一年B組探偵団と盗まれたルビー

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 乃愛の家は和也や真、南と同じごく普通の庭付きの一軒家だった。ただ塀がいくぶん高いのと監視カメラがついているのが特徴だった。家族は両親と乃愛の三人。乃愛の母親はむかし、ドラマや映画に脇役で出演したことがある女優だった。乃愛が美少女なのは遺伝に違いないと、周りの大人たちはみんないっていた。
 和也はそのときの映像をみたことはなかったが、今でも乃愛の母親はきれいなので、乃愛の家に遊びにいくのはいやではなかった。

「好きなところにすわってて。おやつ持ってくるから」

 乃愛の部屋に入ると、和也たちは思い思いの場所に陣取った。南はベッドの上に。真は勉強机のイスに。和也はテレビの前のクッションの上に。

「おやつ、これくらいしかなかった」

 そういって、乃愛がポテトチップスの入った袋を持ってきた。

「お母さんは?」

 和也がきいた。まだ家に来てから、一度も挨拶してないのだ。

「具合でも悪いの?」

 乃愛は和也のそばに座った。半分笑ったような、半分泣いたような不思議な表情だった。

「最近……ママとは口きいてないの。お互い、顔をみないようにしてて、冷戦状態ってやつ」
「なにかあったのか?」

 真がたずねた。
 乃愛は軽く深呼吸をした。

「少し前に、あるドラマの話があったんだけど、その監督っていうのがちょっと変なやつでね。撮影中、やたら若い女の子の身体に触ろうとするの」
「最低ね」

 南がうんざりした顔でいい、乃愛もうなづいた。

「私もそんな奴と仕事したくないから、マネージャーにいって断ったの」
「当然よ」
「……でもママはあんまりいい顔しなかった……」
「えぇ!? どうして?」

 和也が声をあげた。

「ママは、私にスターになってほしいの。そのためには、少しくらい嫌な目にあってもしょうがないって」
「どう考えてもおかしいわよ、乃愛のお母さん」

 乃愛はコクリとうなづいた。それは、はっきりとした仕草だった。

「私も仕事を断ったことは後悔してないの。ただ、そのせいで仕事が減ったのには……正直困ってる」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ、和也くん。一度仕事を断ると、なかなか次の仕事の話がこなくなるの」
「乃愛って芸能の仕事が、本当に好きなのね」
「それもあるし、ママのためにももっとがんばりたいの。でもそもそも仕事がこないんじゃね」

 そういって乃愛は肩をすくめた。

「気持ちはわかる」

 そういったのは真だった。

「実はオレ、サッカーチーム辞めたんだ。っていうか、辞めさせられた。コーチがチームメイトひっぱたいてるのみてさ、やりすぎだっていったら、次の日親呼び出されてクビになった」
「そんな話ってあり!? この時代に」
「いや、それはもういいんだ、南。あたりまえだけど、後悔はしてないし。問題はこれから先、どうやってプロを目指すかってことさ」
「うちの中学の部活チームにはいるんじゃ、だめなの?」

 和也の質問に真は首をふった。

「だめだ。普通の中学校の部活チームとプロのユースチームじゃ環境も含めて、レベルが違いすぎる。プロを目指すなら、ある程度のレベルのチームにいないと」

 真の話ではグラウンドに使われている芝から、コーチのレベル、プロのスカウトの目にかかるかどうかまで、部活とユースではかなり差があるとのことだった。
 和也にはいまいちピンとこなかったが、残りの二人はしきりにうんうんとうなづいていた。

「ご両親はなんていってるの?」

 乃愛が聞いた。真は両親と姉が一人いる生活だった。

「親も姉貴も好きにすればいいってさ。三人ともスポーツやってないから、正直よくわかってないんだよな」
「そういうとき、親に頼れないのはつらいよね」

 南が真剣な顔でいった。
 和也の家は両親と妹の四人暮らしだが、とりあえず今のところはなんでも相談できるし、両親を頼りにもしている。
 ところが世の中には親の方が頼りにならない問題があるらしいという事を、この時和也は初めて知った。
 もっとも和也の両親もミステリー小説に関しては完全にしろうとなので、そこは同じなのかもしれない。

「私もさ、塾とかもう行けなくなったんだよね。お母さんが仕事が厳しくなってきて、前みたいにお金を払えなくなったの。あ、塾をやめるのは全然いいんだ。お母さんの負担にはなりたくないし。家のお手伝いをするのは苦じゃないし。問題は、どうやって学力を維持するかっていうことよ」

 和也たちは黙ったまま顔を見合わせた。南の家は4年前に父親を病気で亡くして以来、母親との二人暮らしだった。
 和也は南の母親が夜遅くに仕事から帰ってくる姿を何度か見たことがある。そんな時和也は、やたらと南たち親子を応援したくなるのだ。

「おい、和也。お前の好きなミステリー小説の名探偵はこういう時どうするんだよ?」
  
 真がぶっきらぼうな声を出す。ただポテトチップスを頬張りながらだったので、いまいち迫力に欠けたが。

「うーん」
 
 和也はうなった。
 名探偵は人生相談とは違うのだ。密室の謎を解いたり、ダイイングメッセージを解読することはあっても子供の進路相談につきあうことは……いや、待てよ。
 和也の頭にいくつかの話が思い浮かんだ。
 ロンドンに住む史上最高の名探偵が、女性家庭教師の悩み相談に応じる話。
 ある有名な女流ミステリー作家が書いた、人生の悩みを解決する男の話。
 どうやらミステリーと人生相談は決して無関係ではないらしい。となれば、ミステリー小説の熱烈なファンであり名探偵に憧れる和也としても、本気で考えざるをえない。

「たとえばさ、誰かにアドバイスを求めるっていうのはどう?」
「誰かって誰だよ? 先生か?」
「ううん。もっとすごい人」

 和也は立ち上がると、窓の外を指差した。N市では有名な小高い山がそこにある。その中腹に一軒のお屋敷が建っている。
 和也はそのお屋敷の主の名前を口にした。
 N市の住人なら、子供でも知っているほどの有名人だった。

「この街一番の成功者、相田正一さんにさ」
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