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 7年前、父が急死した。私が小学校に入る直前のことだった。
 実の母はそのさらに前、私が2才の頃に死んでいるのであまり顔は思い出せない。
 だから父が死ぬ1年前にお母さんを「新しい母親だ」と言って連れてきた時も、実はそれほど抵抗はなかった。若くてきれいな新しいお母さんの存在を素直に喜んでいた。
 父はイタリアンのレストランを経営していた。オーナー兼シェフだったのだ。店が実はあまり流行っていなかったのを知ったのは、父が過労で死んだあとのお葬式での出来事だった。
 今でも決して忘れられない光景がある。
 


「京子、いい? 蓮司さんのイタリアンレスランは全然うまくいってなかったの。遺産や保険金で借金を全部払ったら、家も何も残らないのよ」

 そう話すのは、喪服に身を包んだ女性。実年齢よりはるかに美しいが、錐のように冷たい雰囲気だった。お母さんの実の母親だが、私がおばあちゃんと呼んだことはない。たぶんこれから先も呼ぶことはないだろう。

「アパートを借りて住むという手もあるし」

 お母さんがさらりとした声で言い返した。

「あのね、京子。あなたはまだ若いのよ。そんな苦労をすることはないの。実家にもどってらっしゃい」
「この子を育てるにはこっちにいるほうが都合がいいので」

 その場にいる全員が笑った。お母さんと私以外。

「まだあなたの子じゃないでしょ。あなたとの養子縁組の手続きはまだ完了していないもの」
 
 その言葉の意味は正確には分からなかったが、とても残酷な響きに聞こえた。なにか私の身にとんでもないことが起ころうとしていることだけは分かった。
 私は無意識のうちにお母さんの服の裾に掴まっていた。
 怖くてたまらなかなった。
 何かに掴まってないと、足元から崩れていきそうだった。
 誰も私には目を向けなかった。
 お母さんだけは私の方を見た。私の手にそっと手を重ねて言った。私が決して忘れることのない言葉を。
 
「もう母親なの。この子に初めて会った時から、母親なんです」
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