!」

タキオくんの瞳は俺の纏った魔力を反射して輝いている。
なるほど。この瞳で見つめられれば、誰だって旅に出ることを止められない。

「俺が!伝説の勇者だ!!お前は俺が守る!だからお前を!誰よりも遠くへ連れて行かせてくれ!!」

後から思えば、自分でもこんなセリフが出てきたのは驚きだった。
でもこれぐらいやって熱気に任せなければ、この事態は収まらない。
俺の正体が勇者だと宣言すれば、タキオくんを旅に連れ出しても文句は無いだろう。
そしてそれを、実力と特別っぷりの両面から証明できたのは村長さんの思いつきのおかげだ。

タキオくんは何も言わず微笑んで俺の手ごとペンダントを握り締めた。
村中の「ウオォー!」はピークに達した。
カノーさんは少し寂しそうな表情を浮かべたが、それは自分への孤独感ではなくタキオくんの急成長に向けられたものらしかった。
そう思えるような寂しそうな笑顔だった。
そう、あと気がかりなのはカノーさんだ。
村中の支援が受けられるのは良かったけど、寂しさはどうすればいいんだろう。



とにかく昇天の儀式は、新しい冒険者の誕生祝いと伝説の勇者降臨式も兼ねて終わった。
女神様は群がる村人達のイメージを壊さないように、時計に引きこもったままだった。

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