一年B組探偵団と盗まれたルビー

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 玄関の前の大広間に通じる廊下に客室は三つ並んでいる。途中、部屋を出ていく牧本と米塚にすれ違ったので、一番奥の部屋が荒野霧江の部屋だと分かった。

 トントン。

「荒野さん、夜遅くにすみません。中学生の夢野乃愛です」
「葛城南です」
「あの……どうしてもおききしたいことがあって、いらっしゃいますか?」

 返事はない。
 誰もいない夜の廊下というのも、何だか背筋がぞくぞくするものがある。

「もう寝てるんじゃないの」
 
 今日は戻ろうといいかけたところで、中から霧江の声がした。

「入っていいわよ」

 乃愛は声に出さずガッツポーズをするとドアを開けた。
 部屋はあまり広くはなく、ベッドと備え付けの鏡で三分の二を占領していた。入口のドアを開けたすぐわきには洗面所と思しきドアがある。
 霧江はベッドの上に腰掛けていた。昼間みたときと同じワンピースを着たまま。なんか服の襟が乱れているような気もするけど。
 シャワーでも浴びようとしているところだったのかな? そう南は思った。だとしたらお邪魔もいいところね。南としてはやはりこんな時間に訪ねたことを申し訳なく思う気持ちがあったが、乃愛はおかまいなしにずんずんとすすんでいく。

「あ、あのこんな時間にすみません」
「乃愛ちゃんだっけ? 私に何か用かしら?」
「あの、私、芸能界でお仕事してるんですけど、霧江さんみたいにキレイな方見たことないんです。それでもし美容法とか、つねに気をつけていることとかあったら教えてほしいんです」
「私がみたところ、あなたはもう十分かわいいわよ。むしろ中学生の頃は美容とか過度に気にしないで、のびのびと生活したほうがいいんじゃないかしら?」

 そういって微笑む霧江は、南や乃愛の目に反則なくらい美しくきらめいていた。ただそれは太陽のような眩しさではなく、月の光のような淡く儚いきらめきだった。

「芸能界っていくらでもごまかしがきく世界なんです」

 乃愛の声が一段低くなったことに南は気づいた。

「化粧は特殊メイクなみに顔かたちを変えるし、写真を加工してスタイルをよくみせたり、奇抜なファッションや髪型をすることがかっこいいってみんなに思わせようとしたり、そんなことばっかり」

 乃愛は小さくため息をついた。霧江はじっと見つめたままだった。

「あなたみたいに本当にキレイな人がいるって知れて感動でした。そのことをみんなに知ってほしいんです」

 霧江はスッと目を細めた。その美しい瞳に影が差す。

「秘訣……そうね……私は太陽の下を歩かないことにしてるの。これまでも、そしてこれらからもそうよ。きっとね」
「……日焼けをしないってことですか?」

 乃愛の質問に霧江は優しく微笑んだ。

「それから夜ふかしもよくないわね。長い山道を登って来た上に、なれない場所に泊まることになって疲れたでしょ。今日はもう寝たほうがいいわ」
「わかりました。ありがとうございます」
「本当だったらシャワーでも浴びさせてあげたいところなんだけど」

 そういって霧江は洗面所のドアを顎でしゃくった。どうやらシャワーが併設されているらしい。

「着替や替えの下着を持ってきてないでしょ?」

 霧江が申し訳なさそうな口調でそういった。

「ああ、それなら松永さんに濡れたタオルを借りて汗を拭いたので大丈夫です」
「それならよかった」

 南の言葉に霧江はうなづいた。

「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ。また明日ね」

 部屋を出ると南は乃愛にいった。

「よかったじゃん。美容の秘訣がきけて」

 乃愛は先程までの楽しそうな顔とは違い、眉をひそめて答えた。

「……南ちゃん、日焼けには私だって注意してるわ。でも多分霧江さんがいったのはそういうことじゃない気がするの。どう思う?」

 南はなんといっていいかわからなかった。
 ただ、乃愛のいっていることは正しいような気がした。
 だから、かわりにもっとあたりさわりのないことをいうことにした。

「乃愛、気づいた? 霧江さん、五本指の靴下はいてたよ。案外それが秘訣なんじゃないの?」
「なるほど、五本指ソックスか。田舎のお婆ちゃんみたいだけど試してみる価値はあるわね」

 帰りの廊下を渡る途中、手に水の入ったグラスを持ちながらニヤニヤしている米塚や大広間でなぜか壁の絵をじっと見てる牧本とすれ違ったが、南も乃愛もなぜか少しも気にはならなかった。霧江の美しさに酔っていたのかもしれない。
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