地球を守れ-Save The Earth-

夏目碧央

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   STEは、アメリカで緊急記者会見を開いた。コンサート後の銃乱射事件では、
  11人のフェローが重軽傷を負った。幸い命に別状はなかったものの、STEの責任
  を追及する声は大きい。急遽、日本にいた植木も渡米し、記者会見に同席した。
植木:「この度は、重大な事件が発生し、負傷者の方々には心よりお見舞い申し上げ
  ます。事件を起こしたのは犯人ですが、我々にも責任の一端はあると考え、この
  場をお借りしてお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。」
  真意が伝わるように、日本語でそう話し、通訳してもらった。
植木:「一方で、このような事件が起こる背景には、犯罪を起こそうとする人物が銃
  を手に入れやすいという実態があると思われます。」
  いよいよ本題に入ろうとしたところで、記者から質問が殺到した。
記者:「アメリカに銃規制を訴えようというわけですか?」
記者:「つまり、責任はアメリカ政府にあるとお考えですか?」
記者:「この後のコンサートはどうなさるおつもりですか?」
  そこで、流星が置いてあるマイクを取った。
流星:「お静かに。我々は、この後もコンサートを続けたいと思っています。です
  が、それはアメリカ政府が、早急に銃の所持を禁止する措置を取っていただく事
  が条件になります。」
  流星が英語でそう言うと、場内は一瞬静まり返った。
記者:「すみません、確認させてください。もし、政府がアメリカ国民に、銃の所持
  を禁止しなかったら、コンサートは中止という事ですか?」
流星:「はい。そして、このまま銃規制をしないのであれば、永遠にこの国ではコン
  サートをしません。」
  会場はどよめいた。

   日本でも、この記者会見は中継されていた。アメリカでは午前中に行われてい
  たので、日本では夜である。
官房長官:「総理!大変です。」
総理大臣:「何事だね、こんな時間に。」
官房長官:「STEが!」
総理大臣:「ん?あのSTEか?今アメリカだろう?まさか、また誘拐されたんじゃな
  いだろうね。」
官房長官:「いえ、そうではないのですが。アメリカ政府に喧嘩を売っています。」
総理大臣:「は?」
官房長官:「ニュースを見てください。」
  ニュースを付けると、STEの発言がしきりに報道されていた。
総理大臣:「アメリカが銃規制をしないと、コンサートはやらんと言ったんだね?」
官房長官:「はい。」
総理大臣:「まあ、そう言われてすぐに銃規制をするとは思えんからね、STEは帰っ
  て来るんじゃないの?」
官房長官:「総理、彼らはただの歌手ではないのですよ!アメリカでもかなり人気が
  あるのです。その彼らが、銃規制しないなら金輪際アメリカではコンサートをし
  ないと言ったのですよ!」
総理大臣:「そりゃあ、大混乱だろうね。ファンが黙っていないだろうね。ファンは
  どっちに文句を言うかな。」
官房長官:「ファンは女性が多いですからね。アメリカでも多くの女性は銃規制に賛
  成ですから、STEを責めるのではなく、政府に対して何か行動を起こすのではな
  いでしょうか。」
総理大臣:「しかし、それで争いが起こってファンの中に死者でも出たら、大変な事
  になるね。STEの人気にも関わるよね。彼らの海外での活躍は日本の誇りだから
  ねえ。困るねえ。」
官房長官:「どうしましょう?もしかすると、もうすぐアメリカから電話が来るかも
  しれませんね。」
総理大臣:「とりあえず居留守使ってちょうだい。アメリカと話すよりもSTEと先に
  話した方がいいかもしれないねえ。」

   というわけで、アメリカにいる植木に、日本の総理大臣から人を介してテレビ
  電話がかかってきた。そして、結局植木が、日本政府には迷惑をかけないという
  話でまとまった。
   一方、アメリカでは大混乱である。アメリカでの次のコンサートは1週間後に
  控えているのだ。
内海:「ずいぶん思い切った事をしたもんだよ。」
  内海が笑って言った。
碧央:「このくらいしないと、銃で怪我をする人、亡くなる人が絶えないんです
  よ。」
  碧央の目には、熱がこもっていた。
植木:「まあ、アイドルとしてはやりすぎだと思うがな。STEは単なるアイドルじゃ
  ないからな。ただ、アメリカ政府がこちらの要求に応じないとすると、アメリカ
  のフェローたちが可哀そうだな。」
光輝:「そうなんだよね。フェローたちが悲しむかもしれないのが心配。それに、無
  茶な行動を起こして、怪我をするフェローが出るんじゃないかっていうのも。」
   メンバーの心配した通り、翌日から各地でフェローによるデモが行われた。
  「銃規制を!」と書かれたプラカードなどを持って歩くという、デモ行進だ。だ
  が、当然その人たちは銃を持っておらず、暴力的ではないので、政府としては痛
  くも痒くもないという事か、政府による反応はなかった。
   焦ったフェロー、特に男性のフェロー達が政府機関に詰めかけた。大統領の住
  むホワイトハウスはフェローに囲まれ、門の中に丸めた紙を投げ込むなど、抗議
  活動が続いた。
   元々、アメリカ大統領はSTEの地球環境保護の活動には否定的だった。とうと
  うこの件について、大統領が公の場で語る時が来た。
大統領:「今、我がアメリカに来ているSTE諸君が、銃規制をせよと言っているのは
  承知している。だが、彼らはアメリカ人ではない。外国人が我が国の法律につい
  てあれこれ言うのは内政干渉であり、あってはならない事だ。彼らのファンが暴
  徒化している事に対し、どう責任を取ってくれるのだろうか。」
  と、銃規制をするかどうかについての言及はなかった。
   一方、アメリカは州ごとに法律がある。次にコンサートのある州では、州知事
  が、
州知事:「我が州では、銃規制法を新たに設ける事にした。よって、我が州でのコン
  サートは、是非実施していただきたい。銃の所持を禁止するとして、すぐに市民
  の銃を全て取り上げる時間もないので、その場合、どうなるのか、STE側からの
  回答を待ちたい。」
  と、発言した。

   STEの次のコンサートは、行う事になった。銃の所持が禁止されたので、会場
  周辺で警察が銃を所持していないか職務質問することが出来る。会場に近づく人
  物が銃を所持していたら逮捕してもらう。これが条件で、コンサートが開かれた
  のである。
   次のコンサート会場のある州でも同じ動きがあり、無事、コンサートツアーを
  することが出来た。
瑠偉:「今回、アメリカ全土の法律を変える事は出来なかったけど、少しは進展した
  のかな?」
碧央:「また、次にアメリカツアーの話が上がったら、会場になる州を今回とは別の
  所にすればいい。そうやって、多くの州の法律を変えて行けば、いずれアメリカ
  全土で銃の所持が禁止されるよ。」
光輝:「そう上手くいくかな?」
流星:「その都度、いろいろあるだろうな。こっちがやりたいと言っても、州の方
  で、銃規制法を作れないから来てもらったら困る、と言われるかもしれない。」
涼:「それでも逆に、うちの州は銃規制法があるから、是非コンサートをしに来てく
  れって言われるかもしれないよ。」
大樹:「俺たちの影響力がそこまでいけば、万々歳だな。」
光輝:「だね!」
  メンバーたちが話している傍らで、植木と内海は顔を見合わせて微笑んだ。
内海:「あの子たち、いつの間にかずいぶん大きくなったな。」
植木:「ああ。まさかここまでビッグになるとは思わなかったよ。あの、落書きを消
  していた少年たちが。」
内海:「そうだな。海岸でゴミ拾いをしていた彼らが、今じゃ・・・。俺たちが彼ら
  を見つけて来られたのは、奇跡かな。」
植木:「意外に今の若者たちは、真面目に将来の事を考えているんだと思うよ。何か
  しなきゃならないと思っているのに、何をしていいのか分からないんだ。だか
  ら、何をすべきかを与えてやると、突っ走ってくれるんだよ。」
内海:「じゃあ、誰を連れてきても同じ結果だったと?」
植木:「いやいや、同じじゃない。ほんの少し道筋を与えただけで、あとは全部彼ら
  がここまで自分たちを作って来たんだ。」
内海:「7人の相乗効果もあるだろうね。組み合わせが良かったのかも。これは運命
  という言葉以外に当てはまるものがない気がするよ。」
植木:「ああ、そうだな。運命、奇跡。」
  2人は眩しいものを見るような目で、STEメンバーが話しているのを見ていた。
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