偽りの恋人

夏目碧央

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高校生

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 風になびく髪を、中山ヒロはそっと指で耳に掛けた。強めの春風は、どこからか花の香りを運び、ヒロの口角を上げさせる。教室からベランダに出て、中庭を眺めるともなしに手すりにもたれていたヒロの耳に、突然意地の悪い声が飛び込んで来た。
「あいつ、男だよな。気持ち悪っ。」
「ゲイだな、あれは。」
「あははは。」
無視をすればよかったのに、ヒロは振り返ってしまった。教室の中から、クラスメートの男子が4~5人でこちらを見ていた。
「うわ、こっち見たよ。」
「惚れられたらどうしよう!」
「あっははは。」
「あははは。」
男子たちはどっと笑った。昼休みである。風が気持ちよいからと、ふとベランダに出たヒロだったが、その行動が悪目立ちしてしまったようだ。ヒロは顔を下に向け、そそくさと教室に入って自分の席に座った。
 仲の良い友達はいない。自分が他の人と違う事に気づいている。だから自分から声を掛ける事が出来ない。

 放課後、ヒロが帰ろうと鞄に手を掛けたところで、前の席に突然人が座った。背の高い、肩幅の広い男子が、こちらを向いて机に肘をついた。
「ねえ、君彼女とか作った事あんの?彼女じゃないか、彼氏?いないんだったらさ、俺がつき合ってあげよっか?」
その男子がそう言って、ヒロの顔を上から見下ろす。
「あははは。」
「マジかよ。」
数人の男子が周りを取り囲む。ヒロは何も言わず、立ち上がろうとした。
「おいおい、無視かよ。」
「ちゃんと話聞いてよね。」
そう言ったのは周りの男子で、一人がヒロの肩を押して立ち上がりかけたヒロをまた座らせた。
 するとそこへ、
「ちょっと、あんた達何やってるの?」
女子の声がした。橋口ナナだった。
「情っけな。気になる子に意地悪するとか、小学生か。」
ナナはそう言って男子達の輪に割って入ってきた。
「は?何言ってんだ、この女。」
座っていた男子がそう言うと、
「あんた、ゲイなんでしょ?」
ナナは腕組みをしてその男子に言う。
「ちげえし。ゲイなのはこいつだよ。」
その男子がヒロを指さす。
「男の子につき合おうって言ってるのは、あんたでしょ。私は聞いたわよ。」
ナナがそう言うと、その男子は黙って口の中で舌を転がした。そして、すっと立ち上がり、黙って教室を出て行った。周りの男子達も慌ててついて行ったのだった。

 「あの、ありがとう。」
ヒロがナナにそう言うと、ナナはさっきの男子が座っていた席に座った。
「中山君、私が彼女のフリ、してあげよっか。」
ナナがそう言ったので、ヒロはポカンと口を開けてしばらくナナの顔を見ていた。
「そうすればさ、さっきみたいな嫌がらせ、されなくなるでしょ。」
ナナが更にそう言った。
「でも、フリってどうやるの?」
ヒロが不安な目をしてそう言った。
「別に、ただ一緒に帰ったり、話したり、昼休みにご飯食べたり・・・。」
ナナがそう言うと、
「それって、友達とどう違うの?」
ヒロが首をかしげてそう言った。
「あはは、そっか。そうだよね。じゃあさ、私と友達にならない?」
ナナが笑ってそう言った。
「それはもちろんいいけど。でも、どうして?どうして僕の為にそこまでしてくれるの?」
ヒロはまだ不安げだ。
「友達になるのに、理由なんている?まあ、私も友達いないし。」
ナナがそう言うと、
「嘘だ。橋口さん、友達たくさんいるじゃん。」
ヒロがすぐに反論した。ナナは明るくて、誰とでも話すような人だった。
「あー、友達は確かにいるけど、親友はいないんだ。」
ナナは視線を落してそう言った。
「でも・・・。」
ヒロはなかなか煮え切らない。
「あ、あれだよ。さっきの、男子たち。あれね、あんたの事が気になってるだけだから、気にしなくていいよ。男子っていつまで経っても幼稚だよねー。気になる子がいると、からかったり、いじめたりするんだよねー、ほんとバカみたい。」
ナナが早口でそう言うと、ヒロはぷっと吹き出した。
「え?なに?」
「ううん、何でもない。ありがとう。」
ヒロはこの教室で、初めて声を出して笑ったかもしれない。その笑顔は、さっきの男子でなくとも、目の前のナナでさえ、そして周りにいたどの人でさえ、目を奪われる輝きを放っていた。

 そうしてヒロとナナは親友になった。いつも昼休みに一緒にご飯を食べたし、毎日一緒に帰った。ある昼休み、中庭のベンチに座ってのんびりしていると、
「ヒロの髪の毛、綺麗だねえ。ツルツル。」
ナナがヒロの髪の毛を触ってそう言った。
「ふふふ。僕、髪の毛が唯一の自慢なんだ。他に取り柄がないから、髪の毛は切れないって言うか。」
ヒロがそう言って自分の髪を手に取った。ヒロの髪は肩まである。
 取り柄は髪の毛だけじゃない、とナナは言いかけたが、辞めた。ヒロの横顔を眺める。長い髪がよく似合う、とても綺麗な顔立ちをしていた。

 結局、二人は恋人同士のフリをした。男女が二人で仲良くしていると、世間では恋愛関係だと思われる。だから、恋人同士だと周りには思わせておいた。二人はいつも一緒に行動したし、悩みを話し合ったり、勉強を共に頑張ったりした。誰にも文句を言われず、二人は仲良く楽しい高校生活を送った。
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