BLUE MAN ブルーマン

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中学時代

喧嘩

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いつかの時間

ビルの隙間から入り込んでくる日差しは、4月のものとは思えないほど温かくまぶしいものだった。車のアクセルや狭い路地の向こう側に子どもの騒ぎ声が聞こえる。ちょうど昼過ぎくらいの時間だろうか。視線を戻すと、自分の拳に赤黒い血がパキパキに渇いてこびりついていた。
「あぁ、そうだ昨日…」
思い出そうとして後頭部がズキリと痛む。たしかパッドで殴られたんだった。飲食店に必ずおいてある銀のパッド、あれだ。あの四角い奴。一体なんであいつらはあんなもの持っていたんだろう。
スマートフォンで時間を確認すると時刻は13時32分だった。
「…四限には間に合うかな。」
そう思って重い身体を起こすと、僕はジメジメした路地裏をぬけ、色鮮やかな看板が立ち並ぶ煌々とした商店街の方へ歩きだした。

僕の住む街は鳥取県の浜坂という小さな町だった。ビルなんて背の高い建物は無く、あるのは古い家屋と畑。その周りにいる爺さん婆さんとその飼い犬くらいの静かなところだった。若者はどんどん都会へ流れて行き、この町にやってくるのは都会の暮らしに飽きた大人たちと営業に飛ばされたどこかのサラリーマンくらいだろうと僕は思っていた。

喧嘩

目つきが悪いのが昔から自分の特徴だった。

中学校では授業を真剣に受けているにもかかわらず周りには「こわい」だ「何怒ってるの?」なんて言われ、しまいには教師にまで「俺の授業に文句があるならいってみろ、滝宮」と言われる始末だった。今おもえば早くなおしておくべき…癖?だったなとつくづく実感する。注意されることはあっても「そのうちなおるだろう。」ぐらいの気持ちで僕は過ごしていた。


しかし中学一年の秋。となりのクラスの三木という男に喧嘩をうられた。黒髪のセンター分けで、毛先に少しパーマをかけた細面の男だった。県外から親の転勤で引っ越してきたらしく、田舎の学校だったので入学当初は話題になったが喧嘩を売られる理由は心当たりがなく、そもそもそれまで彼は僕と面識なんて全くない男だった。
後から知ったことだが、その頃僕たちの学校では喧嘩ブームが起こっていた。不良漫画の「クローズ」とかにでてくるワルな人物に男子は憧れ、休憩時間や放課後を利用し、喧嘩をふっかけるのが流行っていたらしい。
その日は母親が不在で犬の散歩を任されていた日だった。僕は足早に学校を去るところだったが、荷物を手提げ鞄に詰め教室を出た折、声をかけられた。
「おい、滝宮」
鼻にかかった聞き取りづらい声に振り向くと、となりのクラスの三木と、長身で坊主頭の大友が並んでこっちを睨んでいた。
「なに?」
「ちょっとこいや」と野太い声で大友が言う。
「…これから用事あるから帰る。」
「てめぇの都合なんかしらねぇんだよ!黙ってこねぇとぶち殺すぞ。」と唾を飛ばして三木が突然キレた。周りの注目が一気にぼくに集まった。…なんだこいつらはいきなり。頭が吹っ飛んでんじゃないのか?
考えを巡らす暇もなく、僕は教室から遠く離れた部室棟の器具庫へ強引に連れて行かれた。
長い間使われていない器具庫には数人の男子生徒が少年ジャンプやケータイを片手に大声でゲラゲラ笑っていた。僕が部屋に入ると真ん中に座っていたリーダー格であろう男が口を開いた。
「なんだよ、どんな奴かと思ったらそんな痩せっぽっちかよ」
「あ、はい前園さん!こいつです!」
「ふーん‥。」前園と呼ばれるこの男は三年の問題児だった。彼は僕の頭から足の先までを五秒ほど観察した後、僕に向かって「どっちがいい?」と聞いてきた。
「はい?」
「だから‥その隣にいるデッカイのと小さいの、どっちと喧嘩したい?」
前園は人差し指で大友と三木を交互にさしながら僕の表情を伺っている。まるで無邪気な子供のように楽しそうだ。隣の三木と大友の二人はその言動に明らかに戸惑っているようだ。
「え、ちょっと前園さん、それマジっすか。俺らがやるってことですか、聞いてないっすよ‥」
大友も目から動揺が隠せていない。
「言ってねぇもん。だいたい自分で選んだ奴を連れてこいって言っただけだろ?‥え、ちがう?」
その一言で場が凍りついたのが分かった。
「‥いや、違わないっす」
「お前なんて名前?」
室内の全員の視線が僕にささる。肛門のあたりがきゅっとしまった感覚がした。
「滝宮です。」
「おれ前園。よろしく。」
狭い部屋で何人もの男が僕を囲んでいる。なんなんだこの状況は。外は肌寒いというのに、部屋の中はとてもじとっとしていて、瞬間僕はなんだか吐きそうになった。
「場所は弓道場の裏。まいったって言ったら負け。いいな。」
この前園という男は自分のペースでしか生きてこなかった人間なのだろう。きっと今『あの、今日は母から犬の散歩を任されているので、帰ってもいいでしょうか。』なんて言ったら僕はこの部屋の全員にリンチされるに違いない。
「よし、いくぞ。」
僕の返事も待たず、前園の一言で部屋にいた全員が部屋を出ていく。誰かの『ついてこい』に引き寄せられるよう、僕と三木と大友の三人はその集団の後ろを歩いた。
その日は遠征でほとんどの部活がいなかった。
無駄にでかい弓道場はがらんとしていて、元気のない雑草がきたなく生い茂っていた。生徒の何人かは近くに放り投げてあったホワイトボードに僕の名前と、三木と大友の名前を記入し、誰が喧嘩に勝つか、賭け表を作りはじめた。毎度の作業で手馴れているようだったが、僕の『滝宮』という漢字が間違っていたのがとても気になった。
僕と三木と大友を円で囲うように、ギャラリーは座った。なんの絡みもない生徒が僕や三木の名前を呼んだり、歌を歌ったりして盛り上がっている。しばらくして賭けの準備が整ったのか、前園が円の中央にやってきた。と同時に静粛があたりをつつむ。
「どっちとやると決めたのか?」
「じゃあ…じゃんけんで負けた方で」
「ふーん…。おいお前らじゃんけんしろ。負けた方がこいつとやる」
その声にギャラリーが一層盛り上がった。
不思議と恐怖感はなかった。こんな面倒な状況にハメた三木達にイラつきを覚えていたからだろうか。だが周囲の歓声のせいか高揚感が湧いてくるような。空手の試合の前、自分の名前を審判に呼ばれる時に近い感覚を思い出した。
じゃんけんで負けたのは三木だった。震えていたのが分かったが、周りのガヤを受けて覚悟を決めたようだった。制限時間は約四分。誰かがスマホからクローズZEROのサントラ『into the battlefield』を流し始めた。どうやらこれが試合開始の合図らしい。僕はなんだかとても恥ずかしくなった。
僕は空手の組手をする時と同じく、半身になって構えた。両方のかかとを浮かし、いつでも踏み込めるよう力を抜いた。
対する三木はガチガチに拳を固め、ボクシングのようなポーズでこっちに近づいてきた。
僕は上下に軽くステップをとり三木の呼吸を確かめた後、自分の足が地面につく瞬間に飛び出した。瞬間、三木の全身が緊張し、思わず目をつむった。
僕は左の拳を三木の人中めがけて突いた。ガチンという歯が擦れたような音とともに、三木の顔が後ろによれた。つづけて引いておいた右手、加えて右膝をみぞおちに入れようとした瞬間、三木ががむしゃらに覆いかぶさってきた。突き飛ばそうと手を払うと全身で僕の胴に飛び込んできた。思わず重心がよれ、地面に叩きつけられる。
ギャラリーの歓声が上がった。汚い言葉が聞こえた気がしたが、内容は入ってこない。聞こえるのは三木の荒い息づかいだけだった。もがいてみたが両腕が固定され、思うように動けない。三木の顔を見ると、鼻血と汗でこの世の生き物ではないかのような表情をしていた。
マウントをとられ彼が拳を振り上げた瞬間。僕は彼の股間を思いっきり掴んだ。すると電流を流されたように三木の全身が跳ねた。
その隙にすかさず反転し、今度は僕が拳を振り上げ、彼の顔めがけて拳を振り下ろした。
 うるさかったギャラリーの声はいつしか静かになり、気づくと鼻血と地面の土でぐちゃぐちゃになった三木の顔が目の前にあった。
何度殴ったか忘れたが、自分の汗と息づかいで相当力を入れていたのが分かった。
ゆっくりと立ち上がり、前園の方を見ると、もう行っていいぞ。というようなジェスチャーをされた。先ほどの高揚感はもうなかった。
背中に視線を感じながら僕は足早に学校を去った。学生服が土で汚れていたがまったく気にならなかった。

次の日学校へ行くと、昼休みに職員室に呼び出された。ぼくは昨日のことなんだろうな。とすぐに察した。職員室のさらに奥にある応接室にいくと、教頭と担任の窪田、そして顔に絆創膏を貼った三木が座っていた。
「座れ」
窪田の口調から静かな怒気が伝わってきた。僕は空いてある席に座ると、向かいに座っている三木の顔を見た。うつむいてこちらを見ようとしない。なんだか状況が読めてきた。
「昨日喧嘩したんだって?お前ら」
「はい」
僕は素直に答えることにした。窪田が大きなため息をつく。僕は聞かれるまま昨日の出来事を伝えたが、あたかも自分が被害者のような言い方はしなかった。何となく三木がいる手前、ストレートに言葉が出なかったのか、自分がつけてしまった傷が目に入ったせいかもしれない。教頭と窪田は『近々また話を聞く』とだけ言い残し、とりあえず僕と三木は解放された。翌朝、学年集会が開かれた。内容は勿論、このあいだの喧嘩のことだ。意外だったのは僕と三木が全員の前で吊るされるかと思いきや、同学年の男子生徒十数人同じように強制喧嘩の被害にあっており、事情を知っている者は教えろという内容だった。学年集会が終わると、ほとんどの生徒が帰っていく中、僕と三木を合わせた十数人の被害者は職員室に連れていかれ、一人あたり三十分ほど応接室で事情聴取を受けた。授業がサボれたことは嬉しかったが、同時にこの連絡は親にも回り、また家でも質問ぜめをされるのかと思うと途端に気が重たくなった。事情聴取を終え、重たい応接室の扉をあけて廊下に出ると、駐車場裏に座っている三木がみえた。彼はこちらに気づくと持っていた缶ジュースを飲み干し、僕の元へ走ってやってきた。何だろうと思って黙っていると、三木は一言
「…ごめん」
と言った。
その表情には、喧嘩をふっかけた時の切羽詰ったような様子は微塵もなく、恥ずかしさとうしろめたさのような感情が読みとれた。
「ううん、俺の方こそ殴ってごめん」
と僕が返すと、三木はすっと顔をあげ、照れながらぽりぽりと首をかいた。
そのまま僕と三木は授業をサボることにした。近くの駄菓子屋でアイスとお菓子をかい、公園でだらだらと話した。三木は話し上手でしっかりと話のオチと盛り上げ方をわかった話し方をした。僕がそのことを褒めると、『それは聞く方が上手いのもあるよ』と返し、僕はいい気分のままアイスを食べていた。彼は母子家庭で東京から離婚をきっかけに引っ越してきたらしい。映画好きで、引っ越し当初にあまりの映画館の少なさに嘆いて家の窓を割ってひどく怒られたそうだ。僕は笑いながら彼の話を聞いていた。初対面の印象と全く変わって、彼はとても人懐っこくて難しくない人間だと思った。しばらくして三木は、入学当初、前園の周りに目をつけられ、言うことを聞かないとリンチすると脅され、出席簿で適当に選んだ僕をターゲットにしたと申し訳なさそうに話した。
「でもまさか、きんたま掴むやつだとは思わなかったけどな」
と三木は苦笑いして続けた。
「喧嘩、強いよな。俺がしたことないだけなんだろうけど」
「そんなことないよ。空手やっててさ、おれも喧嘩は初めてだよ。あの人数に囲まれたらビビるって。すげー怖かった」
「おいおいそこはせめて、おれが強そうだからにしといてくれよ」
そう言って三木はケラケラ笑った。
中学に入って友達らしい友達は三木が初めてだったかもしれない。いくら強要されたと言っても、喧嘩して初めてマトモな友達ができたなんて今思えば漫画みたいで恥ずかしい。
ある日、学校でまた全校集会が開かれた。前園が逮捕されたのだ。喧嘩の件が学校に明るみになってからまだそんなにたっていない時だった。集会がひらかれる数日前、クラスで上級生の誰かが逮捕されたと噂になっていたのを覚えているが、まさか前園だとは思わなかった。
事件は学校近くの駅前の商店街で起きた。前園は取り巻きの何人かと中華料理店で餃子をつついていたらしい。田舎のさびれた飯屋だ。客も2、3人しかいない店で事件は起こった。前園たちのずっと前からその店で飲んでいた初老の男が酔って絡んできたのだ。取り巻きが男の挑発にのり、すぐさま男は店裏の駐車場に連れていかれリンチされた。まずいのはそこからだ。前園たちが去った後、傷だらけの男はかなりフラついた足取りで駐車場から離れ、そのすぐ近くのファミリーマートへの道中、軽トラにはねられて死んだらしい。
いかにも鈍そうな校長に代わって、頭の禿げた教頭がツバを飛ばして、事件の教訓や命の大切さとは何かを話しているが全く頭に入ってこなかった。少し前にいた三木の顔をみたが、ほっぺたが少し見えるだけで表情は分からなかった。
ある放課後のことだった。教室で帰り支度を済ませ、図書室で本でも読もうかなと考えていた折、校庭の方から奇声が聞こえた。

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