戦国ブロマンス

夏目碧央

文字の大きさ
上 下
4 / 15

十年後

しおりを挟む
 頭栗は十六歳になった。まだずんぐり、いや、ふくよかな体型のままである。剣の方はお世辞にも強いとは言えないが、弓矢の方は腕を上げ、狩りなどはなかなかの腕前になった。
 そんなある日、事件が起こった。なんと、頭栗が他国へ人質として出される事になったのだ。
「な、なんと!どうにかならないのですか?せっかくここまで次期当主としてお育ちになったのに、人質などに取られては、殿に万が一の事があったらどうなるのですか?」
家老の青木俊成(しゅんぜい)が、羅山に向かってわめき散らしている。それを耳にした剣介は、書物を手から落としそうになった。
「ちょっと待てよ。頭栗様がいなくなったら、俺はどうなるんだ?お役御免なのか?いや、もしかして、頭栗様と一緒に他国へ参るのか?」
剣介がぶつぶつ言っていると、
「ちょうどよかった。剣介よ、殿がお呼びじゃ。」
俊成が目の前に現れて、そう告げた。
「はっ。」
剣介は一礼し、羅山の居る奥座敷へ入った。
「剣介、おぬしにも話しておかねばならぬ。この度、頭栗を人質として朱坐(しゅざ)へ送る事になった。」
「な、何ゆえですか?」
剣介が恐る恐る問うと、
「隣国、六呂(ろくろ)国との戦が収まらんのだ。国境付近では小競り合いが続いておる。そこで、六呂の向こう、朱坐とここ跋扈が手を組めば、六呂を挟み撃ちに出来る。」
「それは分かりますが、何も大事な御嫡男を送らずとも・・・。」
「いや、他の者では向こうが納得しなかったのだ。だが心配するな。こちらが裏切らなければ、頭栗に何か危害が及ぶ事もあるまい。頭栗を送れば、すぐに六呂に攻め入ってくれるそうだ。そこで、我らも挙兵し、一気に六呂を手に入れる。それで万事上手く行くのだ。」
「では、六呂を手に入れたら、頭栗様は帰ってこられるのですね?」
「あ、いや。そういうわけではない。つまり、こちらがその後、朱坐に攻め入らない為の人質だからな。この先しばらくは人質として残ってもらわねばなるまい。」
「そんな・・・。」
それでは、この国はどうなってしまうのか。羅山にもしもの事があったら、どうなるのか。
「そこでだ、剣介。」
「はっ。」
羅山が姿勢を改めたので、剣介も再び頭を畳に擦りつけて返答した。
「これからは、おぬしは美成の守役になってもらいたいのだ。」
「はっ。・・・は?」
剣介は思わず顔を上げた。羅山の方でも、剣介の顔をじっと見た。
「わしにもしもの事があったら、美成が跡を継ぐ事になるだろう。早急に美成を育てなければならん。あやつの力になってやってくれ。」
「はっ、心得ました。」
そう言って部屋を出たものの、剣介には釈然としないものがある。これまでずっと頭栗だけを跡継ぎとして育てていたのに、急に美成を跡継ぎにするなどと。美成は既に十三歳。元服するまで母親の元で育ったというのに。剣介の胸の中には、モヤモヤとした物が渦巻く。頭栗はこれまでずっと、この家を継ぐために頑張ってきたのだ。母親とも離れて、我慢して来たというのに、一体何のためにこれまで耐えてきたのだ。急に人質として、一人で他国へ行かねばならないなんて。あまりに不憫だ。
 とはいえ・・・剣介は頭栗を気の毒に思う純粋な友愛の気持ちの他に、ほのかな喜びが心に潜んでいる事に少しだけ気づいていた。美成の側に仕える。それはある種の、美酒に酔いしれるような、甘美な刺激を感じる。あの、見目麗しい若君の近くにいられるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

古色蒼然たる日々

minohigo-
歴史・時代
戦国時代の九州。舞台装置へ堕した肥後とそれを支配する豊後に属する人々の矜持について、諸将は過去と未来のために対話を繰り返す。肥後が独立を失い始めた永正元年(西暦1504年)から、破滅に至る天正十六年(西暦1588年)までを散文的に取り扱う。

川面の光

くまいくまきち
歴史・時代
幕末、武州(埼玉県)の新河岸川を渡る江戸との物流を担ったヒラタ舟をめぐる小さな悲恋の物語です。

忍びゆくっ!

那月
歴史・時代
時は戦国の世。 あぁ… どうして、生まれてくる時を、場所を選べないんだろう 病弱な彼は、考えていた。考えることが、仕事だった 忍の、それも一族の当主の家系に生まれたのに頭脳しか使えない ただ考えていることしかできない、彼の小さな世界 世界は本当はとても広い それに、彼は気づかされる 病弱を理由に目の前にある自分の世界しか見えていなかった 考えること以外にも、自分は色々できるのだと、気づく 恨みを持つ一族の襲撃。双子の弟の反逆。同盟を結ぶ一族との協力 井の中の蛙 大海を――知った 戦国の世に生きる双子の忍の物語。迫り来るその時までに、彼は使命を果たせるのか…? 因果の双子

戯作者になりたい ――物書き若様辻蔵之介覚え書――

加賀美優
歴史・時代
小普請の辻蔵之介は戯作者を目指しているが、どうもうまくいかない。持ち込んでも、書肆に断られてしまう。役目もなく苦しい立場に置かれた蔵之介は、友人の紹介で、町の騒動を解決していくのであるが、それが意外な大事件につながっていく。

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

鎮魂の絵師

霞花怜
歴史・時代
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

荒川にそばだつ

和田さとみ
歴史・時代
戦国時代、北武蔵を治める藤田氏の娘大福(おふく)は8歳で、新興勢力北条氏康の息子、乙千代丸を婿に貰います。 平和のために、幼いながらも仲睦まじくあろうとする二人ですが、次第に…。 二人三脚で北武蔵を治める二人とはお構いなく、時代の波は大きくうねり始めます。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

処理中です...