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深くて広い海
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モリーはとあるオウムから、その医者の話を聞いたらしい。その医者は動物の言葉がわかるので、世界中からケガをしたり病気になった動物たちが自力で、あるいは飼い主に引き連れられて(時には飼い主を引き連れて)やってくるのだそうだ。ローズのことも、その医者にみせればきっと良くなると、モリーはそう信じていた。
ローズとモリーの母娘は、話し終わると暗闇の中に消えていった。明日、自分たちの田舎へと帰るらしい。
「ジャックさん、私たちもいつか海の向こうの国に必ず行くからね」
モリーはそう言い残していった。
母娘が消えたあと、ジャックはますます眠れなくなった。
倉庫の片隅をぐるぐると歩き回りながら、ジャックはブツブツとつぶやいた。
「なんで船に乗るのにチーズが必要なことも知らないんだ」
ジャックはまたブツブツとつぶやいた。
「動物の言葉が分かる人間の医者なんて聞いたこともない」
ジャックはさらにブツブツとつぶやいた。
「ああいう田舎者にはうんざりさせられるね、まったく」
だがつぶやけばつぶやくほど、ジャックの心は冷たく、重くなっていた。
ジャックはついにつぶやくのも、歩き回るのもやめた。
その頃には、尻尾がほうきのようにさんざん床を掃いたので、足元はすっかり掃除されてしまっていた。
気がつくと嵐はやみ、朝になっていた。
ジャックは倉庫の床下から這い出し、外へと出た。
ジャックはこれまで何度もこの港に来ていたが、これほど美しい海をみるのは初めてだった。
どこまでも広がる海。
朝日を浴びてキラキラと光ってる海。
海面が波立つたびに、キラキラがまるで星屑のように、いたるところでまたたいていた。
いつの間にかジャックの心は、ちょうど目の前の海のように落ち着いていた。
ジャックがふと振り返ると、ローズとモリーの母娘がいた。港から朝一番に出発するバスを目指しているところだった。
バスは今にも発車しそうだったが、ローズは病気のせいか足元がふらふらしてしまい、なかなか前に進めない。モリーが懸命にローズの身体を支えているが、なにせまだほんの子供にすぎない。おまけに前日降った大雨のせいで、あちらこちらに水たまりができており、2匹は何度も足をとられつまづいてしまう。
「待って、待って。もうつくから」
モリーは声をあげながら、一生懸命母親を支えている。
やがて2匹は全身泥だらけの、まるで倉庫の片隅に置かれている、雑巾がわりのボロくずの固まりのような姿になってしまった。
それでも2匹は、一歩一歩確実にバスに近づいている。
だがついにバスはクマネズミの母娘を残して、走り去ってしまった。
申し訳なさそうにうつむくローズ。
その背中を、モリーがそっとなでている。
なぜかジャックは、その光景をみているうちに胸がざわざわしはじめた。
そのざわざわはしだいにジャックのヒゲ先から尻尾の先へと広がっていった。
しばらくの間クマネズミの母娘を見ていたが、次の瞬間、ジャックは弾かれたように走り出すと倉庫の床下を目指した。
まるで海の向こうの国に、走ってたどり着こうとしているかのように。
ローズとモリーの母娘は、話し終わると暗闇の中に消えていった。明日、自分たちの田舎へと帰るらしい。
「ジャックさん、私たちもいつか海の向こうの国に必ず行くからね」
モリーはそう言い残していった。
母娘が消えたあと、ジャックはますます眠れなくなった。
倉庫の片隅をぐるぐると歩き回りながら、ジャックはブツブツとつぶやいた。
「なんで船に乗るのにチーズが必要なことも知らないんだ」
ジャックはまたブツブツとつぶやいた。
「動物の言葉が分かる人間の医者なんて聞いたこともない」
ジャックはさらにブツブツとつぶやいた。
「ああいう田舎者にはうんざりさせられるね、まったく」
だがつぶやけばつぶやくほど、ジャックの心は冷たく、重くなっていた。
ジャックはついにつぶやくのも、歩き回るのもやめた。
その頃には、尻尾がほうきのようにさんざん床を掃いたので、足元はすっかり掃除されてしまっていた。
気がつくと嵐はやみ、朝になっていた。
ジャックは倉庫の床下から這い出し、外へと出た。
ジャックはこれまで何度もこの港に来ていたが、これほど美しい海をみるのは初めてだった。
どこまでも広がる海。
朝日を浴びてキラキラと光ってる海。
海面が波立つたびに、キラキラがまるで星屑のように、いたるところでまたたいていた。
いつの間にかジャックの心は、ちょうど目の前の海のように落ち着いていた。
ジャックがふと振り返ると、ローズとモリーの母娘がいた。港から朝一番に出発するバスを目指しているところだった。
バスは今にも発車しそうだったが、ローズは病気のせいか足元がふらふらしてしまい、なかなか前に進めない。モリーが懸命にローズの身体を支えているが、なにせまだほんの子供にすぎない。おまけに前日降った大雨のせいで、あちらこちらに水たまりができており、2匹は何度も足をとられつまづいてしまう。
「待って、待って。もうつくから」
モリーは声をあげながら、一生懸命母親を支えている。
やがて2匹は全身泥だらけの、まるで倉庫の片隅に置かれている、雑巾がわりのボロくずの固まりのような姿になってしまった。
それでも2匹は、一歩一歩確実にバスに近づいている。
だがついにバスはクマネズミの母娘を残して、走り去ってしまった。
申し訳なさそうにうつむくローズ。
その背中を、モリーがそっとなでている。
なぜかジャックは、その光景をみているうちに胸がざわざわしはじめた。
そのざわざわはしだいにジャックのヒゲ先から尻尾の先へと広がっていった。
しばらくの間クマネズミの母娘を見ていたが、次の瞬間、ジャックは弾かれたように走り出すと倉庫の床下を目指した。
まるで海の向こうの国に、走ってたどり着こうとしているかのように。
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