2 / 8
2.
しおりを挟む
7年前、父が急死した。私が小学校に入る直前のことだった。
実の母はそのさらに前、私が2才の頃に死んでいるのであまり顔は思い出せない。
だから父が死ぬ1年前にお母さんを「新しい母親だ」と言って連れてきた時も、実はそれほど抵抗はなかった。若くてきれいな新しいお母さんの存在を素直に喜んでいた。
父はイタリアンのレストランを経営していた。オーナー兼シェフだったのだ。店が実はあまり流行っていなかったのを知ったのは、父が過労で死んだあとのお葬式での出来事だった。
今でも決して忘れられない光景がある。
「京子、いい? 蓮司さんのイタリアンレスランは全然うまくいってなかったの。遺産や保険金で借金を全部払ったら、家も何も残らないのよ」
そう話すのは、喪服に身を包んだ女性。実年齢よりはるかに美しいが、錐のように冷たい雰囲気だった。お母さんの実の母親だが、私がおばあちゃんと呼んだことはない。たぶんこれから先も呼ぶことはないだろう。
「アパートを借りて住むという手もあるし」
お母さんがさらりとした声で言い返した。
「あのね、京子。あなたはまだ若いのよ。そんな苦労をすることはないの。実家にもどってらっしゃい」
「この子を育てるにはこっちにいるほうが都合がいいので」
その場にいる全員が笑った。お母さんと私以外。
「まだあなたの子じゃないでしょ。あなたとの養子縁組の手続きはまだ完了していないもの」
その言葉の意味は正確には分からなかったが、とても残酷な響きに聞こえた。なにか私の身にとんでもないことが起ころうとしていることだけは分かった。
私は無意識のうちにお母さんの服の裾に掴まっていた。
怖くてたまらなかなった。
何かに掴まってないと、足元から崩れていきそうだった。
誰も私には目を向けなかった。
お母さんだけは私の方を見た。私の手にそっと手を重ねて言った。私が決して忘れることのない言葉を。
「もう母親なの。この子に初めて会った時から、母親なんです」
実の母はそのさらに前、私が2才の頃に死んでいるのであまり顔は思い出せない。
だから父が死ぬ1年前にお母さんを「新しい母親だ」と言って連れてきた時も、実はそれほど抵抗はなかった。若くてきれいな新しいお母さんの存在を素直に喜んでいた。
父はイタリアンのレストランを経営していた。オーナー兼シェフだったのだ。店が実はあまり流行っていなかったのを知ったのは、父が過労で死んだあとのお葬式での出来事だった。
今でも決して忘れられない光景がある。
「京子、いい? 蓮司さんのイタリアンレスランは全然うまくいってなかったの。遺産や保険金で借金を全部払ったら、家も何も残らないのよ」
そう話すのは、喪服に身を包んだ女性。実年齢よりはるかに美しいが、錐のように冷たい雰囲気だった。お母さんの実の母親だが、私がおばあちゃんと呼んだことはない。たぶんこれから先も呼ぶことはないだろう。
「アパートを借りて住むという手もあるし」
お母さんがさらりとした声で言い返した。
「あのね、京子。あなたはまだ若いのよ。そんな苦労をすることはないの。実家にもどってらっしゃい」
「この子を育てるにはこっちにいるほうが都合がいいので」
その場にいる全員が笑った。お母さんと私以外。
「まだあなたの子じゃないでしょ。あなたとの養子縁組の手続きはまだ完了していないもの」
その言葉の意味は正確には分からなかったが、とても残酷な響きに聞こえた。なにか私の身にとんでもないことが起ころうとしていることだけは分かった。
私は無意識のうちにお母さんの服の裾に掴まっていた。
怖くてたまらなかなった。
何かに掴まってないと、足元から崩れていきそうだった。
誰も私には目を向けなかった。
お母さんだけは私の方を見た。私の手にそっと手を重ねて言った。私が決して忘れることのない言葉を。
「もう母親なの。この子に初めて会った時から、母親なんです」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
【完結】亡き兄の忘れ形見を引き取りたい?消えろ
BBやっこ
大衆娯楽
養子という形で、貴族の家にきた少女。
人形のように綺麗だが、あまり表情が動かない。「動くのがはしたないと習いました。」
一日中部屋にいろという教育を受けたらしい。兄の子の生活はどうなっていたのか?
疑惑とともに生活環境を健康的なものにかえ、やっと笑顔を見せてくれるようになった矢先。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる