一年B組探偵団と盗まれたルビー

white love it

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 その後牧本が、歩道を途中まで降りて警察を呼んだ。
 すでに和也たち四人の家族から捜索願いが出されていたこともあり、警察の到着はあっという間だった。
 その日のうちに四人をはじめ、牧本、米塚、松永も身体検査を受けたが誰からも盗まれた宝石は見つからなかった。屋敷の周りや車の中からも。どの部屋からも。
 相田正一の死はあくまでも病気となった。
 もちろん警察は逃げた荒野霧江を追ったが、その痕跡はまったく見つからなかった。ただ和也が担当の刑事からきいたかぎりでは、絶世の美女の怪盗が様々な宝石や美術品を盗み出したり、貧困家庭や障がいをもった子どもを援助する団体に寄付しているというのは一部では有名な話だったらしい。
 基本的に事件の真相は和也が推理したとおりだった。ただ一つ違う点があった。
 盗まれた宝石は『王家の涙』だけではなかった。
 ダイヤが何粒か盗まれていたことがわかったのだ。いずれも小指の先程の大きさだが、全部合わせれば一千万円ほどにはなるとのことだった。
 学校の新聞は結局、災害時に食べる食品の味や毛布の寝心地を書くことにした。



「乃愛、その後芸能の仕事は来てる?」

 学校から四人そろって帰っていると、南が乃愛にきいてきた。周りは森に囲まれて人通りはない、静かな道なので小声でも声が響く。

「ううん」

 乃愛は首を振った。

「でもオーディションをもう少し積極的に受けようかなって思ってるの。外国のも含めて」
「そっか。海外進出、いいんじゃない?」
「南ちゃんは? 勉強のほうはどうしてるの?」
「自習用の教材をそろえたりしてるけど、なかなかね。まぁ、地道に頑張ります」
「真は?」

 和也がきいた。

「結局学校の部活にも、どこのユースチームにも入ってないみたいだけど」
「ああ、それだけどな。オレも外国のチームを……」

 いいかけて真はピタリと足を止めた。つられて和也たちも足を止める。
 前方に一人、女性が立っている。両腕を組んだ姿で。
 ただのジーンズに薄手のカーディガンという姿だったが、スラリとしていてなおかつ女性らしいスタイルの良さが際立っている。

「まさか……あなたは……」
「一ヶ月ぶりね。元気にしてたかしら? 探偵団諸君」

 抜けるように白くきめ細かい肌。ゆるやかなウェーブを書いたつややかな黒髪。どこか憂いを感じさせる瞳。目の前に立つ女性は、これまで会ったどんな美女も霞むほど美しかった。

「荒野霧江さん……」

 四人はすぐに近寄った。相手がたとえ泥棒だろうと関係ない。今でも憧れの存在にかわりはないのだ。

「どうしたんですか? こんなところで?」

 乃愛が真っ先に口を開いた。

「警察に追われているんですよ。大丈夫ですか?」

 泥棒に向かって心配そうに話すその姿は、善良な市民といえるかは和也には疑問だった。

「ありがとう、乃愛ちゃん。大丈夫よ。私がここにいるのはね、あなたたちに話があったからなの」
「話……ですか?」
「和也くん。あなたの推理通り、私は『王家の涙』を盗んだわ。でも同じ金庫にあったからといって、盗んでないものまで盗んだといわれるのは心外なの」
「ダイヤのことですか? でもそれを何で僕たちに?」

 霧江はまっすぐに真を見つめた。だが真はすぐに視線をずらしてしまった。

「それは真くんにきいてくれる?」
「どういう意味ですか?」
「ダイヤを盗んだのは彼だからよ」

 霧江は呆然とする和也たちにはお構いなしに、話を続けた。

「おそらく彼は牧本さんが金庫を開けたときに、なかからダイヤを取り出したんでしょう」

 和也は思い出していた。確かにあの時、牧本が金庫を開けて中を確認した時、真は金庫のそばに真っ先に近寄っていた。でも……だけど……

「そしてダイヤを部屋のどこか、それこそ部屋の隅にでも転がしておいたのね。みんな死体に気を取られていたから、気づく人はいなかったはずよ。そしてみんなが寝静まった頃、あの荷物用エレベーターを使って部屋に行き、ダイアをとってきた。警察の身体検査で見つからなかったのは、多分ダイヤを飲み込んでいたからでしょうね。あのサイズなら十分飲み込めたはずよ。どうやって取り出しかといえば.....おおっと、これ以上はレディの口からはいえないわね」

 そういって霧江はおかしそうに笑う。
 その間、真は下を向いて黙ったままだった。
 何か、何か話さなきゃ……
 和也は必死に言葉を絞り出した。

「でも、真にあのエレベーターは使えないはずだ。重量制限があるもの」
「みんな、まだ気づかないの? 真くんが事件のあった次の日、なぜあれだけ腕立て伏せをして汗をかいたか。なぜ食欲がないといってほとんど飲食物を口にしなかったか?」
「ま、まさか……」

 和也はある想像に思い当たりハッとした。
 その想像を口にするのは怖かったが、霧江の目に見つめられると口にしないわけにはいかなかった。

「……体重を1kg落とすため。あの荷物用のエレベーターに乗るため」

 真は黙ったままだった。ただじっと空中の一点をみつめていた。だがついに話し始めた。

「今、ヨーロッパのサッカーチームが日本の子供を対象にした留学制度を開始しているんだけどな、費用は個人持ちなんだ。けっこうな金がかかる。さすがに親にもそこまでは頼めなくてな。あの時、金庫のなかにダイヤを見つけてとっさに手に取ったんだ。あとは霧江さんのいったとおりだ」
「真……」
「ごめん、みんな。それから」

 真は霧江のほうを向いていった。

「ごめんなさい。オレのせいで、あなたに濡れ衣をきせてしまうことになって」

 真はぺこりと頭を下げた。

「ダイヤはオレの家にあります。今から警察に渡しに行きます」
「ちょっと待って、真」
「そうよ、真くん。あせらないで」
「南、乃愛。オレ、お前たちのこと、すごいと思ってるよ。二人ならきっと夢をかなえられる。オレは意志が弱い人間んだ。二人ならきっと霧江さんみたいになれるよ。オレが目指したのは結局、相田正一みたいな男だったんだな」

 真はそういうと家のほうへ一人歩き出した。

「待ちなさい、真くん」

 突然、霧江が真を呼び止めた。

「実はあなたの家から、ダイヤモンドはもう盗み出してるの。机の一番上の引き出しの奥にしまってたでしょ。バレバレよ。今からこれを警察に返そうと思ってるの」
「え? 霧江さん、それはどういう……」

 それから霧江は真に顔をぐっと近づけた。そばにいる和也にも、霧江のさわやかな香りがただよってきた。

「警察には、ダイヤは私が盗み出したけど、好みの品ではないから返却するとそう伝えておくわ」

 霧江はそう言い残すとまたしても、ひらりと優雅な身のこなしで去っていった。
 あとには和也たち四人が取り残されているだけだった。

「またサヨナラいいそびれちゃったな」
 
 乃愛が寂しそうにいった。
 だが和也だけは、霧江が立ち去り際にこういうのをきいていた。

「探偵団諸君、また会おう」と。


                                     fin
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