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出雲そば(釜揚げ)
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バスを降り、ホテルを目指した。市役所の隣に新しい建物を建てているようで、女性の警備員さんが1人、横断歩道の所に立っている。信号機のない横断歩道ではあるが、道幅は狭く、はっきり言って……警備の必要がない。だって、車は滅多に来ないし、歩行者もたまにしか来ない。でも、市役所の前で万が一にも交通事故など起こってはならない、という事なのだろうか。と、変な所で思考を巡らせてしまった。
ホテルはすぐに分かった。てっぺんに看板が出ていたからだ。松江アーバンホテル。その看板はだいぶ古く、色あせている。道路に面した所は駐車場であり、敷地内には2つの高い建物が建っていた。2つの建物はそれぞれ本館と別館だ。入り口は両方ともにあり、はてどちらへ入ったものか。私が泊まる部屋は確か別館なので、とりあえず別館へ入ってみる事にした。
思った以上に狭いホール。ロビーと言えるものではない。一応入り口を入ってすぐのところにソファが一つあるが、その向こうはカウンターと棚があるだけのスペースだ。
「あの、チェックインの前に荷物を預かっていただきたいのですが。」
カウンターのところへ行ってそう言うと、名前を聞かれた。宿泊者の確認が取れたら、ホテルマンはカウンターを回って出てきて、札を私のスーツケースにつけた。お預かりします、と言われたので、私は身軽になってホテルを出た。
さて、お昼ご飯を食べに行こう。出雲そばを食べるべし。そば屋はざっと調べたところ、お昼までしかやっていないみたいだ。だから、ランチにはそばと決めてある。一応このお店がいいかな、という当たりはつけてあるのだが、歩いてみて、良さそうな店があったら入ろうというくらいの、ざっくりとした計画だった。
ところが、思っていたほど飲食店がない。あってもお昼には開いていない。もう少し離れたところまで行かないとないのだろうか。それなら、やっぱり当たりを付けておいた店に行くしかないか。
と言うわけで、スマホで地図を出し、お目当ての店「上田そば店」を目指した。グーグルの地図上では「普段より混んでいません」と書いてある。ホテルのすぐ近くだったのだが、ちょいと遠回りしてしまった。
店を見つけたが、私の前に2人組が歩いてきて、嫌な予感がするなと思ったら、やっぱり「上田そば店」に入って行った。寸での差で先に入られてしまったと言っても過言ではない。私がすぐ後ろにいるのに、前の2人は全くこちらに気づかず、私の目の前で後ろ手にぴしゃりと引き戸を閉めた。手を挟まれるところだった。改めて引き戸を開けると、狭い店内にはお客がびっしり。今入って行った2人組が席に座るところだったが、見渡せば空(あ)いている席はなさそうだ。まあまあ若い女性の店員さんが、立ってこちらを見ているので、
「あ、いっぱい?」
と聞いたら、
「はい、いっぱいです。」
と言われた。仕方なく引き戸を閉めた。どうするか。他の店を探すのと、誰かお客が出てくるのを待つのと、どっちが早いか。たぶん、待っている方が早いだろう。ということで、店の外に立った。今のうちにメニューを調べておこうと思った。グーグル地図でこの店をクリックすると、メニュー情報まで出てくるから便利だ。まあ、ガイドブックにも載っていて、このお店は釜揚げそばの写真が載せてあったから、それにしようかと思う。今日は涼しい日だから釜揚げそばにして、明日は暑い予報だから、冷たいそば(割子そば)にしよう。
すると、ネクタイ姿の男性がやってきて、店の中に入った。だが、当然すぐに出てくる。自分でもびっくりだが、私はその男性に話しかけた。
「ちょっと待っていれば入れますかね?」
と。たぶん私は、並んでいますよ、と伝えたかったのだろう。男性は私の後ろに並んだ。そして、
「地元の方ですか?」
と聞かれた。
「いえ、旅行で。」
と答えたところで、その男性のお連れの方が来られた。しばし2人でしゃべっていたようだが、それからまた私の方に、
「1人で旅行ですか?」
と聞いてきた。
「はい。今、東京から来たところです。まずおそばを食べようと思って。」
へえ、と2人とも驚き、「まずおそば」に笑っていた。
「うちの娘も2人、東京にいるんですよ。」
「そうなんですか?」
などと、会話をした。お連れの男性も人の良さそうな顔でニコニコしていた。
と、そこで店の中から1人、出てきた。お、これは私の番だな。そう思った私が、引き戸を開けて入ろうとすると、
「ちょっとお待ちくださいねー。お声かけますからー。」
と、さっきの女性の店員さんに、でっかい声で言われた。怒られた感満載。いや、先に外でお待ちくださいと言われていたならば、呼ばれるまで待つけれどもね。あなた、私が外で待っている事を知っていたかい?待っていてもずーっと呼んでくれなかったんじゃないのかい?それに、私がモタモタしていたら、後ろに並んでいる人達がヤキモキすると思ったからさ。そう、既にサラリーマン風のお2人の後ろにも、数人の列ができていたのだ。でも、もしかしたら島根の人はそんなにヤキモキしないのか?
いやまあ、店員さんも怒ったわけではないのかもしれない。でも、1人分空いた今なら、当然今初めて来た客には外で待っていろ、なんて言わないだろうよ。うーん。腑に落ちない。それでも、また外に出て引き戸を閉めたが、ほんの一瞬の後、どうぞと言われて入った。このくらい、店の中で待っていたっていいくらいの時間じゃないか。
さて、2人用のテーブルを示されたので、そこに座った。テーブルの上には何もなし。メニューは壁の上の方に書いてあるだけのようだ。み、見えない。目が悪くて、眼鏡をしていても字がはっきり見えない。でも、もう注文するものは決めてあるからいい。
「釜揚げうどんください!」
私がそう言うと、店員さんにすかさず、
「ごめんなさい、うどんは無いです。」
と言われてしまい、
「あ、そばで。」
と、慌てて言った。へこむ。実は私、今まで「釜揚げそば」というワードを口にした事がなかった。「釜揚げうどん」は何度も言ったし食べた事もあるのだが。それで、字を見ずに言ったら、うっかり音に慣れている「釜揚げうどん」が口をついて出てきてしまったのだ。いつものおっちょこちょいが出ただけだが。
出雲そばは、「釜揚げそば」の食べ方と「割子そば」という食べ方と2種類あるとガイドブックで読んだ。だが、この店のメニューを見ると、月見とかとろろとか、おなじみのメニューもやはりある。だが、要するに「かけそば」と「盛りそば(ざるそば)」の大きく2種類の食べ方があって、そこに何かをトッピングするかどうか、という話と同じなのだろう。実際に現地に来てみてやっとわかった。
しばらく待つ間に、例の2人のサラリーマン風の人達も席に着いたが、その後はこちらとの会話はなかった。一度トイレに入ったら、そのサラリーマン風の男性が座っているすぐ近くに扉があり、開けると直で個室だったので、なんだか扉一枚隔ててものすごく近いところで用を足しているのが気まずいような気がした。
さて、釜揚げそばが運ばれてきた。かけそばとは全然違う。汁がとろりとして白く濁っている。つまり、蕎麦湯なのだ。上に大根おろし、葉ネギ、刻みのり、揚げ玉が少しずつ乗っており、つゆの入ったツボがついてきた。つゆを適量かけて食べるのだが、結局ほぼ全部かけた。
美味しい。やっぱり出雲そばは美味しい。そばにしては太目だ。いや、太いというよりも、2本を横にくっつけた、少し平べったいような感じがする。トロトロした汁がまたいい感じ。多少並んだ甲斐があったものだ。
食べ終わり、お金を払って出てきた。それなりに満足感はあったが、肉はなかったし、多少物足りなさも感じる。これはデザートを食べるべきではないか。
ホテルはすぐに分かった。てっぺんに看板が出ていたからだ。松江アーバンホテル。その看板はだいぶ古く、色あせている。道路に面した所は駐車場であり、敷地内には2つの高い建物が建っていた。2つの建物はそれぞれ本館と別館だ。入り口は両方ともにあり、はてどちらへ入ったものか。私が泊まる部屋は確か別館なので、とりあえず別館へ入ってみる事にした。
思った以上に狭いホール。ロビーと言えるものではない。一応入り口を入ってすぐのところにソファが一つあるが、その向こうはカウンターと棚があるだけのスペースだ。
「あの、チェックインの前に荷物を預かっていただきたいのですが。」
カウンターのところへ行ってそう言うと、名前を聞かれた。宿泊者の確認が取れたら、ホテルマンはカウンターを回って出てきて、札を私のスーツケースにつけた。お預かりします、と言われたので、私は身軽になってホテルを出た。
さて、お昼ご飯を食べに行こう。出雲そばを食べるべし。そば屋はざっと調べたところ、お昼までしかやっていないみたいだ。だから、ランチにはそばと決めてある。一応このお店がいいかな、という当たりはつけてあるのだが、歩いてみて、良さそうな店があったら入ろうというくらいの、ざっくりとした計画だった。
ところが、思っていたほど飲食店がない。あってもお昼には開いていない。もう少し離れたところまで行かないとないのだろうか。それなら、やっぱり当たりを付けておいた店に行くしかないか。
と言うわけで、スマホで地図を出し、お目当ての店「上田そば店」を目指した。グーグルの地図上では「普段より混んでいません」と書いてある。ホテルのすぐ近くだったのだが、ちょいと遠回りしてしまった。
店を見つけたが、私の前に2人組が歩いてきて、嫌な予感がするなと思ったら、やっぱり「上田そば店」に入って行った。寸での差で先に入られてしまったと言っても過言ではない。私がすぐ後ろにいるのに、前の2人は全くこちらに気づかず、私の目の前で後ろ手にぴしゃりと引き戸を閉めた。手を挟まれるところだった。改めて引き戸を開けると、狭い店内にはお客がびっしり。今入って行った2人組が席に座るところだったが、見渡せば空(あ)いている席はなさそうだ。まあまあ若い女性の店員さんが、立ってこちらを見ているので、
「あ、いっぱい?」
と聞いたら、
「はい、いっぱいです。」
と言われた。仕方なく引き戸を閉めた。どうするか。他の店を探すのと、誰かお客が出てくるのを待つのと、どっちが早いか。たぶん、待っている方が早いだろう。ということで、店の外に立った。今のうちにメニューを調べておこうと思った。グーグル地図でこの店をクリックすると、メニュー情報まで出てくるから便利だ。まあ、ガイドブックにも載っていて、このお店は釜揚げそばの写真が載せてあったから、それにしようかと思う。今日は涼しい日だから釜揚げそばにして、明日は暑い予報だから、冷たいそば(割子そば)にしよう。
すると、ネクタイ姿の男性がやってきて、店の中に入った。だが、当然すぐに出てくる。自分でもびっくりだが、私はその男性に話しかけた。
「ちょっと待っていれば入れますかね?」
と。たぶん私は、並んでいますよ、と伝えたかったのだろう。男性は私の後ろに並んだ。そして、
「地元の方ですか?」
と聞かれた。
「いえ、旅行で。」
と答えたところで、その男性のお連れの方が来られた。しばし2人でしゃべっていたようだが、それからまた私の方に、
「1人で旅行ですか?」
と聞いてきた。
「はい。今、東京から来たところです。まずおそばを食べようと思って。」
へえ、と2人とも驚き、「まずおそば」に笑っていた。
「うちの娘も2人、東京にいるんですよ。」
「そうなんですか?」
などと、会話をした。お連れの男性も人の良さそうな顔でニコニコしていた。
と、そこで店の中から1人、出てきた。お、これは私の番だな。そう思った私が、引き戸を開けて入ろうとすると、
「ちょっとお待ちくださいねー。お声かけますからー。」
と、さっきの女性の店員さんに、でっかい声で言われた。怒られた感満載。いや、先に外でお待ちくださいと言われていたならば、呼ばれるまで待つけれどもね。あなた、私が外で待っている事を知っていたかい?待っていてもずーっと呼んでくれなかったんじゃないのかい?それに、私がモタモタしていたら、後ろに並んでいる人達がヤキモキすると思ったからさ。そう、既にサラリーマン風のお2人の後ろにも、数人の列ができていたのだ。でも、もしかしたら島根の人はそんなにヤキモキしないのか?
いやまあ、店員さんも怒ったわけではないのかもしれない。でも、1人分空いた今なら、当然今初めて来た客には外で待っていろ、なんて言わないだろうよ。うーん。腑に落ちない。それでも、また外に出て引き戸を閉めたが、ほんの一瞬の後、どうぞと言われて入った。このくらい、店の中で待っていたっていいくらいの時間じゃないか。
さて、2人用のテーブルを示されたので、そこに座った。テーブルの上には何もなし。メニューは壁の上の方に書いてあるだけのようだ。み、見えない。目が悪くて、眼鏡をしていても字がはっきり見えない。でも、もう注文するものは決めてあるからいい。
「釜揚げうどんください!」
私がそう言うと、店員さんにすかさず、
「ごめんなさい、うどんは無いです。」
と言われてしまい、
「あ、そばで。」
と、慌てて言った。へこむ。実は私、今まで「釜揚げそば」というワードを口にした事がなかった。「釜揚げうどん」は何度も言ったし食べた事もあるのだが。それで、字を見ずに言ったら、うっかり音に慣れている「釜揚げうどん」が口をついて出てきてしまったのだ。いつものおっちょこちょいが出ただけだが。
出雲そばは、「釜揚げそば」の食べ方と「割子そば」という食べ方と2種類あるとガイドブックで読んだ。だが、この店のメニューを見ると、月見とかとろろとか、おなじみのメニューもやはりある。だが、要するに「かけそば」と「盛りそば(ざるそば)」の大きく2種類の食べ方があって、そこに何かをトッピングするかどうか、という話と同じなのだろう。実際に現地に来てみてやっとわかった。
しばらく待つ間に、例の2人のサラリーマン風の人達も席に着いたが、その後はこちらとの会話はなかった。一度トイレに入ったら、そのサラリーマン風の男性が座っているすぐ近くに扉があり、開けると直で個室だったので、なんだか扉一枚隔ててものすごく近いところで用を足しているのが気まずいような気がした。
さて、釜揚げそばが運ばれてきた。かけそばとは全然違う。汁がとろりとして白く濁っている。つまり、蕎麦湯なのだ。上に大根おろし、葉ネギ、刻みのり、揚げ玉が少しずつ乗っており、つゆの入ったツボがついてきた。つゆを適量かけて食べるのだが、結局ほぼ全部かけた。
美味しい。やっぱり出雲そばは美味しい。そばにしては太目だ。いや、太いというよりも、2本を横にくっつけた、少し平べったいような感じがする。トロトロした汁がまたいい感じ。多少並んだ甲斐があったものだ。
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