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修学旅行

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 修学旅行の季節がやってきた。広島、香川、京都を回る四泊五日の行程だ。まずは新幹線で広島へ。原爆ドームを見学し、それからカーフェリーに車ではなく徒歩でバラバラと乗り込み、宮島へ。宮島で一泊する。翌日は再びカーフェリーとバスで倉敷へ。倉敷の街を歩いた後、バスで瀬戸大橋を渡って香川へ。香川で一泊し、翌日は金毘羅参りをし、今度は電車で瀬戸大橋を渡り、岡山駅で新幹線に乗り換え、京都へ。そして京都で二泊。一日班行動の日があり、最終日はバスで龍安寺、金閣寺、銀閣寺、清水寺と回って、京都駅から新幹線で帰ってくる。
 十一月の上旬。各々東京駅に集合し、班長が点呼を取り、学級委員に報告し、各学級委員が俺に報告する。なぜか俺が生徒の代表ということになっている。運よく全員時間通りに集合できたので、何の問題もなく点呼が終わり、クラスごとに新幹線に乗り込んだ。中学生のように、先生のお話とか、出発式などはない。先生は後ろから念のためついて来てくださるだけ。クラスで並んだ時も、後ろで微笑みながら立っていた。この高校、本当に平和だなと思う。
 さあ!俺だって、薫と楽しい時を過ごすぞ。ここまでは、前に立つために薫と一緒に並んだりできなかったけれど、新幹線では・・・。何とかごり押し気味に薫と同じ班になったが、新幹線の席は俺の隣は彰二だった。俺と薫が隣同士に座ってしまうと、彰二と津田が隣同士にならなければならず、これは気の毒な気がして。しかし、俺には秘策があった。
「なあ、椅子を回して四人掛けにしようぜ。」
と、自分たちの椅子を反転させる。これで薫の顔を見ながら広島まで行けるではないか。俺が薫の顔をじっと見ていると、
「京一、それはちょっと。」
「そうだ、あからさま過ぎるだろ、矢木沢。」
彰二と津田に怒られた。それに、薫が体を横にしてシートに顔を付け、腕で顔を隠してしまった。ちらっと眼だけ俺を見る。でも、笑ってた。可愛い。
 だが、俺は通路側の席で後ろを向く格好になったので、普通に前を向いて座っている奴らの顔がたくさん見えた。みんなが何だかこっちを見ていた。確かに、あからさまに見られていると居心地が悪い。
「悪い悪い。何かしゃべろうな。」
俺は苦笑いして居住まいを正した。
 窓の外を見ながら、今はこの辺じゃないか、富士山が見えただのなんだの、割と盛り上がった。あっという間に広島に着いた。
 薫とも一緒に歩き、話し、楽しい時を過ごしているけれど、決して二人きりになれないので、手も繋げないし、やっぱりいつも通りちょっと欲求不満。こんなに近くにいるのに触れることができないなんて。写真を撮る時には、どさくさに紛れて肩を組んだりするけれど。
 夕方になり、カーフェリーに乗り込むことになった。車が乗るところに思い思いに生徒が乗り込む。
「あ、月だ。満月じゃないか?」
誰かが言う。見上げると、薄紫色の空に真ん丸の月が浮かんでいた。ほとんど雲のない快晴の空。カーフェリーが出発した。かなり水しぶきを上げて進む。白い波、紫色の空、黄色い月。そのうち厳島神社の鳥居が見えた。
「すげー!海の中に鳥居がある!」
月と大きな鳥居。なんと和テイストな美観。俺は隣にいる薫をちらっと見て、そして鳥居のある景色を眺めた。この景色、一生忘れないな。

 宮島に着いた。ホテルへゾロゾロと歩く。男子の大移動だな、と苦笑する。大きな旅館へたどり着き、各自自分の部屋へ荷物を持って移動。風呂に入ってから食堂に集合だった。部屋は和室で二班合同。みんなそれぞれ荷物を壁際に置き、風呂の準備を始めた。
 風呂!?やばい。これはやばい。薫と一緒に裸で風呂に入るなんて。いや、嬉しいというより恥ずかしいというか、気持ちが落ち着かないというか。いや、落ち着け。プールと同じだ。ちょっと違うけど、同じだと思って、気にするな、俺。
 部屋のみんなで大浴場へ行く。まあ、ごった返すわな。すごく広い風呂だが。洗い場は順番待ち。けれど男子は洗うのも速いので、どんどん回る。薫とは何となくはぐれてしまった。湯気がすごくて少し離れると誰が誰だか分からない。体を洗って、イモ洗い状態になっている湯舟に浸かる。ああ、生き返る。
「気持ちいいな。」
誰かに言われて
「そうだな。」
と答えておいた。もういいや。薫と一緒にお風呂とか考えた俺がバカだった。
 風呂から出て、部屋に戻ると薫はもう部屋に戻っていた。濡れた髪がいい感じ。部屋に誰もいなかったらなあ。
 と、思ったら、部屋にいた奴が二人、部屋の外へ出て行った。なんと、今俺と薫の二人きりではないか。俺はこのチャンスは逃すまいと、ずいっと薫に近づいて座った。そして、濡れた前髪をちょっと触る。
「薫、この旅行中にさ、俺、絶対にしたいことがあるんだ。」
「何?」
薫は風呂上りで少し紅潮した頬をして、つやっぽく聞き返した。
「キス。」
俺は声を更に落としてささやいた。
「京一。」
俺は髪を触っていた指を薫の頬にずらした。
「必ず、二人きりになる時間を作ろうな。落ち着いて二人でいられる場所、見つけようぜ。」
「うん。」
間一髪、俺は薫からバッと離れて自分の荷物の前に座った。それと同時に風呂から帰ってきた奴らが部屋に入って来た。がやがやしていたから間に合ったけど、一人で静かに入ってこられたら間に合ってなかったな。危ない危ない。
「飯行こうぜー。」
「行こー行こー。」
「腹減ったー。」
と、ゆるーい感じでみんなで食堂へ移動した。部屋ごとに何となくテーブルに着く。宮島と言ったらあなご飯、らしい。おっと、デザートにもみじ饅頭とは。イカす。
 食事が終わって、部屋に戻るとき、
「矢木沢、後で部屋行くわ。」
と声をかけられ、
「おう。」
と答えたものの、なぜだかよくわからない。他の奴にも、
「矢木沢君、後で部屋に行くねー。」
と言われた。はてな、と思って部屋に戻ると、既に何となく部屋の人数が多い。

 あれ?気が付くと俺はがんじがらめになっていた。後ろから首に腕を回されており、右にも左にも寄りかかってる人がおり、それが一人ずつではなく二人ずつくらいで、前にもたくさん人がいる。なぜこんな事になっているのだろう。俺の班、つまり薫と津田と彰二は、部屋の隅の方で小さくなっていた。

「いつも学校ではあそこまでじゃないのにな。」
彰二がつぶやく。
「あんなに矢木沢がモテるとは知らなかった。廊下から覗いてる奴もけっこういるぜ。」
津田もつぶやく。
「私服だからかな。それとも修学旅行という特殊な状況だから?」
彰二が首をかしげる。
「分かるよ、今の京一はかっこいいもん。」
薫がそう言うと、彰二と津田はえ?というように薫を見た。
「いつもと違うか?畳だから寄りかかりやすいとか、そういう事じゃなくて?」
彰二が言うと、薫は
「なぜだか分からないけど、いつにも増してかっこいい。かっこいいだけじゃなくて、明るくて、太陽のように笑うから。」
「あいつ夜型だからな。」
「え、そうなの?」
「滝川もさ、どさくさに紛れて京一の隣に行けば?京一だってきっと喜ぶぜ。」
彰二が言うと、じっと集団を見つめた薫は、
「無理無理。人前でくっつくとか、恥ずかし過ぎるし。」
そう言って体育座りの膝に顔を伏せた。

 彰二が、おもむろに立ち上がった。
「あー、君たち。そろそろ俺たちの京一を返してくれるかなー。」
大きな声で言ったので、俺の周りにいた奴らは、一瞬静かになって彰二を見た。が、それを無視してまたしゃべり出したので、
「そろそろ消灯だし、俺たち布団敷きたいんだよねー。みんな自分の部屋に帰ってくれるかなー。」
彰二は更に大きな声でそう言った。俺にくっついてた奴らは渋々立ち上がり、
「じゃあな。」
「お休み。」
と言いながら部屋を後にした。まだ二人俺の横にいる。
「あ、俺たちはこの部屋だから。」
と、そいつらが言うと、彰二は
「布団、敷こうなー。」
と、語気を強めた。顔は笑ってるけれど。
 俺も立ち上がり、みんなで布団を敷いた。彰二と津田が俺の布団は壁際にしろと言い張り、俺は一番端っこに追いやられた。でも、隣に薫が来てくれたからラッキーだ。
「京一、お前滝川の事放っておいて、何やってんだよ。」
彰二、ちょっと怒っている。俺は布団の上に座って、頭をかいた。
「薫、ごめん。」
俺がそう言って薫を上目遣いで見ると、薫は微笑んで首を振った。俺が薫の頭に手を置き、そのまま手を薫の肩に置くと、
「あー!やっぱりそこはだめだ!薫はこっち!」
津田と彰二がほぼ同時にそう言って立ち上がった。薫は俺の隣の布団ではなく、頭の上、つまり薫も一番壁際の布団に乗せられた。さすがに隣だからって、何もしないのに。いや、みんなが寝静まってしまえば、同じ布団に入って・・・ああ、それがいい。よし、どこにいようとみんなが寝静まったら薫の布団に潜り込むぞ。
 しばらく四人でうつ伏せでしゃべっていて、そのうち誰かが電気を消した。よーし、みんな早く眠ってくれー。

 音楽が小さく流れている。その音楽はだんだんと大きくなってくる。はっ。これは目覚ましの音楽だ。放送で流れている。
 しまった!みんなが寝静まるのを待っているうちに自分も眠ってしまった!しかも、けっこう布団が乱れている。だいぶ寝相が悪かったようだ。起き上がると、薫も眠そうな目をこすりながら起き上がった。ああ、寝顔さえ見ることができなかった。不覚だ。あと三泊あるから、何とか寝顔を見るぞ。はっ、今なら他の奴らはみんな眠ってる、今こそチャンス!
「おはよう。」
と、薫が言うか言わぬかのうちに、津田がむくっと起き上がった。お前、急に起き上がり過ぎだから。びっくりしたわ、もう。他の奴らも徐々に起き始める。ああ、残念。それでも、まだみんなが寝ぼけてるうちに。俺は素早く薫の首を引き寄せ、おでこをくっつけ合った。
「薫、おはよう。」
津田が、俺たちの横で伸びをした。隠してくれてんのかな。俺がおでこを離すと、薫は目をぱちくりしていた。
「目が覚めた。」
そうつぶやいた。
「おい、彰二起きろ。朝だぞ。」
彰二がなかなか起きない。足で体をつつくと、彰二はやっと目を少しずつ開けて、
「あ、京一、寝込みを襲われなかったか?」
と言ってがばっと起きた。
「熟睡してたから分からん。」
そう答えるしかなかった。
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