上 下
6 / 38
第1章 : 慣れろ!てつお

第3.5話「来る日も来る日も」

しおりを挟む

私はカノー。タータケの村で、パン屋“オルズ”を切り盛りしてるの。
タキオがよく働いてくれてるおかげで、それと村の皆が優しくしてくれるおかげで、どうにか暮らしていけています。

ふう、今朝の分のパンも作り終わったわ。
それにしてもあの人、大丈夫かしら?タキオがいきなり人を抱えて帰ってくるんだもの、びっくりしちゃった。
タキオったら、あれほど森に行っちゃダメって言ったのに!しかもそれで他人様を傷つけちゃったんだからどうしようもない!
お尻ペンペンをもう少しキツくした方がよかったかしら。
でもあんなに熱心に看病してるし、大目に見てあげましょ。



それにしてもあの人、どこのどういう人なのかしら?多分あの人が倒したのって、森の主なのよね。昨夜もお隣さんのゴリシモさんが、

「いきなり経験値が入ってきた!森の主が死んだんだ!」

って大騒ぎしてたし。
そう考えると凄いわよね、あの人。長年に渡って村中の男の人が総出で戦ってた森の主を、あの若さで倒しちゃうなんて。
ジュークもあの魔物に一生残る傷を負わされちゃったのに。
しかも特に傷を負ってるわけでもなく、何故か倒れてたわけだし、無傷で倒しちゃったのかしら?
あとで“マナイバ”をかけさせてもらえないかしら。ちょっと可愛い顔立ちしてるし。うふふ。



昨夜のドタバタした感じ、お母さんとお父さんが生きてた頃を思い出すなぁ。
五年前の魔王軍との戦いで二人とも死んじゃった知らせが届いた時も、私はこうやってパンを作ってたのよね。
あれから私のパンは美味しくなったのよ。食べてほしいなぁ。
おばあちゃんが倒れちゃった日も私はパンを作ってたっけ。おばあちゃんも食べられるように、ふんわり焼くコツを掴んだ日だったのよね。もう一回食べてくれないかしら。



それにしても私、来る日も来る日もパンを作ってるのね。
だから毎日おばあちゃんにパンのことしか話してないの。
他に話すことといったら、果物屋さんのショツミさんとの世間話とか、ジュークは今どこで何をしてるか心配だわとか。タキオは毎日頑張ってくれてるとか。
私の日々はパンと村の人たちでいっぱいなの。
それでいいとずっと思ってたけど、おばあちゃんに毎日同じことを話してると、少し不安になるの。あたしってちゃんと生きてるのかしら?

いけない、ついついよくない方に考えちゃったわ。だから夜って嫌いなの。
とにかくあの人が目が覚めるまでは看病しなきゃ!タキオの命の恩人ですもの。あたしにはやらなきゃいけないことがいっぱいあるんだから。
ちょっとだけ予言の書を読んで、今日はもう寝ましょう。



女神様はこの世界をお創りになりました。
最初に言葉を、次に光を、そして心をお創りになりました。
しかしこの時に嘘が、闇が、そして悪が一緒に生まれてしまいました。
この三つの負の命を晴らす為に、女神様は我々人をお創りになりました。
嘘に打ち勝つ妖精を、闇を破る獣人を、悪意を乗り越える人間をお創りになりました。
女神様は仰られました。
「いつか魔王が闇と嘘と悪意でこの世界を満たそうとするでしょう。あなたたち妖精と獣人と人間が力を合わせるなら、異なる世界からひとりの勇者が、私の光と共に現れて、魔王を倒すことができるでしょう」
そして、いつか現れる魔王と勇者の為に、女神様は我々に最初の呪文“マナイバ”を賜ったのです。
我々は“マナイバ”に映し出される時、女神様の光を浴びているのです。
“マナイバ”に嘘はありません。
“マナイバ”に悪意はありません。
常に自分に唱えた“マナイバ”に恥じぬように生きましょう。


ふう、もう寝ましょう。明日もパンを作らなきゃ。
“マナイバ”によると、あたしの職業はパン屋さんなんだし。
明日、あの人に“マナイバ”をかけてみようかしら。
職業は勇者様だったりして。
なーんてね。
しおりを挟む

処理中です...