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六十四話

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「勝負、受けていただけますでしょうか」

「イヤですけど……」

黒服のお兄さんはこちらを睨みつけたまま動かない。
いや、当然拒否しますけど。ていうかだいたい拒否されるでしょそんなの。僕の声を聴いた男性は刀から手を放す。あれ?本当にやめてくれるパターンのやつ。
黒服のお兄さんはこちらを懐柔するように笑顔を作る。と言っても作り笑顔のようなものではなく、好感を持てる爽やかな笑みだが。

「では報酬を出しましょう。当然私を打倒していただいた際はドロップ品をお渡しします」

「別に困ってないのでいいです」

すかさず返答をすると笑顔のまま固まる。ピシッという罅割れのような音が聞こえた気がするが気のせいだろうか。

「……ではあなたの望むものを入手してきましょう。私は比較的大きなクランに所属しているため顔も狭くはないです。なんでも、とは言いませんができる限りのものは」

「だいたいあるんで大丈夫です」

現状に満足してる欲がないタイプなので。
またノータイムで返答を返すと笑顔が少し引きつる。幻聴がまた聞こえてくる気がする。

「…………ではお金ですか?できる限りの金額をお支払いします。もし不安なら求心のペンダントを担保にしましょう。お気に召しましたらそのまま報酬に」

「いらないですし持ってますね」

お金ってハウジング以外に使い道あるのかな。まぁ装備とか消費アイテムとかに使うのか。でも今のところ不自由してないし、消費アイテムとか未だに初級ポーション使ってるし。ペンダント持ってるし。

ついに笑みが消えたかと思うとこめかみをぴくぴくさせながら再度刀に手を置く。

「では了承いただいたということで……」

「してないです」

しばし無言の時間が続く。どうしたんだろうか。もう先へ行っていいかな。第三の街まで行ければとりあえず転移できるようになると思うからひとまずそこまで目指したいんだけど。

「いざ尋常に……」

まぁPKですもんね。身構えるお兄さんに対し無手のまま自然体で立つ。さて、刀でかつ腰に差して持っているとなると警戒するのは……居合。

【 Action Skill : 《一閃》 】

ほら来た。
と言ってもその居合の速度は達人と言っても過言ではないほどだ。スキルログから眼前まで迫ってくるタイムラグがほとんどない。発動した瞬間に切れたと錯覚するだろう。

ほとんどの人は。

居合切りとなると僕ももつスキル、≪一閃≫を想定して構えていた。しかも今は調子が尋常じゃなくいい。正直刀の特性か彼の実力かはわからないけれど、僕とは比べ物にならない速度で迫ってきている刀を一歩後ろに下がることで回避する。

あのスキルは居合から振り切るまでが動作なので、スラッシュなどと違い避けられても小さく終了することができない。なのでこのように刹那で見切ることができれば……
躱されたことに気付いたのだろうか、お兄さんは目を見開いている。おお、やっぱりこのゲームうまそう。よく僕が避けたことわかったな。ダメージエフェクトが出るのは一瞬遅いので攻撃が当たったと勘違いしてもよさそうなのに。

振り終わる前に踏み切る。刀の間合いの内側、お互いに肩を動かすだけで触れてしまうような距離まで一瞬で近づく。僕のことは知っていたみたいだけど実際に体感するスピードは別らしい。心臓の辺りに手を添えて、あえてラグを置いてお兄さんの顔を見つめにっこりと笑う。

ミヅキ先輩に習ったのだが、初見殺しに読み合い以外にもVRMMOでの対人で役に立つ要素がある。意表の付き方と、恐怖心の利用。

にっこりと笑いながらも間合いの中に居続ける僕にお兄さんは顔を歪ませる。そんなことをしているうちに≪一閃≫の動作が完了したのか、刀を返し僕の肩口から下へ切り込もうとする。

【 Action Skill : 《ピアス》 】

添えた手の下、手首から刃を展開。当然軽い音を立てながら出てくる刃ではびっくりナイフ程度のダメージしかないが、スキルを発生させることで貫通力を得る。
心臓辺りは一応クリティカル判定が出やすいのか、予想よりも大きなエフェクトを発生させる。
そしてダメージに動揺し刀の動きが少し緩んだ。ただあえて避けない。お兄さんは今僕が避けることを想定しているため二の太刀のことを考えているだろう。なのでそのまま肩に剣がぶつかる。

肩に展開した刃に剣は防がれる。シバさんの可動盾ほどではないが僕だって全身を防御できるようなものなのだ。

と言っても軽装ではない人は当然全身防具に包まれているようなものなので当たり前なのだが。
肩から刃が生えたことに驚くお兄さん目掛けそのままショルダータックル。そしてその際超近距離で≪ダッシュ≫を発動する。STRに振っていた場合押し返されてしまうかもしれないので、AGIをそのまま破壊力として扱う。

【 Action Skill : 《ステップ》 】
【 Action Skill-chain : 《ハイステップ》 】

≪一閃≫に引き続き僕も持っているスキルと、それの上位スキル。暴風さんも使っていたっけな。
間合いの内側に入った僕を嫌い一旦後方へ下がろうとしたのかもしれないが、今の僕へ後退は刺さらない。

【 Action Skill : 《紫電一閃》 】

上体を倒して、頭のなかでスタートの音を鳴らす。再びダメージを与えながら一瞬で間合いを詰め、再度笑う。
ここまで来てようやくお兄さんに、得体のしれない物への恐怖心が浮かぶ。対人戦で臆病になることは決して悪いことではないと思うが、これはVRMMOで、殺し合いみたいなものだ。ゲームという媒体だから恐怖心が薄れているだけで、人が当然持っている物を思い出してしまったら、それだけ不利になる。

一歩、一ミリ、動きが鈍るだけで僕には有利になっていく。刀を鞘へ戻そうとする動きを制し、首元へ刃を……

「チョットマッタ!チョットマッタ!」

付きつけようとしたとき、上空からカラスが僕らの頭の上をぐるぐる回りながら人の声のようなものをあげる。あれ?今このカラス日本語喋った?

「姉《あね》さん…?」

お兄さんが呟くとカラスがギエェ!と声を上げ羽の塊となって散っていく。カラスの羽は地面に落ちると黒く山を気づき、人の形をとる。

そして羽が風により飛び散ったかと思うと中からカラスの羽と同じ、つやのある黒い服をまとった女性の姿が現れる。かっけぇ、なんですかその登場シーン。

「譲宣……なんでこんなところで遊んでいるのかしら?」

「姉《あね》さん!今死合いの最中で!」

「あら、私が見ていた限りあなたがその子に無理やり挑んで、あっけなく返り討ちにされたところかと思ったのだけれど違ったかしら」

「ぐっ、それは……」

お兄さんは力なくうな垂れる。なんだか決着をつけようという雰囲気でもなくなってしまったし、刃をしまい離れる。すると濡れ羽色の女性は僕の方を見てにっこりと笑った。

「あら、うちの譲宣にとどめを刺さないでよかったの?」

「さっき止めたのはあなたでは?別に特に欲しい物もないですし……」

「あらあら、譲宣。あなた喧嘩に負けた上に情までかけられちゃって」

ぐぐぐ、と歯を鳴らすお兄さんに少し同情する。挨拶をしたところまではすごいかっこいい感じだったんですけどね、今の印象だと三下みたいになっちゃってます。

「私も名乗っておこうかしら。黒鳥会、薬指の【カラス】って言うの、どうぞよろしくね?」

「そこまで名前まんまなの珍しいですね」

「姉さんに失礼な……」

「譲宣、敗者は口を噤んでなさい」

あの、そろそろお兄さんが可哀想なのでその程度にしておいてあげて……

「一応名乗ったけど、クランについては知らないみたいだし気にしないでおいて」

「すいません、一応正式版からのユーザーなもんでわからなくて」

「謙虚な子ね。嫌いじゃないわよ」

カラスの羽を思わせる扇でもって笑う口元を隠す。なんだか黒が似合うし所作がどれも綺麗な人だな……

「譲宣ったらあなたのことが気になりすぎちゃったみたいで……今連れて帰るから。ごめんなさいね。お詫びは何がいいかしら」

「さっきも言いましたけど特に欲しい物ないんで大丈夫ですよ」

「一応うちのルールとして勝負に負けたら報酬を払うというのが常なんだけど……そうね、一応私から貴重な素材でも渡しておこうかしら」

そういうとトレード画面が開かれ、一方的にアイテムが送られる。ええ……まあ貰っておくか。レアなやつみたいだし。

「姉さん!報酬なら俺が!」

「あなただと帰らないと持ってないでしょうからいいのよ。後で取りにいかせるわ」

上下関係が徹底してらっしゃる。でも両方なんだか楽しそうで、ついでに仲良さそうで横から見てる身としては面白い。

「じゃあまたどこかで……あら、そうそう」

「なんでしょうか」

呼び止められたので足を止めると口元を隠していた扇をこちらへ向け、ついでにお兄さんが刀に手を添える。

「今ここで私と譲宣が攻撃したらあなたはデスする……油断しすぎじゃないかしら?」

「まぁ事前に報酬を提示しないと喧嘩しないルールみたいですし……」

さっき特に了承せずとも喧嘩売られたからこれは正直微妙なルールだけど。
それに……

「それに、この距離なら避けられるし……やるなら一人は確実に持っていきます」

「二人は?」

「わかんないですね。カラスさんの実力はまだ知らないですし」

少しの間膠着状態になる。いつ何が飛んできても一回は確実に避けられるし、まだ見せていなくて見られてもいないスキルを持ってすればお兄さんは確実にやれる。どんなスキルを隠し持っていたとしても。

少し時間が経ち、カラスさんは扇を口元まで持っていくとまた目を細め笑みを作った。

「食えない子。今度の対人イベント、出るのでしょう?当たれることを楽しみにしてるわ」

「物知りですね。お兄さんも僕のこと知っていたみたいですし」

「ゲーム内で裏の顔ぶっているくらいにはうちは事情通なの。ああ、負け惜しみみたいだけど、私も譲宣もまだ本気じゃないから。……またね」

扇を振るとカラスが数羽飛んできて二人の周囲を飛び回り、激しく動かした翼から落ちる羽が完全に視界を遮る。
羽がなくなったころには二人の姿はなく、元の岩肌が広がる荒野だけが残された。

……カラスさん、去り際までかっけぇ。
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