聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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山の城

5.

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 ひと通り、伊藤が趣味で購入した様々なメカニックやガジェットを紹介してもらったところで、良子が聞いた。

「これって、別に仕事で使うわけじゃないんですよね? いったいこんなに買ってどうするんですか?」

 伊藤は手元にある、最新型の、そして市場には出されなかったというVR型のゲーム機の試作機をしばらく撫でていた。
 やがてゆっくりと口を開いた。

「知ってるだろうけど、俺の家は貧しかった。本当に貧しくってね。学校にいかずに、近所の田んぼのあぜ道を掃除したり、米の積み込みを手伝ったこともあった。もちろんゲームなんか買ってもらえなかったよ」

 そこで、伊藤は少しだけ口ごもった。

「ある時、中学校で、先生が人気のゲームの話をした。ちょっとした雑談のつもりだったんだろうな。当然、俺は話についていけないから、周りの奴らみたいに笑ったり反応できない。それを見た先生が、俺のことをあるゲームのキャラクターみたいだと言ったんだ。クラスの奴らはそれを聞いて、ドッと笑ったんだが、俺はそれでも意味が分からず黙ってたんだ。あとでそのキャラクターがどんな奴か知って、苦笑いしたよ」

 伊藤は手に持っていたゲーム機を棚に戻した。

「お金に困らなくなったら、買いたいものは何でも買おうと思ったよ」

「もう馬鹿にされないために?」

「一言で言えば、そう。俺としては、今でも笑い飛ばせる思い出にはなってないんでね」

 幸子は何も言わなかった。
 ただ伊藤を見る目が少しだけ柔らかくなったように、和人には見えた。
 それから伊藤は隣の部屋にも和人たちを案内した。

「こっちは主に芸術品がしまってあるんだ」

 絵画や彫刻、さらには日本刀や鎧兜が部屋中に並べられていた。
 和人は部屋の湿度が先ほどまでの部屋とは違うような気がして、そのことを伊藤に尋ねた。

「伊藤さん、この部屋の湿度とか、温度とかってさっきの部屋と違いますか?」

「お、よく気づいたな。基本的には湿気は油絵にも鉄製の刀や武具にも良くないから、いくらか湿度を抑えるようにしてる。ただ乾燥しすぎも良くないからね。センサーでたえず、部屋の中の美術品や刀剣類の状態をチェックしてる」

「これは驚いた」

 日本刀を見ていた幸子が突然、声をあげた。

「この日本刀、これは現代刀ではないね」

「お、よく分かりましたね。打たれたのは室町時代の末期です」

「幸子さん、現代刀って何?」

「ああ、明治時代以降に打たれた刀を現代刀と呼ぶのだよ。ちなみにそれ以前のは、新刀とか、古刀とか、時代によって呼び方が違う」

「室町時代って、戦国時代ですよね? その頃の刀って、相当切れ味良さそう」

 なにせ実際に戦闘で使われていたのだから。
 そう思って和人は言ったのだが、伊藤が首を振った。

「確かに、オークションなんかで高い値段がつくことはよくある。これも100万円以上はしたしね。ただそれは過大評価だという専門家もけっこういるんだよね。少なくとも切れ味に関しては、現代刀のほうがはるかに上だ。製錬技術のレベルが違うよ」

 それから伊藤は、幸子が声を上げた刀の隣にあった刀を取った。
 鍔、柄頭、鞘にいたるまで細かな飾り細工が彫り込んであったり、金糸で装飾がされている。いかにも外国人の観光客に好まれそうだが、一方でごてごてして安っぽい造りに、和人には見えた。
 だが伊藤は滑らかな動作で刀を抜くと、それを和人たちに見せて言った。

「切れ味ならこの刀が一番だ。触れただけで指くらい簡単に落ちるし、ちょっと力を入れれば腕や足だって切れるだろうね」

 伊藤の口調は先ほどまでと少しも変わらなかった。
 日本刀が今は美術品として認められていることは和人も知っている。だが、それでも目の前の刀の刃紋の美しさ、銀色の鈍い輝きからは、何とも言い難い威圧感が伝わってきた。そこには、ごてごてとした装飾の安っぽい雰囲気を圧倒する、すごみがあった。
 
「これだけ、貴重な美術品やら様々な機械が置いてあるとなると、セキュリティもさぞ頑丈でしょうね」

 幸子が感心した様子でそう言った。

「保険にも入っているのかな?」

 伊藤は刀を鞘に収めた。

「民間のセキュリティ会社に頼んでる。この建物に無断で侵入者がいたら、すぐに警報が鳴るようになっている。火災報知器も屋内外に仕掛けられていますしね。それから、もちろん保険には入ってますよ。まあ、それなりの掛け金を支払われされてますけど」

「誰かの恨みをかっているとか、あるいはここにある美術品を誰かが狙っているという話は?」

 幸子の質問に、伊藤は眉をひそめた。

「どういう意味ですか?」

「もしかしたら、この家のセキュリティに生体認証システムを使っているのかもしれないと思ってね」

 少しの間、和人は幸子の言葉の意味を考えた。
 生体認証といえば、具体的には指紋や静脈認証がある。あとは顔を識別…… 顔?
 和人はあることに思い当たった。

「つまり、顔認証システムを通過できるかどうかを確かめるために、あの事件を起こしたっていこと? 実際に人を騙せるかどうか判断するために!」

 幸子が頷くのと、伊藤が首を振るのは同時だった。

「いや、それはないよ。ここのセキュリティシステムは、単純に窓が割られたり、本来の鍵とは違うものでドアを開けようとしたときにだけ働く。異常な振動や音を感知するセンサーはあるけど、顔認証や指紋認証の類は一切使ってないよ」

 この建物に入るとき、入り口が自動ドアだったことを和人は思い出した。

「あのドアって、そもそも鍵はかけられるんですか?」

「ああ、ドアの横にカードキーを差し込むところがあるよ。ただ裏口はいわゆる普通の鍵で開ける形だけどね。それから恨みをかってるかどうかは、分からないなぁ。誰かの融資を断ったことはないけど」

 伊藤は軽く肩をすくめた。

「まあ、そもそも融資を依頼されたことがないけど」
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