聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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渦巻き

4.

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 良子はそれから、ある動画を幸子と和人に見せてきた。

「実は、その人から送られてきた動画で、かなり貴重なやつだったみたいなものがあるの。この動画を海外のドッペルゲンガーを研究している人たちに送ったりしたら、『すごい、どこで手に入れたんだ?』って聞かれて、そこから色々と資料を送ってもらえたりしたの」

 動画はかなり暗かった。
 一人の白人の男がカメラに向かってわめいている。
 もう一人、別の人間が椅子に座って俯いている。顔は見えなかったが、体形や髪型などは最初の男と似ており、肌の色からも白人の男であることは分かった。
 最初の男は興奮した様子で、椅子に座る男の顔を持ち上げる。
 二人の顔はかなり似ていた。
 ただ椅子に座っている男は目がうつろであり、うっすらと髭が生えていたので、完全にそっくりというわけではなかった。
 カメラは再び最初の男の顔に戻った。何かわめいている最初の男の顔がアップになったところで、唐突に動画は終わった。
 
「この動画の何が貴重なの?」

 なんとなく薄ら寒い不気味さを感じながら、和人が聞いた。

「どうやら、これはドッペルゲンガーらしいのよ。しかもこの動画は加工された形跡がないんだって」

 確かに二人の男は似ているが、だからといってドッペルゲンガーとは限らないだろう。
 それに、動画に細工がされていないといっても、本人が変装している可能性がある。
 和人の疑問を感じとったのか、良子が少し声を大きくしていった。

「いっておくけど、和人くん。私だって、これがドッペルゲンガーだって頭から信じているわけじゃないのよ。ただ研究資料として……」

「良子さん、ちょっとスマホ貸してもらえるかしら?」

 幸子が横からいった。

「ええ、どうぞ」

 幸子は渡されたスマホを操作し始めた。
 画像の明るさを変えたり、背景をアップにしたりしている。
 しばらく操作すると、幸子は良子にスマホを返した。

「その動画は削除しなさい」

 幸子の声は冷たかった。

「え? 幸子さん、どうしたんですか? 急に」

「これは表に出てはいけない動画よ」

 幸子は画像の暗くなっている部分を指差した。

「この椅子に座っている男は、よく見ると腕の関節を外されている。画像を拡大してみれば分かる。それに、この動画に向けて話しかけている男、目の充血ぐらいから薬物をやっていることも分かる。まともな状況じゃないわ。ただ一番不気味なのは……」

 幸子が軽く息をのんだのが、和人には分かった。

「この暗闇の背後に机が置かれており、そこに大きなやっとこやら、のこぎりが置かれていることだ」

 やっとことは、大きなペンチのようなものである。それにのこぎり。
 そんなものを用意してこの男は何をするつもりなのか?
 和人はそれらの道具の持つ重さが、そのまま心に食い込んでくるような苦しさを感じた。
 まさか大工やDIYの講座でも始めるわけでもないだろう。
 拷問、リンチ、スナッフフィルム……
 言葉だけでも、吐き気のするようなおぞましい行為が世の中にはある。
 見てはいけないもの、踏み入れてはいけない世界が、いきなり近くに寄ってきたようで、和人は感じたことのない寒気を覚えた。

「このまま、動画が続けばどんな行為が行われるのか、この男が何をするつもりなのかは分からない。ただ、昔、特高が日本の新聞記者や反戦派にしたのと同じことをする気だとしたら、とても正視できることにはならないでしょうね。動画はこれだけなんでしょう? 良子さん」

「は、はい」

 幸子の指摘に不快な想像をしたのか、良子も顔をしかめている。

「それにしても、一体こんな動画どこから持ってきたのかしら? ドッペルゲンガーの動画だなんていってるけど、実際には違うことは、少し調べれば分かることだし。普通の動画投稿サイトにあげられていたなら、もう少し騒がれてもいいような気がするのだけれど」

 幸子はそういって首を傾げた。
 SNSには時折、グロテスクな動画や画像が出回ることがある。
 和人もそういった動画は目にしたことがあったが、この動画はそういった動画にはない不気味さがあった。幸子の説明を聞いたからだけではない。人間の持っている底しれぬ闇を感じるのだ。

「そもそも普通の動画投稿サイトには、規約というものがあるわ。あまりにも公序良俗に反する動画は載せられないはず」

「確かに、はのせられないでしょうけど、ならのせられるのでは?」

 良子がそう聞いてきた。

「それはどうかな? もともとの動画はもっと長くて、それを良子さんの友達が編集して、一見すると無害なような動画に変えて送ってきたような気がする」

「ちょっと。それは和人くんの勝手な想像でしょう?」

「いや、私も和人に賛成だ。もし最初からこの動画が編集した状態でネット上に上げられていて、それをその友人とやらが送ってきたのだとしたら、良子さんがそれを海外の研究者に送ったときに、それほど珍しがられることはなかったはずだ。すでに誰かが目にしていただろうし。彼らがこの動画を珍しがったのは、これが非常に忌まわしい動画の一部であることに気づき、そして同時にまだ見たこともないものだったからよ」

「ちょっと待ってください、幸子さん。じゃあ彼らはこれがただのドッペルゲンガーの動画じゃないって分かっていたんですか?」

「ああ、おそらく。相手が日本人の若い女性だったので、細かく説明するのを面倒がったんだろう。よくあることだ。今ごろ、この手の動画が好きな連中の間で回されているだろうな。想像力をかき立てる余地がある分、連中にとってはいい餌なのかもしれない」

 幸子は吐き捨てるようにいった。
 その連中はかき立てられた想像力で、何を想像するのか? どんな行為を描くのか?
 和人はそんな連中と無縁でいられてよかったと、つくづく思った。

「問題は、この動画の出どころね。まさか実際にこの場にいたのかしら?」 

「カメラマンっていうことですか?」

 良子は小さく、ただ悲鳴のような金切り声をあげた。
 こんな動画を撮影する人間と知り合っていた可能性があるなど、受け入れがたいのだろう。

「あくまでも可能性よ。ただ普通の動画投稿サイトに全編を投稿するのが無理なのは確実。カメラマンという可能性もあるが、その場合、下手したら犯罪の証拠をみすみす差し出していることになる。流石にリスクがありすぎるわ。画像解析の精度によっては、重要な手がかりが見つかってしまうこともある。となると……」

「ダークウェブ」

 和人の口から自然と出た言葉に、幸子が大きく頷く。
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