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重大事故

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 7月になり、いよいよ夏の高校野球(全国高等学校野球選手権大会)の予選が始まった。
「瀬那先輩、これで遼悠先輩との賭けは終わりですね?」
芽衣ちゃんにそう言われて、僕は何も言えなかった。ただ、ははは、と空笑いしただけ。一緒に帰るのは、もう賭けじゃない。付き合ってるんだから・・・。

 一戦目は、無事勝ち上がった。これからは、負けたら僕たち3年生は部活を引退なのだ。だが、まだまだ終わるわけにはいかない。
 そんな緊張感からか、体力温存の為か、遼悠が一緒に帰っている時にこう切り出した。
「あのさ、部活引退するまで、一緒に帰るのやめようぜ。」
手をつなぎながら、そんな事を言うのだった。
「あ・・・うん。そうだな。」
僕は、そう言うしかなかった。ぶっ倒れるほどの練習をした後に、わざわざ一駅分歩く事はない。
 でも、それなら何か、付き合ってる証が欲しい・・・一緒に帰るのだけがそれだったから。だが、そんな事は言えなかった。これから、単に同じ野球部員だという事以外に、何か僕らの関係を証明するものがあるだろうか。

 期末テストも終わり、ほぼ部活一色の生活になった。朝から夜まで野球漬け。僕はみんなが怪我をしないか、体調を悪くしないか、それを気にしながら過ごしていた。そして、僕らマネージャーも暑さでやられないように、水分補給を忘れずにして。
 だが、炎天下の中、氷を何度も運んでいた時の事、事故が起きてしまった。
「瀬那、危ない!」
遼悠の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、目の前でパシッとグローブにボールが収まる音がした。と同時に、遼悠と僕は重なったまま、ベンチの上に倒れ込んだ。
「おい!大丈夫か!」
「遼悠!」
「遼悠先輩!」
僕は一瞬何が起こったのか、分からなかった。僕もベンチに背中を打ち付けて倒れたが、僕の上に乗っかって倒れている遼悠は、走ってきた勢いで思い切り肩をベンチに打ち付け、右肩を押さえて顔をしかめていた。
「りょ、遼悠・・・、おい、大丈夫か?おい。」
僕は震える声でそう言った。
「私、先生呼んで来ます!」
「僕、冷やす物持ってきます!」
芽衣ちゃんと穂高がそう言って走り出した。そして、花梨ちゃんと綾乃ちゃんが、
「きゃー、遼悠せんぱーい、大丈夫ですかー?」
と言いながら、遼悠を助け起こそうとしていた。

 それから、小野寺先生と遼悠は病院に行った。
「すみません!俺のせいで!」
2年生の町田将太(まちだ しょうた)がそう言って深々とみんなに頭を下げた。将太は控え投手だ。彼がピッチング練習をしていた時に、全く見当違いな方向に投げてしまい、僕の方へ球が飛んできたのだそうだ。見ていた遼悠が走ってきて、その球を僕の顔の前で捕ったのだが、勢いでベンチに突っ込んでしまったという訳だ。
「お前のせいじゃないよ。」
「そうだよ、事故だよ。誰だって失敗するんだから。」
部員達がそう慰めている。
「あ、あの、ごめん。僕がぼーっとしてたからイケないんだ。僕が気づいてよけていれば、遼悠だってそんなに無茶しなかっただろうし。」
僕はそう言って、言いながらとても悔しく、やるせない気持ちになって少し涙が出た。そうだ、僕が悪い。僕のせいで遼悠は怪我をした。大事な肩を。
「でも実際、どうなんだろ。もししばらく投げられないとなったら、予選、勝ち抜けられるのか?」
石田隆斗(いしだ りゅうと)がそう言った。
「まずいよな。」
相馬未来(そうま みらい)も暗い顔をしてそう言った。

 練習再開後しばらくして、小野寺先生と遼悠が病院から戻ってきた。
「遼悠!」
「どうだった?」
部員が集まってきた。僕も一緒に駆け寄った。
「大丈夫だよ。骨折はしてないってさ。」
遼悠はそう言った。努めて明るく言ったようだった。
「でも、投げられるのかよ。」
隆斗がそう言うと、
「まあ・・・今は無理だ。全治1ヶ月だと。」
遼悠は言いにくそうにそう言った。
「え・・・1ヶ月?」
「予選、終わってるじゃん・・・。」
部員がそう言うと、
「いやいや、俺はもっと早く治すぞ。3週間、いや、2週間で復活してみせる。だから将太、任せたぞ。」
遼悠がそう、控え投手の将太に声を掛けた。将太は急にピンっと背筋を伸ばしたかと思うと、また90度のお辞儀をした。
「ほんと、すんません!俺、どうしたらいいのか!」
「だから、予選を任せるんだよ。」
遼悠は優しく言った。
「でも、俺、俺、自信ないっす!」
「バーカ、大丈夫だよ。うちはピッチャーだけのチームじゃないし、打たせて取る野球をやってきただろ?」
未来がそう言って将太の肩に腕を掛けた。
「そうだ。それに、まだ相手が弱いから、大丈夫だよ。」
遼悠がそう言った。
「油断は出来ないが、まだ日にちもあるし、大丈夫だ。将太、俺と一緒に練習しような。」
正継がそう言った。頼もしいキャプテンだ。
 そんな、男達の友情ドラマを、僕はどこか遠巻きに見ていた。分かっている。もし球が飛んでいった先に僕がいなければ、遼悠はあんな無茶はしなかったはずだ。肩を大事にしていた遼悠。この夏の大会に賭けていたのは遼悠もみんなもそう。ああ、どうして僕はこんな・・・。役立たずなだけでなく、足を引っ張るような事を・・・。
 そうして、あまりにショックを受けた僕は、部活に出る事が出来なくなった。

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