上 下
24 / 30

エース不在の予選開始

しおりを挟む
 「瀬那センパーイ!」
泣きそうな顔で、将太が近くにやってきた。僕はその日の部活に久しぶりに出たのだった。まあ、なんだかんだ言って、ちゃんと部活の用意をしてきていたわけだけれど。
「将太、どうした?」
「本当に、すみませんでした。」
また謝っている。
「謝るなよ。僕にボールは当たってないんだからさ。」
僕が笑ってそう言うと、
「そうなんですけど・・・。」
まだ浮かぬ顔の将太である。
「もし、予選で負けるような事があったら、僕もう、先輩達に顔向けが出来ないっすよ。野球を続けていく自信がないっす。」
しょげまくっている。
「将太、大丈夫だよ。お前だって、秋からはうちのエースなんだからさ。最初の2、3試合くらい、余裕だって。」
「いや、そんな事ないっすよー。でもまあ、確かに秋からは俺がエース、ですよねえ。」
将太の顔がちょっとにやけている。
「そうそう、だから自信持って。まずはメンタル。あとは運だから。」
「はい!とにかく頑張って練習します!」
将太は元気を取り戻し、グランドへ走って行った。
「わあ、瀬那先輩流石ですねー。本当にマネージャーに向いてますよ。」
いつの間にか芽衣ちゃんがいて、そう言ってくれた。
「あ、芽衣ちゃん。あの、しばらく休んじゃってごめん。」
「いえいえ。でも良かった。明日瀬那先輩がいなかったら、誰がスコア付けるのかなーって、不安でしたよ。」
芽衣ちゃんはそう言って笑った。
「そっか、芽衣ちゃんと穂高にも、ちゃんとスコアの付け方教えなきゃね。」
ちなみに、花梨ちゃんと綾乃ちゃんには、去年教えたのだが、覚えられないと言われたのだった。

 翌日、雲行きが怪しい土曜の午後。我が東尾学園は夏の高校野球東東京大会予選の第一戦を迎えた。梅雨明け前の、どんよりとした空。
「雨が降らないといいけど。」
空を見上げて、僕はそうつぶやいた。
 ベンチに入り、スコアブックを持って座った。レギュラー以外はスタンドにいる。怪我をしている遼悠も、スタンドで見ているのだった。
「将太、リラックス、リラックス!」
将太が正継にそう言われていた。日焼けした顔ではあるが、心なしか青い顔をしているように見える将太。こりゃいかん。
「将太、まずは打たれてこい!」
僕がそう声を掛けると、え?という顔をして将太がこちらを見た。僕は親指を立ててニヤっと笑った。将太は照れたように笑った。
 試合が始まり、やはり途中からぽつぽつと雨が降り始めた。だが、試合を中断するほどは降らず、続いた。
「暑い日じゃなくて良かったですね。」
僕が監督に言うと、
「うん、そうだな。」
と、監督も言った。
 試合はしばらく膠着状態だったが、徐々に両校とも打ち始めた。だが、守備では断然うちが上回っており、打たれてもほとんどベースを踏ませないのだった。それに反して、うちの攻撃は徐々に塁を進めて行き、とうとう1点を取った。
 そして、9回に正継がホームランを打ち3-0で東尾学園が勝利したのだった。
「今日は固くなっていたな。3点くらいじゃ物足りないぞ。次の試合では8点くらい取れ!」
「はい!」
監督のお言葉があり、解散になった。雨がしとしとと降り、蒸し暑くなっていた。

 次の試合は、雲の切れ間から時々日差しが降り注ぎ、とにかく暑かった。僕は氷をたくさんベンチに持ち込み、タオルと一緒にしておいた。選手がベンチに戻ってくる度に冷たいタオルを手渡した。
「サンキュ、おー冷たい!生き返るぜ。」
そう言ってもらえると嬉しかった。
 だいぶ接戦になってハラハラしたが、辛うじて勝つことが出来た。勝った時には将太が泣いた。
「おいおい、まだ2回戦目だぞ。」
他の選手はそう言って笑った。

 遼悠が怪我をして2週間が経った。遼悠は最初の内こそ制服のまま部活を見学していたが、最近はあまり姿を見せなかった。だが、2週間経った今日、遼悠はユニフォームを着て部活に出てきた。
「遼悠先輩!もう肩はいいんですか?」
遼悠の姿を見た将太が、真っ先に駆けつけてそう聞いた。
「ああ、ぼちぼち投げてみようと思ってな。」
「良かったー!」
将太は心から安心した、という顔をした。
「センパーイ、良かったぁ。」
「はい、お水です!」
いつもつまらなそうにしていた花梨ちゃんと綾乃ちゃんも、嬉しそうに遼悠に寄っていった。だが、僕はあいつに近づけなかった。遼悠の方でも、僕の事を見ようともしなかった。
 僕は、フラれたのか。やっぱりそうなんだな。どうしてフラれたんだろう。僕のせいで怪我をしたから?いや、そうじゃない。僕を助けてくれたんだから、あの時は僕を好きだったはず。じゃあ、僕が遼悠のLINEを無視して部活を休んでいたから?きっとそれだな。僕の家に来てくれたのに、追い返しちゃったしな。
 絶望的な気分になった。だが、僕は遼悠のためにここにいるわけじゃない。野球部のため、自分のため。だから、もう遼悠のことは気にすまい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[急募]三十路で童貞処女なウザ可愛い上司の落とし方

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
\下ネタ上等!/ これは、そんな馬鹿な貴方を好きな、馬鹿な俺の話 / 不器用な部下×天真爛漫な上司 *表紙* 題字&イラスト:木樫 様 ( Twitter → @kigashi_san ) ( アルファポリス → https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/266628978 ) ※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください (拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!) 営業課で業績最下位を記録し続けていた 鳴戸怜雄(なるどれお) は四月、企画開発課へと左遷させられた。 異動に対し文句も不満も抱いていなかった鳴戸だが、そこで運命的な出会いを果たす。 『お前が四月から異動してきたクソ童貞だな?』 どう見ても、小学生。口を開けば下ネタばかり。……なのに、天才。 企画開発課課長、井合俊太(いあいしゅんた) に対し、鳴戸は真っ逆さまに恋をした。 真面目で堅物な部下と、三十路で童顔且つ天才だけどおバカな上司のお話です!! ※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※ 2022.10.10 レイアウトを変更いたしました!!

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

処理中です...