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第1章 : 慣れろ!てつお

第3話「避けられないこと」

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第3話「避けられないこと」

防御壁を創り出す呪文がある。
“バーリア”だ。ここへの道中で教わった。
対象の周りに自分の魔力と魔法耐性、防御力に応じた強度を持つ防御壁を張れる。
俺はそれを唱えて魔物から少年を防いだ。
これでこの子が魔物によって殺されることはないだろう。
しかし俺は魔物を倒せない。
この少年は俺の防御力を超えた力でなければ防御壁から出られない。

HP回復呪文がある。
“チュー”だ。道中で教わった。
対象に向かって唱えることで自らの魔力を送り込み、それを肉体として変換して傷を癒す呪文だ。
俺はこれを唱えて、俺の生み出した“バーリア”にぶち当たって傷ついた少年の傷を癒した。
しかし、この子が傷ついて痛みを感じたことは変えようがない事実だ。
もしも万が一死んでしまったら生き返らせることはできない。
死んだ者を生き返らせる呪文はない。道中で教わった。
それ以前に、俺は村の外から魔物と共に現れた男だ。
その男が魔物を倒さないよう倒さないよう回りくどいことをしていたらこの後村の人にどう思われることか。

俺の慢心と油断から誘い出してしまった魔物が、目の前の少年を死の危険に追いやっている。
この10歳ぐらいの男の子は声を出すことすらままならないほど、防御壁の中ですくみ上がっている。
俺は覚悟を決めた。そうするしかなかった。

「女神様、俺はこいつを倒す!」

少年と同じぐらいすくみ上がってしまった女神様は、この声で我に返ったのか、声を裏返した。

「ヘッ!?で、でも経験値!」

「……これはイベント戦なんだ!避けられない戦い!そう思うしかない!」

俺は覚悟を決めた。こいつを倒す!殺す!
こいつの経験値を甘んじて受けてやる!
「二度と調子に乗らない」って教訓を経験値という数字としてステータスに刻み込んでやる!ちょっとぐらい能力値が下がっても、まあ大丈夫だろ!

目の前のタカとクマが混じったようなモンスターは跳び上がり、翼を大きく広げ俺めがけて突進してきた。
言うまでもなく、こいつを倒すのは簡単だった。
倒さずに切り抜ける労力に比べれば、こんな風に拳ひとつでいいのだ。すると敵は跡形もなく弾け飛んでしまうんだから。

モンスターと俺とのすれ違いは、周りから見れば一瞬の出来事だったらしい。
俺に飛びかかってきたモンスターは、あっという間に肉片と経験値になって飛び散った。
かつてこのモンスターにダメージを与えた人々の元へ、経験値が降り注ぐ。
そしてとうとう、俺の元へ経験値が降ってきた。

「……“マナイバ”」
ステータスがどれほど下がったのかを確認するために、俺は“マナイバ”を唱えた。
まあ、レベルが1や2上がったところで、難易度は大きく上がらないだろ。
俺が慢心と油断をすぐさま再発させた瞬間、全身に激痛が走った。
歪んだ景色に浮かぶステータスを見ることもままならず、俺は倒れ伏した。

名前:てつお・さとう
レベル:3
HP:925
MP:925
攻撃力:90
守備力:90
素早さ:90
魔力:90
魔法耐性:90

「ぐああああああっ!?うわああああ……!!」

痛みで意識が遠のく。景色が歪む。
少年にかけた“バーリア”はこのショックで解除されたのか、彼は心配そうに俺の元へ駆け寄ってきた。
凄まじい痛みが身体の内側に響く。胃袋に穴が空いて、その穴めがけて内臓が全て落ちていくかのような感覚だった。
今まで生きていてこんな痛みは初めてだった。
俺が覚えているこのシーンは、ここまでだ。





どれぐらい眠ったのだろう。俺は柔らかいベッドの中にいた。
多分今は朝なんだろう。鳥の鳴き声が聞こえる。高い窓から日が差している。
今までのことは全部夢だったのかな?
ホッペをつねるために、俺は唱えた。

「……“マナイバ”」

少し下がった俺のステータスが表示された。夢じゃなかったらしい。女神様の甲高いダミ声が聞こえてきた。

「あ!目が覚めたのネ、よかった……」

掛け布団と俺の胸の隙間から、女神様が心配そうに顔を出した。
女神様と布団の中で密着している身体よりも、気になるのは時間だった。
どれぐらい眠ってしまったんだろう。
こっちの一年は向こうの一日。場合によっては俺には時間がない。

「俺……どのぐらい眠ってた?」

「え、一晩よ一晩……」

ズコーッ。案外ケロッとしてんな俺。

「あ、そんなもんなの……でも何で俺は気絶しちゃったんだ?」

「私もあんな規模の現象見るのは初めてだったわ……アレね、最大HPと現HPのイザコザから起こるのよ」

「あー、そういえばノーダメージのままレベルが上がって、最大HPは全角で70ぐらい減ったのか」

「そう、だからそのギャップを無くすために、半角で言うと70万のダメージがあなたの身体に降りかかったワケね。分かりやすく言うと、チャリ飛ばしてたら突然チャリが消えたって感じ。当然、本来人体に出せるワケがないスピードで地面に激突しちゃうでしょ?」

多分適切な説明なんだろう。
だけどあんなに痛い思いをした人に対しては不適切な語り口じゃないか?
チャリて。あの痛さはそんなもんじゃなかったぞ!
まーいいや。

「回復魔法を過剰にかけちゃった時に起こる現象なんだけど……あんたの場合数字がかつてないほどデカかったからあんな事になったのよ。防御力とか魔法耐性がまだまだ高かったから一日やそこらの気絶で済んだのネ。でもあの痛みで死ぬことはないから安心してしていいわ。現HPは絶対に残ってるワケだしネ」

なるほど安心だ。これからはレベルが上がる度にあんな死ぬ思いをするワケか。
高い授業料だったけど、おかげさまで考え方が変わった。低レベルクリアに慢心と油断は禁物だ。

「ところで……ここどこなの?誰の家?」

俺が尋ねると女神様は階段を指差しながらまたベッドの中に隠れた。

「あ、それは……って来たわよホラ、あの子の家」

階段を駆け上がる足音が聞こえた。例の少年のおかっぱ頭がひょこひょこ上がって来た。
無事だったのか。よかったよかった。

「あ!やっぱり目が覚めたんだ!よかった……」

少年は目を輝かせて言った。
一晩とはいえ看病をさせてしまったらしい。お礼言わなくちゃな。

「ありがとう……ケガは無かった?」

「うん、大丈夫だったよ……お姉ちゃーん!あの人が目を覚ましたよ!」

少年は階段の下へ叫んだ。お姉ちゃんとやらにもアイサツしとこうかな。

「今から朝ごはんなんだ!おいでよ!」 

少年に言われるままに、少しフラつきながら身体を起こした。
胸のところにいた女神様は身体を転がり落ちて、股間に収まってしまった。

「ウゥッ……!」

思わずうずくまった俺を、心配そうに少年が覗き込む。

「大丈夫?やっぱりまだ痛むの……?」

「だ、大丈夫だよ!今に煙みたいに消えちゃうから!ハハッ!」

この合図で、ようやく女神様は煙になって懐中時計に入った。あ、あぶねぇ。

「……フゥ、ホラな!」

「よ、よかった……じゃあ下に降りよう?お姉ちゃんがご飯用意して待ってるよ!」

無事ベッドから降りた俺は、少年に導かれるままに階下に降りた。
すると、女神様の声が頭の中に響いた。

『……あたしはこのまま時計の中入っとく。またさっきみたいになったら面倒だし』

声は少し怒り気味だった。
ちょい気の毒だけど、確かに時計の中にいてもらわないと何かと面倒そうだ。

『……ご飯、忘れずに入れなさいよ』

「分かってるって」

「え?何が?」

どうにかごまかしながら、俺は階段を下っていった。


「あら、もう具合は大丈夫なの?」

一階に着くと、お姉ちゃんとやらが迎えてくれた。
待て待て!アリかよこんなん!
パッチリと開いた目、澄んだ赤茶色の瞳、長い睫毛、栗色の巻き毛、綺麗な肌!肉厚の唇!
び、美人だ!生まれて初めて見た!
そしてボロボロで厚手のエプロンでもボディラインが分かってしまうほどの豊満なバスト!そのくせ肩幅や全体的なシルエットは細っそりしてやがる!
ナイスバディだ!多分向こうの世界でも見たことがない!
同じ姉を持つ身として、この少年が妬ましくなった。
そんな嫉妬を頭の片隅にも想像していないであろうナイスバディ姉ちゃんが可愛らしい声で話し始めた。

「よかったわ……あたしはカノーよ。森でタキオを助けてくれたんでしょう?本当にありがとうございます……ほらタキオ、あなたもお礼を言いなさい」

ほーん、この妬ましいクソガキはタキオというのか。

「うん……本当にありがとう。身体が悪そうなのに僕を助けてくれるんだもの。お兄ちゃんって凄く優しいんだね」

うんうん。とても素直で良い子だなタキオくんは。クソガキとか思ってゴメンよ。

「いえいえ、お礼を言うのはこっちッスよ。マジで、あ、いや本当にその、倒れちゃったじゃないですか僕」

【敬語】というスキルをマスターしてればよかったのに。情けない。
向こうの世界でも敬語が苦手でよく怒られていた。

「自分の身を顧みずにこの子を救ってくださったんでしょう?まるで予言の書に出てくる伝説の勇者様みたいじゃない!でも、無理はダメですよ」

うーん、ある意味間違ってないか。
予言の書って何だろう?まあいいや、また後ほどで。
それにしても美人だ。目がまともに合わせられない。

「お姉ちゃん、お腹すいたよ!朝ごはんにしようよ」

「そうね、あなたも食べてね。うちのパンで申し訳ないけれど……」

「とんでもないッスよ!ありがとうございます。いただきます」

こうして俺はこの世界の最初の夜をすっ飛ばして朝を先に味わった。
いつもコンビニで買って食べるようなパンじゃなくて、ドッシリ腹に来る感じの、少しヌトッとした食感のパンだった。
美味しい美味しくないよりも、食糧補給をしてる感じが凄かった。
ちょっとRPG風の世界の現実にガッカリしつつも、幸せな食事だった。
テーブルをみんなで囲む。昨日までは見飽きた家族の顔と、でも今はナイスバディ美人と素直なおかっぱ少年の顔と。

家の造りも全然違う。
奥の方にパンを作る作業場がある。
窓はガラスじゃなくて木の板が上下に動くタイプ。
入り口にはカウンターとパンが大量に並んでいる。
パン屋なのかな?さっきも“うちのパン”って言ってたし。
そしてテーブルから見て右側のほうにもう一つ部屋がある。
俺の一連の目の動きを見てか、カノーさんが話しかけてきた。

「あの部屋には……おばあちゃんが寝てるの」

「あ、そうなんスか。後でまたご挨拶を……」

そう返すと、明らかに変な空気になった。
沈黙。辛そうなカノーさん。き、気まずい。
タキオくんが沈黙を破る。救世主よ!

「おばあちゃん、ちょっと前からずっと寝てるんだ。スープもひとりじゃ飲めないんだよ」

あ、地雷踏んだ。気まずっ……
あ、そんな節目に居合わせちゃったんだ。
俺のばーちゃんは向こうの世界でピンピンしてるのに。髪の毛も緑と紫に染めてたな。

「……なんかごめんなさい」

「……いいのよ、もう長くないんですって。どこの家もいつかは起こることだわ。……避けられないことってあるわよね」

「村長さんがね、おばあちゃんはもうすぐ遠くに行っちゃうからいっぱいお話してあげなさいって。だから僕、おばあちゃんに聞かせるお話を探してるんだ」

「…………」

き、気まずい。昨日の明るく楽しいRPG風の世界はどこに行ってしまったんだろう。
全部あのタカクマのせいだ。名前何だアイツ。

そういえば俺、あっちの世界だと植物人間なんだっけ。こんな風に心配かけてんのかな。
なんて考えてると、またもタキオくんが沈黙を破った。

「お兄ちゃん、“マナイバ”唱えてもいい?」

「こら、失礼よいきなり!」

「へっ?あ?うんもちろんいいよ?」

とうとう異世界な価値観が出てきたな。
この世界での“マナイバ”ってどんな扱いなんだろ?名刺交換みたいな?
とにかくいきなり人に唱えたら失礼にあたるのは理解したぜ少年よ。ありがとな。

そうね、とりあえずステータス見てビビってもらおうか。湿っぽい話はもう飽きたよ。
タキオくんの声変わり前の微笑ましい声で“マナイバ”が唱えられた。見慣れた全角のステータスが並べられていく。さぁ驚け!見たこともない数字にな!

「あ、あれ?えと、その……ごめんなさい」

ん?

「でもスキルは凄いよ!こんなにたくさんのスキル見たことない!全部ほとんど極めてるし」

あれ?何にフォロー入れてんの?
まずはステータスに驚くもんじゃないの?
下がったとはいえ90万台の数字が並んでんだよ?

「あの、何だかごめんなさいね……でもまだ若いんだし、ちょっとぐらい小さくても大丈夫よ!」

え?小さいの?何が?ナニが?そんなわけねぇ。
いやでかいでしょこれ?え?

俺の困惑が伝わってきたのか、時計の中の煙がまたテレパシーで話しかけてきた。

『だいたいの人は全角の表示を見ることなく一生を終えちゃうのよ……だから半角でのその数字だと思われてるんだわ』

なるほどね、そりゃこういう反応ですわ。

「でもお兄ちゃんは森の主を一発で倒しちゃったんだよ!やっぱり凄い人なんだよきっと!」

あ、あのタカクマ、森の主だったんだ。
そうだ、実際の表示がそのまま正しい評価とは限らないぜ少年よ。俺がこの村に来たのだって……
そうだよ、おかしなステータスの持ち主がこの村にいるんだった。
だからこの村に来たんだったわ。
完全に忘れてた。

「ありがとう、あのさ、俺も“マナイバ”唱えてもいいかな?」

人に“マナイバ”をかける練習もしとかないと。

「うん、いいよ!僕、そんなにスキルレベルが高い人から“マナイバ”唱えてもらうの初めて!」

「照れるなぁ。えー、では、“マナイバ”!」

防御魔法や回復魔法を唱えるのと同じ要領だった。思ったより簡単だな。


名前:タキオ・ノア
レベル:8
HP:1050
MP:1800
攻撃力:140
防御力:120
素早さ:150
魔力:210
魔法耐性:250


「恥ずかしいなぁ……僕、学校じゃ落ちこぼれだったから」

「まだまだこれからよタキオは。“マナイバ”は誰よりも上手かったじゃない」

半角の数字が並ぶ。
あー、落ちこぼれでこの数値かぁ。俺めちゃくちゃ雑魚に見えたんだろうなぁ。恥ずかし。
すると、俺はまたあの感覚を感じた。全世界の大きな力があちこちで動き回っている。
そしてあの奇妙なステータスは、目の前にいるらしい。
この子だ。間違いなくこの子から感じる。
何故だろう?この謎の存在感の正体を探るべく、俺はタキオくんのスキル欄を見た。
実はこの世界に来て初めてじっくり見るスキル欄だ。

スキル:
【マナイバ:レベル31】
【炎熱魔法:レベル2】
【氷結魔法:レベル1】
【電撃魔法:レベル3】
【究極魔法:レベル0】

「……究極魔法?」

俺は思わず口に出してしまったらしい。
それにしても何だこれ?レベル0って何だ?
習得してないんなら表示されないんじゃないの?俺にあるはずの【盗む】とか【拳闘術】は表示されてないし。

「え?究極魔法?僕のスキルにそんなのがあるの?」

「“マナイバ”のレベルが高い人が言うんだから間違いないんでしょうけど……この子がそんなものを?」

戸惑う二人。俺も何がなんだか。
ただ何回見ても間違いなく表示されている。
俺の“マナイバ”のせいとは思えない。
この子から感じる謎の存在感の正体はこれか。
とにかく、変なステータスの持ち主は素直な良い子のタキオくんだった。
もっと恐ろしい敵がこの村にいるのかと思ったよ。
各地の強者たちもこんな感じだったらいいのになぁ。



それからしばらくは食器の片付けをしながら色々と話をした。
タキオくんは今9歳で、来週には10歳。首都の学校に通ってたけどおばあちゃんの危篤でこの村に戻った。
この店の名は、大魔法使いだったおばあちゃんからとった名前“オルズ”だ。
この家族にとっておばあちゃんの存在がどれほど大きいかが分かる。面倒くさいシーンに巻き込まれた。

朝の諸々が終わると、タキオくんはカゴとメモを持ってパンの配達へ駆けて行った。
は、働いている……!この歳で……!
俺なんか学校行って帰ってポテチ食べてゲームして。
高校生でそれなのに、タキオくんはなんて偉いんだ……!

「おばあちゃん、行ってくるね」

タキオくんはおばあちゃんにお出かけの挨拶をしていた。
俺は何故か物陰に隠れてこっそりと、おばあちゃんに“マナイバ”をかけてみた。

名前:オルズ・ノア
職業:大魔法使い
レベル:85
HP:900
MP:9450
攻撃力:50
防御力:70
素早さ:20
魔力:8600
魔法耐性:8900
スキル:
【マナイバ:レベル48】
【炎熱魔法:レベル30】
【氷結魔法:レベル31】
【電撃魔法:レベル38】
【防御魔法:レベル42】
【回復魔法:レベル50(マスター)】
【支援魔法:レベル50(マスター)】
【分解:レベル30】
【調合:レベル33】
【潜伏:レベル10】
【逃走:レベル26】

肉体的な能力値はボロボロだったけど、魔法面は寝たきりの老人とは思えない。立派なものだった。
ただ気になるのは二つ。
まず、【究極魔法】というスキルはやはり書かれていなかったこと。これほどの魔法使いでも会得どころか表示すらされていないのか。
そしてもう一つは、HPの最大値がみるみるうちに下がっていくことだった。これが0になった時が、つまり……

それにしても立派なスキルがずらりと並んでいた。【炎熱魔法】や【電撃魔法】のレベルに比べて【防御魔法】や【回復魔法】のレベルが高かった。きっと優しい人だったのだろう。
そして、“マナイバ”をほぼ極めていた。この世界での“マナイバ”の扱いを考えるに、多くの人に出会い多くの人をしっかりと見つめてきたということになる。
ステータス画面は、その人の人生をしっかりと反映していた。

 俺は自分にも“マナイバ”を唱えた。
全てのステータスとスキルレベルで、この寝たきりの大魔法使いを上回っている。
なのに何故か敗北感でいっぱいだった。遠くに感じるステータス達にも劣等感を覚えた。
俺のステータス画面は俺の何を反映してる?
何をしたからこんな能力値を手に入れた?
何もない。俺にはまだ何もなかった。



俺が惨めな気持ちになっている間も、タキオくんの話し声が聞こえてくる。

「おばあちゃん、今日は凄い人に会ったんだよ。僕を助けてくれた人だよ。きっとおばあちゃんもこの人のステータスを見たらビックリするよ」

そうだな、ビックリするだろうな。
……でも多分このおばあちゃんが俺に“マナイバ”をかけることはないだろう。
俺の“マナイバ”のレベルは何故か高いんだ。
無理だよタキオくん、おばあちゃんは、多分もう……

「だから早く目を覚ましてね!それじゃあ行ってきます!」

そう言うと、タキオくんはカゴを持って家を飛び出していった。
俺は懐中時計を口元に近づけて聞いた。

「……あのおばあちゃんを治せそうなスキルってないのか」

女神様は少しフタを開けた。

「……無理ね。治すも何も、あれは寿命だもん……分かるでしょ。そこはこっちも同じよ」

「俺を死なせずに召喚した女神様でもやっぱり無理なのか」

「……無理なの」

「この世界に召喚された俺が今ここにいるのに!?無理なのか?なんで!?」

少しイライラして声を荒げてしまった。
それを諭すように、冷静な声が返ってきた。

「魔王はこの世にとって無理のある存在なの。だから異世界のあなたを召喚する歪みが生じてた。だけどあのおばあちゃんに、あのおばあちゃんに今から起こることのどこに無理があるの?」

「でも……!」

「……避けられないことってあるわよ」

俺は無力だった。どうしようもないほどに。
歪みに生じてこの世に来ただけの俺と、立派に生きてみせた生涯をこれから閉じるだけのおばあちゃん。
仮初めのステータスが恥ずかしくて仕方がなかった。

「俺、この人の最期を看取りたい。ダメかな?」

「……いいんじゃない?それで経験値が入るわけじゃないし」

ちょっと冷たいぜ女神様。
数字として残らなくても、俺には立派な経験値だと思う。
しばらくここにいよう。それで俺のステータスを、ちょっとでも俺のものにしたいんだ。
この人が生きている間に!
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