聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

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山の城

3.

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 入り口は自動ドアだった。
 内部は電力消費を抑えるためか、薄暗い部分がほとんどだった。ただ灰色の絨毯と相まって落ち着いた雰囲気を出していた。
 和人は突然、ふいに小学生の頃のことを思い出していた。
 避暑地のホテルに泊まりに行ったときのことだ。他の宿泊客がほとんどおらず、おまけに廊下の奥が今のように薄暗かったとき、両親はあまりいい顔をしなかったが、和人と妹のゆきはむしろその空間が好きだった。
 薄暗い、ただわずかに陽光が差し込む、決して不潔ではない空間。
 そんな場所が和人もゆきも好きだった。
 そして、そんな暗さが幸子の住む緑亭館の屋根裏や、今はほとんど使われていない物置にも存在していると気づいてからは、幸子の家に行くのが前よりも楽しくなっていった。
 あれは何歳のときだろう?
 ある日、幸子は屋根裏を探検していた和人とゆきに言った。

「そうか。二人はこんな場所が好きなのか」

「うん、好き。でも、お父さんとお母さんは、あんまり好きじゃないって」

「大人は暗闇を怖がるもの。暗闇をワクワク楽しめるのは子供の特権だからね」

「幸子さんは?」

 ゆきが尋ねる。

「こういうところ、好き?」

「いや、嫌いだ」

 幸子は和人の肩をつかむと、顔を近づけてはっきりとそう言った。
 そう、あのとき、幸子ははっきりと嫌いだと言ったのだ。
 その言い方は、まだ幼かった和人とゆきには恐ろしく、冷たく聞こえた。
 夕食の準備をしていた母親のもとに走り戻ると、二人して抱きついたことまで、和人は思い出していた。
 今でも緑亭館には薄暗い部屋や空間があるし、幸子が明かりを消すことも普通にある。
 もし本当にそういうが嫌なら、なぜすべての空間、部屋をたえず明るくしないのか。
 まさか幸子が電気代をケチっているとは思えないが、他にも理由があるのだろうか。 
 和人には分からなかったし、なぜか安易に聞いてはいけない気がしていた。
 伊藤の家のまっすぐな廊下は建物の中央を横切っており、両端には幾つかドアがある。
 その中の一つのドアを、伊藤は開けた。
 この円形の建物の中で部屋の壁は曲線なのかと和人は思っていたが、実際には部屋自体がドア付近は幅が短く、窓付近は幅が長いやや台形の形をしており、内側から見た壁は完全な直線だった。

「さあ、座って」

 会議室とでもいうべきか。広くて明るい部屋に入ると、伊藤は丸テーブルを囲む椅子を指差した。
 部屋にはホワイトボードが一つあるだけだった。ブラインドは少し壊れかかっていたが、掃除はよくされており埃などはほとんどなかった。

「殺風景だろ? 実際、以前はある種の集会所や会議場だったみたいなんだ。ただここ以外の部屋は、寝室だったり仕事部屋や倉庫にしてるからね」

 和人たちが丸テーブルを囲むと、伊藤はさっそく事件について口にした。

「先に言っとくけど、俺はあの日、O県にいた。スキューバしにね。だから、君の」

 伊藤は良子のほうに視線をやった。

「おじいさん家に侵入したとか、刃物を枕に突き立てたとか言われてもねぇ」

「島津の家のことはどう思っているのかな?」

 幸子が聞いた。少し面白がっているような口調だった。

「何でもあなたの家が貧しくなった理由は、島津家の前当主があなたの祖父からの融資の頼みを断ったからだとか」

 伊藤は露骨にムッとした顔になった。

「そりゃ、良くは思ってないですよ。過去のしがらみか何なのかは知らないけど、意地が悪いよ。器が小さいよ、人としてさ。最初融資を受けるふりをして、土壇場で断るなんて」

 良子は黙って聞いている。表情に変化はない。真剣な顔のままだった。
 もしかしたら、内心は同意してるのかもしれないと、和人は思った。

「俺の親父はいつも島津家の悪口を言ってたし、それも当然だと思ってる。実際、俺は子供の頃、本当に貧しくってな。家にはテレビもなかったんだ。信じられる? ゲームを買ってもらった、買ってもらってない、以前の話だよ。そんなんだから、村の小学校や中学校でもほとんど話の合うやつはいなかったよ」

「それが今では優秀なプログラマーというわけね?」

「プログラマー兼エンジニア。まあ、大変だったよ。ここまで来るのは。でも振り返ってみるとけっこう感慨深いかな。親父が拾ってきたパソコンをいじってるうちに、自分でも向いてるような気がしてさ。親父に必死に頼み込んでインターネットにつないでもらったのよ。あとは独学だね。プログラミング大会で優勝して、奨学金をもらってからはかなり楽に…… いや、全然楽じゃなかったな」

 そう言って伊藤は笑った。ハリウッドスターみたいに整った白い、きれいな歯並びが光っていた。

「あの」

 和人が口を挟んだが、幸子も伊藤も嫌な顔はしなかった。

「生き別れになった兄弟とか、お父さんが他所に産ませた隠し子とかいないですよね?」

「いたら、さすがに知ってるだろうなぁ」

 伊藤が真顔で答える。
 質問がストレートすぎると思ったのか、良子が少し唖然とした表情で和人を見てきた。
 だが和人は気にせず続けた。

「最近、赤の他人で、自分にそっくりの人見かけたりしなかったですか?」

「うーん…… どうかなぁ? いちいち人の顔、そこまで気にしてないしね。たとえどんな美人だろうと」

 そう言ってから伊藤は、意味ありげに幸子を見た。
 幸子も動じることなく答える。

「いい心がけだ。ルッキズムなど私も大嫌いだからな」

 もちろん和人としてもルッキズムなど反対だ。
 ただルックスで頭一つどころか、二つ抜けた存在にここまではっきりと言い切られると、返す言葉がない。

「最先端の3Dプリンターとか持って…… ないですよね?」

「いや、持ってるよ」

「えぇ!? それ、仕事で使うんですか?」

「いや、ただの趣味だよ。3Dプリンター以外にも、いろいろあるけど…… もしよかったら見るかい?」

 そう言って伊藤は立ち上がった。
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