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十年後
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頭栗は十六歳になった。まだずんぐり、いや、ふくよかな体型のままである。剣の方はお世辞にも強いとは言えないが、弓矢の方は腕を上げ、狩りなどはなかなかの腕前になった。
そんなある日、事件が起こった。なんと、頭栗が他国へ人質として出される事になったのだ。
「な、なんと!どうにかならないのですか?せっかくここまで次期当主としてお育ちになったのに、人質などに取られては、殿に万が一の事があったらどうなるのですか?」
家老の青木俊成(しゅんぜい)が、羅山に向かってわめき散らしている。それを耳にした剣介は、書物を手から落としそうになった。
「ちょっと待てよ。頭栗様がいなくなったら、俺はどうなるんだ?お役御免なのか?いや、もしかして、頭栗様と一緒に他国へ参るのか?」
剣介がぶつぶつ言っていると、
「ちょうどよかった。剣介よ、殿がお呼びじゃ。」
俊成が目の前に現れて、そう告げた。
「はっ。」
剣介は一礼し、羅山の居る奥座敷へ入った。
「剣介、おぬしにも話しておかねばならぬ。この度、頭栗を人質として朱坐(しゅざ)へ送る事になった。」
「な、何ゆえですか?」
剣介が恐る恐る問うと、
「隣国、六呂(ろくろ)国との戦が収まらんのだ。国境付近では小競り合いが続いておる。そこで、六呂の向こう、朱坐とここ跋扈が手を組めば、六呂を挟み撃ちに出来る。」
「それは分かりますが、何も大事な御嫡男を送らずとも・・・。」
「いや、他の者では向こうが納得しなかったのだ。だが心配するな。こちらが裏切らなければ、頭栗に何か危害が及ぶ事もあるまい。頭栗を送れば、すぐに六呂に攻め入ってくれるそうだ。そこで、我らも挙兵し、一気に六呂を手に入れる。それで万事上手く行くのだ。」
「では、六呂を手に入れたら、頭栗様は帰ってこられるのですね?」
「あ、いや。そういうわけではない。つまり、こちらがその後、朱坐に攻め入らない為の人質だからな。この先しばらくは人質として残ってもらわねばなるまい。」
「そんな・・・。」
それでは、この国はどうなってしまうのか。羅山にもしもの事があったら、どうなるのか。
「そこでだ、剣介。」
「はっ。」
羅山が姿勢を改めたので、剣介も再び頭を畳に擦りつけて返答した。
「これからは、おぬしは美成の守役になってもらいたいのだ。」
「はっ。・・・は?」
剣介は思わず顔を上げた。羅山の方でも、剣介の顔をじっと見た。
「わしにもしもの事があったら、美成が跡を継ぐ事になるだろう。早急に美成を育てなければならん。あやつの力になってやってくれ。」
「はっ、心得ました。」
そう言って部屋を出たものの、剣介には釈然としないものがある。これまでずっと頭栗だけを跡継ぎとして育てていたのに、急に美成を跡継ぎにするなどと。美成は既に十三歳。元服するまで母親の元で育ったというのに。剣介の胸の中には、モヤモヤとした物が渦巻く。頭栗はこれまでずっと、この家を継ぐために頑張ってきたのだ。母親とも離れて、我慢して来たというのに、一体何のためにこれまで耐えてきたのだ。急に人質として、一人で他国へ行かねばならないなんて。あまりに不憫だ。
とはいえ・・・剣介は頭栗を気の毒に思う純粋な友愛の気持ちの他に、ほのかな喜びが心に潜んでいる事に少しだけ気づいていた。美成の側に仕える。それはある種の、美酒に酔いしれるような、甘美な刺激を感じる。あの、見目麗しい若君の近くにいられるのだ。
そんなある日、事件が起こった。なんと、頭栗が他国へ人質として出される事になったのだ。
「な、なんと!どうにかならないのですか?せっかくここまで次期当主としてお育ちになったのに、人質などに取られては、殿に万が一の事があったらどうなるのですか?」
家老の青木俊成(しゅんぜい)が、羅山に向かってわめき散らしている。それを耳にした剣介は、書物を手から落としそうになった。
「ちょっと待てよ。頭栗様がいなくなったら、俺はどうなるんだ?お役御免なのか?いや、もしかして、頭栗様と一緒に他国へ参るのか?」
剣介がぶつぶつ言っていると、
「ちょうどよかった。剣介よ、殿がお呼びじゃ。」
俊成が目の前に現れて、そう告げた。
「はっ。」
剣介は一礼し、羅山の居る奥座敷へ入った。
「剣介、おぬしにも話しておかねばならぬ。この度、頭栗を人質として朱坐(しゅざ)へ送る事になった。」
「な、何ゆえですか?」
剣介が恐る恐る問うと、
「隣国、六呂(ろくろ)国との戦が収まらんのだ。国境付近では小競り合いが続いておる。そこで、六呂の向こう、朱坐とここ跋扈が手を組めば、六呂を挟み撃ちに出来る。」
「それは分かりますが、何も大事な御嫡男を送らずとも・・・。」
「いや、他の者では向こうが納得しなかったのだ。だが心配するな。こちらが裏切らなければ、頭栗に何か危害が及ぶ事もあるまい。頭栗を送れば、すぐに六呂に攻め入ってくれるそうだ。そこで、我らも挙兵し、一気に六呂を手に入れる。それで万事上手く行くのだ。」
「では、六呂を手に入れたら、頭栗様は帰ってこられるのですね?」
「あ、いや。そういうわけではない。つまり、こちらがその後、朱坐に攻め入らない為の人質だからな。この先しばらくは人質として残ってもらわねばなるまい。」
「そんな・・・。」
それでは、この国はどうなってしまうのか。羅山にもしもの事があったら、どうなるのか。
「そこでだ、剣介。」
「はっ。」
羅山が姿勢を改めたので、剣介も再び頭を畳に擦りつけて返答した。
「これからは、おぬしは美成の守役になってもらいたいのだ。」
「はっ。・・・は?」
剣介は思わず顔を上げた。羅山の方でも、剣介の顔をじっと見た。
「わしにもしもの事があったら、美成が跡を継ぐ事になるだろう。早急に美成を育てなければならん。あやつの力になってやってくれ。」
「はっ、心得ました。」
そう言って部屋を出たものの、剣介には釈然としないものがある。これまでずっと頭栗だけを跡継ぎとして育てていたのに、急に美成を跡継ぎにするなどと。美成は既に十三歳。元服するまで母親の元で育ったというのに。剣介の胸の中には、モヤモヤとした物が渦巻く。頭栗はこれまでずっと、この家を継ぐために頑張ってきたのだ。母親とも離れて、我慢して来たというのに、一体何のためにこれまで耐えてきたのだ。急に人質として、一人で他国へ行かねばならないなんて。あまりに不憫だ。
とはいえ・・・剣介は頭栗を気の毒に思う純粋な友愛の気持ちの他に、ほのかな喜びが心に潜んでいる事に少しだけ気づいていた。美成の側に仕える。それはある種の、美酒に酔いしれるような、甘美な刺激を感じる。あの、見目麗しい若君の近くにいられるのだ。
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