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逃避行~分岐2

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 尊人が本を読んでいると、いきなりパタンと音がしてドアが閉まった。開いていたわけではないので、開けてから閉めた人物がいるのだ。尊人はドアの方を振り返って、のけぞった。そこには、健斗と未来が立っていたのだ。
「は?どうしているんだ?」
「しー!尊人、迎えにきたぞ。」
健斗は人差し指を唇に当てて、小声で言った。尊人は走り寄って健斗に飛びついた。そして、未来にもハグをした。
「どうやって来たんだ?」
尊人が聞くと、
「思った以上に簡単だったぞ。見張りはいないし、鍵がいつも開いている窓があるって、俺たちは知っているしな。」
健斗はそう言ってウインクした。
「さあ、尊人。ここから出よう。」
未来が言った。
「そんなことして、大丈夫なのか?誰かに迷惑がかかったりしないだろうか。」
尊人は躊躇したが、未来は勝手知ったる尊人の部屋。次々に鞄に荷物を詰め始めた。もちろん、最低限の荷物なので、背負える程度の量である。
「尊人、大丈夫だ。国はお前の処遇に困っているんだ。いなくなっても困らないさ。むしろせいせいするだろうよ。」
健斗が言う。尊人は考え込んだが、反論できる事はなかった。
「うん、分かった。それで、どこに行こうとしている?」
尊人が言うと、荷物を詰め終わった未来が鞄を閉めながら、
「ロンドンだ。」
と言った。

 リュックを未来が背負い、健斗が先頭に立って、3人は尊人の部屋を出た。例によって、隠れ蓑の術を使い、また、アクロバティックな技を使い、難なく外に出た。そして、そのまま未来の運転する車で空港へ向かった。
「飛行機に乗るのか?」
尊人が尋ねると、
「ああ、そうだ。なんと、自家用ジェットだぞ。」
未来が楽しそうに言った。
 空港に着く前に、借りたレンタカーを返し、預けておいた荷物を受け取った未来と健斗。そして、空港には正面からは入らず、ここでもまたアクロバティックに滑走路へ入り込んだ。このために、尊人も全身黒い服を着せられ、鞄も見事に黒いものを選んで持たされていた。もちろん健斗と未来も全身、荷物まで真っ黒だ。そして、ある小型ジェット機に近づいた。
「あれだ、あのイタリア製のジェット。」
健斗が指さし、未来が電話をかけた。
「近くまでたどり着いた。頼む。」
電話を切ると、ジェット機から女性が降りて来た。ああ、あれは麗良だ。尊人たちは麗良の方へ向かって歩いて行った。
「麗良さん!」
「尊人さん、お元気そうね。良かった!」
麗良はひざ丈の真っ赤なドレスを着ていた。麗良に導かれ、3人は飛行機に乗り込んだ。中には、イタリア人男性が立っていて、迎え入れてくれた。
「私の夫よ。」
「え?旦那さん?」
尊人はびっくりした。しばらく監禁されていて、情報に疎かったのかと思ったが、この国では知られていない事だった。麗良はクーデター事件の時にはもうこの国にはいなかった。中東から帰ってきた時、尊人が国王ではなくなったと思っていた麗良は、宮殿に帰ってすぐ、荷物をまとめて一旦実家に帰り、すぐに単身イタリアに渡っていたのだった。中東での事件が国中を騒がせていたので、麗良の行動までは誰も気にしていなかったのだ。もちろん、クーデターの後で麗良はどうしていたのか、クーデターに加担したのかしなかったのか、という事は問題になったが、つまりはアリバイがあったので、無罪放免だった。イタリア国籍を取った、という所までは報道されたが、それ以上はこの国では注目されなかったのである。
 麗良は大富豪と結婚し、自分もビジネスを手伝い、世界を股に掛けるビジネスウーマンになっていた。その麗良に未来と健斗は連絡をし、尊人の救出を手伝ってもらえるよう頼みこんだのだ。今、こっそりこの飛行機に乗せてもらい、ロンドンに送ってもらうというわけだ。
「それにしても、まさかクーデターを起こすなんて。皆無事でよかったわね。」
麗良が3人に椅子をすすめて、座りながらそう言った。3人ともなんと言っていいかわからず、曖昧に笑って胡麻化した。
「それで、相変わらず三角関係やってるわけ?」
更に気まずい事を言われ、3人は下を向いた。
「あははは、ごめんごめん。まあ、くつろいでよ。」
麗良は笑って、尊人の肩をポンと叩いた。そして、自分の夫に向かって、イタリア語で3人を紹介した。元夫という事になっている尊人だが、麗良はちゃんと事実を夫に告げていた。夫は尊人と握手をし、それから健斗と未来とも握手をした。
「麗良さん、元々結婚はしないつもりだったって言っていたけど、やっぱり結婚したんだね。」
尊人が言うと、
「結婚した方が、国籍を取りやすかったのよ。」
と、平然と言う。
「つまり、国籍を取る手段として、結婚したと?」
未来が聞くと、
「そうよ。その上、お金持ちだし、仕事も面白そうだったから。一石二鳥ならぬ、一石三鳥だわ。ホホホ。」
「麗良さん、君子様に似ていたのに。なんか、逞しくなったというか、図太くなったというか。」
未来が小声で言った。傍で尊人も健斗もこっそり笑った。
「でも、本当に助かったよ。ありがとう、麗良さん。」
尊人が言うと、麗良はにっこりと笑って、ワインを注いだグラスを尊人に手渡した。
「いつも飛行機では、公務だからって飲めなかったわよね。今日は自由じゃない?飲みましょうよ!」
麗良は結婚して、なんだかぐっと大人になったな、と3人は感じていた。そして、麗良の夫も含めた4人は、飲んで、英語でしゃべって、楽しいひと時を過ごした。ロンドンには翌朝早くに到着し、麗良の夫が荷物を下ろす際、尊人たち3人もこっそり降りて、未来と健斗は何食わぬ顔で他の旅行者に交じり、入国審査を受けた。出国審査は偽造してある。尊人はパスポートがないので、また何とかして空港の外に出なければならない。そこは、健斗が一度入国審査を受けてから、尊人を迎えに戻って、二人でフェンスを越えた。
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